40代後半から目立ち始めるという、頻尿や尿もれといった「排尿トラブル」の悩み。最近は若い人にも増えていて、人知れず悩んでいる方も少なくないのだとか。原因は「骨盤底筋」と呼ばれる筋肉の衰え。更年期に入ると、さらに症状が悪化したり、新たなトラブルが生じたりすることもあるようです。最近よく聞くようになった「GSM(閉経関連泌尿生殖器症候群)」についても、気になっている人は多いのではないでしょうか? 排尿トラブル予防のカギとなる、骨盤底筋を鍛えるストレッチや、気になるGSMの症状について、女性泌尿器科医の二宮典子先生に伺いました!
意外と知らない「骨盤底筋」の役割って?
「骨盤底筋」と聞いて、その筋肉がどこにあり、どんな役割を担っているのかイメージできる人は少ないのではないでしょうか? 頻尿や尿もれなどのトラブルに深くかかわるこの筋肉について、まずは知っておきましょう!
「骨盤底筋とは、骨盤の底に位置する筋肉の層のこと。骨盤は、背骨の下にあるお椀型の骨で、尿や大便、出産や生理などでさまざまなものが通過する場所なので、構造上、大きな穴が開いているんですね。この穴の中に、子宮や直腸などの臓器を支えるために、3層の筋肉が重なって張りめぐらされています。これが骨盤底筋です。脚を動かすとき、尿を出すとき、便を出すとき、使うのはひとつの筋肉だけではありません。それぞれの運動に連動して筋肉がいろんな方向に動き、互いに引っ張りあうことで、臓器がよりスムーズに機能するようコントロールしているのです」(二宮先生)
骨盤底筋が衰えると、こんなさまざまな症状が…
そんな重要な役割をはたしている骨盤底筋ですが、骨盤底筋が衰えると、私たちの体にはどんな症状が生じるのでしょうか? 「骨盤底筋は筋肉なので、やはり使わなければ、その力は衰えてしまいます。“骨盤底筋がゆるむ”という表現を使うこともありますが、これまでクッションのように臓器を支えていた筋肉の力が弱まると、どんどんと臓器が下に垂れ下がってしまうのです。すると、排尿トラブルだけでなくさまざまな不調が引き起こされます」
二宮先生によると、骨盤底筋は大きく前側、真ん中、後ろ側の3つのパーツに分かれていて、どの場所がゆるむかによって、症状も変わるのだとか。
●頻尿・尿もれ
骨盤底筋の前のほうにある尿道や腟の前側の筋肉がゆるむと、少し尿がたまっただけでも膀胱を支えきれなくなり、頻尿や尿もれが起こりやすくなります。くしゃみや咳の衝撃で尿意が誘発されることも。「トイレでお腹に力を入れたとき、『おしっこが下ではなく前に飛ぶ』のは、骨盤底筋の前側がゆるんでいるサイン。自分の尿線に注目してみると、症状の悪化を事前に防げるかもしれません」
●臓器脱
真ん中あたりにある腟周辺の筋肉がゆるむと、骨盤底筋が支えている子宮や膀胱、直腸などが腟から飛び出してしまう「臓器脱」が起こることも。「股のあいだにコリっとしたピンポン玉のようなものが触れる場合は、子宮。プニっとしたものは腟の壁を介した膀胱だと考えられます。いずれも痛みは感じませんが、頻尿になったり、尿や便が出にくいと感じたりと、日常生活に支障が出ることもありますので治療が必要です」
●便失禁・オナラもれ
お尻側にある肛門周辺の筋肉が衰えると、オナラもれや、便をとどめることができずに漏れてしまう「便失禁」が起こりやすくなります。「排便トラブルも、特に40代以降の女性に多い症状として知られています」
更年期に尿トラブルが多いのはなぜ?
