ほてりや発汗、頭痛や肩こりなど、更年期不調の症状は多岐にわたりますが、なかには気分の落ち込みや不安感など、精神面にも不調を感じる人が多いといいます。「更年期うつ」とも呼ばれることのある、こうした症状には、やはり女性ホルモンの変化がかかわっているようです。産婦人科医の小川真里子先生に、その原因やケア方法について伺いました!
更年期はうつになりやすい ?
更年期の不調として少なくない、落ち込みや不安、やる気が出ないといった精神的な症状。「それは、女性ホルモン(エストロゲン)が、脳の働きにも影響しているせいなんです。女性ホルモンは、不安やストレスを軽減させ、精神を安定させる脳内の神経伝達物質『セロトニン』の分泌に作用しています。更年期に入って女性ホルモンが減ることで、このセロトニンもまた減少するため、不安やイライラ、うつ症状などを引き起こしやすくなると考えられています。ただ、原因はそれだけではありません」
小川先生によると、この時期の女性は、社会的、環境的な変化やライフイベントが重なり、心理的なストレスを抱えやすい状況だといいます。「40代から50代にかけて、多くの女性が経験するのが子どもの自立です。すると『空の巣症候群』といって、心にポッカリ穴があいてしまう人も。子ども中心の生活だったのが、夫婦だけで過ごす時間が増え、ライフスタイルも大きく変わります。そして、同時期に重なりやすいのが、親の介護や看取りです。これもまた、心身の過労を感じやすい出来事ですね。
また最近は、非正規雇用の人も増えていますが、今の仕事を続けることが体力的に難しくなるなど、経済的に不安を抱える女性も多いようです。女性ホルモンが大きく揺らいでいる時期に、こうしたさまざまなストレスがかかることが、精神に大きな影響を与えてしまうのです」
更年期によく見られるメンタルの不調
では、「更年期うつ」といわれるおもな症状には、どういったものがあるのでしょうか。個人差はありますが、代表的なものを見ていきましょう。
・気分の落ち込み
・意欲の低下
・集中力の低下
・食欲の低下
・不眠
・漠然とした不安
・自信の喪失
「自信の喪失」とあるように、なかには閉経を迎えたことで、女性としての自信をなくしてしまったり、焦りや寂しさを感じたりしてしまう人もいるのだとか。「年下のパートナーがいる人や、子どもを望んでいた方などは、よりそうした傾向があるかもしれません。その一方で、『生理がなくなって楽になった』という女性もたくさんいます。閉経は誰にでも訪れるもの。まずは更年期を自然な体の変化として受け入れることで、気持ちが少しずつ楽になっていくのではないでしょうか」
こうした更年期の精神的な症状に対しても、まずは通常の更年期治療と同様に、漢方やホルモン補充療法を行うことが多いといいます。「それでも症状が軽減しない場合や、うつ症状がひどい場合には、抗うつ剤を処方することもありますし、カウンセリングなど専門医療による治療をおすすめすることもあります。『更年期うつ』といっても、うつ病とのはっきりとした違いがあるわけではありません。なにもかも更年期障害のせいだと自分で判断せずに、まずは医療機関に相談するようにしてくださいね」
ポイントはひとりで抱え込まないこと。メンタル不調のケア方法
体の変化だけでなく、さまざまなストレス要因が重なりがちな更年期。精神的な症状を重くしないために、日頃から意識できることはあるのでしょうか? 「女性ホルモンを増やしたり、閉経を遅らせたりすることはできませんが、日々の生活のなかで、ストレスに上手に対処したり、メンタルの不調をやわらげたりすることは可能です」と、小川先生。
「いちばんに押さえておきたいポイントは、無理をしないこと。この世代は、どうしても頑張ってしまう人が多いように感じます。年齢的に責任も大きくなり、仕事が面白くなる時期でもあるので、つい朝から晩まで働いてしまうようなこともあるでしょう。ですが、体調によってはフレキシブルに働ける勤務体制を整えたり、仕事量を減らしたり、無理のない働き方を考えるようにしたいですね。
家族や身近な人の理解や協力を得ることも大切です。更年期に入って急に何も手につかなくなってしまい、例えば、毎日の献立が考えられない、家事ができない、なんてこともよくある話です。そんなとき、『疲れたよね』『今日はやらなくていいよ』と声をかけてくれる家族や、まわりのサポートがあると、ぐっと心が楽になるはずです。
また、何かあったときすぐに受診できる、かかりつけ医を持っておくこともおすすめします。信頼関係があれば、ちょっとした悩みやストレスも話しやすくなります。人生の心強い味方だと思って、頼るようにしてください」
更年期の心身の不調について、どんな病院でも診てもらえるものなのでしょうか? 「基本的に産婦人科であれば診てくれると思いますが、更年期や女性ホルモンの専門医がいる病院であればなお安心ですね。更年期を中心に女性の健康にまつわる情報を発信している『日本女性医学学会』のWEBサイトでは、全国の専門医を検索することができるので、参考にしてみるといいかもしれません」
小川先生によると、最近人気の「推し活」など、趣味や好きなことに時間を使うことも、メンタルケアに有効なのだとか。「自分のために時間を使い、喜びや幸せを感じることは、精神を安定させるホルモン、セロトニンの分泌を促すことにつながります。ただし、『趣味を探さなくちゃ』と、頑張ってカルチャースクールに通いはじめ、そこでの人間関係に逆に落ち込んだりする人がいるんです。やりたいことがあればやってみる、くらいの気軽な気持ちで十分。無理をせず、楽しむ時間を増やすことを意識してみてくださいね」
社会全体が更年期を知ることも大切
更年期の女性たちが、より心地よく、心穏やかに過ごすには、社会全体が更年期不調についてもっと知ろうとすることが必要だと小川先生は言います。
「よく、自分の更年期不調について、身近な人に打ち明けるのが恥ずかしいという方がいますが、これも社会の目を気にするからこその感情だと思うんです。メンタルの不調の場合は特に、ひとりで抱え込まないことが重要です。
更年期を腫れもののように扱うのではなく、まずはそれがどのようなもので、どんな症状が出るのか、多くの人に知ってほしいなと思います。社会が変われば、更年期障害を抱える女性たちは、もっとまわりのサポートに頼りやすくなるはずです」
更年期に入り、メンタルの不調を抱えている人は、まず、日々の生活で無理をしていないか、頑張りすぎていないか、見直してみましょう。そして、日常生活で少しでも違和感を感じているようであれば、ひどくなる前に医療機関で相談をするようにしましょう。
東京歯科大学 准教授 市川総合病院産婦人科 医長
日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医。慶應義塾大学産婦人科を経て2015年より現職。更年期医学と女性心身医学を専門とし、多くの女性のホルモンにかかわる悩みに対応している。
構成・文/秦レンナ イラスト/ハニュウミキ