頻尿や尿もれといった排尿トラブルが増えるのが40代後半から。骨盤底筋と年齢・更年期には、どのような関係があるのでしょうか?「年齢とともに体力や筋力が落ちるのに加えて、更年期は女性ホルモン量の減少によって骨や筋肉も衰えやすくなっています。これまでの骨盤底筋のダメージの蓄積も重なって、頻尿や尿もれといったトラブルが起こりやすくなると考えられます。
骨盤底筋がゆるむ大きな理由の一つに、妊娠と出産による骨盤底筋のダメージが挙げられます。若ければ修復することも可能ですが、複数回の出産を経験した人や、高齢で出産を経験した人は、修復しきるのが難しい場合も。さらに、女性の体をさまざまな面で守ってくれていた女性ホルモンが急激に減少する更年期には、もともと体にあったダメージが顕在化しやすくなるといわれています。妊娠・出産以外にも、便秘がちで排便のたびにいきんでいたり、長時間・長距離のランニングや激しいスポーツを続けていた人、ぜんそくの持病がある人、重い荷物を持つ機会が多い人は、のちのち骨盤底筋のダメージが出てくる可能性が大。注意が必要です」
ただ最近は、若くても骨盤底筋が衰えぎみの人が増えているのだとか。「ゲームやインターネットの普及で室内にいることが多くなり、筋肉を使う機会が減っていること、ダイエットのために肉を食べないなど、偏った食生活もその原因です。年齢にかかわらず、骨盤底筋を弱らせない生活を心がけることが大切ですね」
「GSM」とは? 更年期に起こりがちな尿と腟まわりの不調について
更年期の排尿トラブルというと、最近よく耳にするようになった「GSM」も気になります。「GSMとは『閉経関連泌尿生殖器症候群』のことで、更年期の女性のデリケートゾーンの不具合——腟や外陰部などの性器に関する症状と、排尿に関する症状を総合した呼び方です。骨盤底筋の衰えによる症状と混在している人も多いのですが、GSMの原因は、女性ホルモンの減少によるもの。骨盤底筋のトラブルは若い人でも起こり得ますが、GSMは基本的に更年期前後から起こります」
二宮先生によると、GSMは、内部で起こる骨盤底筋のトラブルとは異なり、体の表面で起こるトラブルといえるのだとか。「女性ホルモンの減少は、骨や筋肉だけでなく、粘膜や粘液にも影響を与えます。皮膚のうるおいを保ち、体を守る役目をしている粘液が少なくなることで、外陰や腟が萎縮し、さまざまな症状が起こりやすくなるのです」
【GSMのおもな症状】
●頻尿
●膀胱炎になりやすい
●外陰部のかゆみ
●オリモノが臭い
●腟の炎症
●性交痛
「頻尿はGSMの代表的な症状の一つです。粘液が減少することで外陰部や腟にムズムズするような不快感が出ると、それが尿意に変わります。また、尿道を守る粘膜も薄くなるため、外側から細菌に感染しやすくなり、膀胱炎にもなりがちです。
外陰部や腟はうるおってふっくらとしているのが理想ですが、乾燥すると、硬く縮こまり、かゆみや炎症、オリモノが臭くなるといったトラブルが起こりやすくなります。また、性交痛に悩む人も少なくありません。痛みや出血だけでなく、それによって性欲そのものが低下してしまうことも。こうして聞くと、GSMは骨盤底筋のトラブルとはまったく違うものだと、おわかりいただけるのではないでしょうか」
知っておきたい、GSMの治療法と予防のためのセルフケア
更年期にGSMの症状をできるだけ悪化させないためにも、知っておきたいのが、その治療法や予防策です。「GSMは更年期症状の一つでもあるので、ホルモン補充療法によって改善していく可能性があります。その場合、全身に治療を行うよりも、腟錠などで直接的にホルモンを投与する方法が有効です。
自分でできることとしては、やっぱり保湿ケア。お風呂上がりには、ワセリンなどの保湿剤で外陰部をケアするようにするとよいでしょう。また、日頃の生活習慣も大切で、特に食事は見直しが必要です。栄養バランスのとれた食事はもちろんのこと、女性ホルモンを作り出すためには、適度な脂質や糖質も重要。過度なダイエットは禁物です。
また、気をつけたいのが、デリケートゾーンの洗いすぎ。強い圧でシャワーを当てたりゴシゴシこすったりすると、粘膜を傷つけてしまうこともあります」
排尿トラブル予防には骨盤底筋ストレッチ! “鍛えてゆるめる”を意識して
二宮先生によれば、早いうちから骨盤底筋を意識し、ケアしておくことは、40代以降の尿もれや臓器脱の予防につながるといいます。そこでおすすめしたいのが「骨盤底筋ストレッチ」。「ポイントは、骨盤底筋を“鍛える”だけでなく、“ゆるませる”ことも意識すること。筋肉を鍛えてガチガチにしてしまうと、今度はスムーズに機能しなくなってしまいます。やわらかい筋肉にするには、意識的にゆるませてあげることも大切です。
また、GSMの症状がある人は、痛みや不快感から体全体が萎縮しがちで、それによって骨盤底筋不全を招いてしまうことも。両方が絡み合って排尿トラブルが悪化してしまうのを防ぐためにも、ストレッチで体の緊張をほぐしながら、骨盤底筋を鍛えることが有効です」
今回は、骨盤底筋を鍛えるストレッチとゆるめるストレッチを2つずつご紹介! ぜひ組み合わせて取り組んでみてくださいね。
●骨盤底筋を鍛えるストレッチ1. ワイドスクワット
骨盤底筋の後ろ側、肛門周辺の筋肉を鍛えるストレッチです。
1.両足を大きく「ハ」の字に開く。膝とつま先の向きをそろえる。
2.息を吐きながらゆっくりと膝を曲げる。このとき肛門と腟をギューッと締めるようなイメージで。5〜10回行う。
●骨盤底筋を鍛えるストレッチ2. クロス立ち
太ももの内側の筋肉を寄せることで、自動的に骨盤底筋の前側、腟まわりの筋肉を鍛えることができます。
足をクロスしたら、息を吐きながら太ももの内側を寄せる。キューッと腟を締めるようなイメージで。左右交互に5〜10回行う。「信号待ちをしているときや、電車の中で行なってもいいですね」(二宮先生)
●骨盤底筋をゆるめるストレッチ1. 股関節ほぐし
骨盤のつなぎ目である股関節全体をほぐし、筋肉をゆるませます。
あぐらの状態で足裏を合わせたら、左右の膝を床に向かって軽く押す。5〜10回繰り返す。
●骨盤底筋をゆるめるストレッチ2. 股関節まわし
硬く固まった股関節をほぐし、動きをスムーズに。腰回り全体のストレッチになります。
1.床に仰向けに寝たら、両足をまっすぐ伸ばす。
2.片足を90度に折り曲げ、大きく回す。外回し、内回し、両足それぞれ5〜10回行う。
つき合いの長い症状だから。体をねぎらいながらケアを続けましょう!
「40歳以上の女性の2人に1人がなんらかの排尿トラブルを持っているといわれています。今すでに不安を感じている人には、『大丈夫。あなただけではないよ』と言いたいですね」と二宮先生。まずは症状が気になった時点で、自分がかかりつけにできそうな医療機関を探すと同時に、ストレッチなどのセルフケアを取り入れるのがおすすめだと言います。
「ただし、いっとき集中して取り組んで、症状が多少よくなったとしても、それがゴールではありません。年齢を重ねれば自然と筋力は落ちていきます。つまり、排尿トラブルは、更年期すぎても長くつき合っていくことになる症状です。早いうちから対策をするのは有意義ですが、息切れしないよう、日々続けていくことが肝心。いつも頑張っている自分の体に『ありがとう』という気持ちで、楽しみながら取り組んでいただくといいかもしれません」
この先長く続く人生。年を重ねても、健康で心地よく過ごせるように、今からできる対策を少しずつ続けていきたいですね!
構成・文/秦レンナ イラスト/ハニュウミキ