生活環境や人間関係が変わる春。慣れない環境に緊張やプレッシャーを感じ、ストレスをため込んでしまう人は少なくないはずです。では、そもそも人はどうして緊張したり、心や体が張り詰めたりしてしまうのでしょうか。そのメカニズムと、どんな場面でも心と体をリラックスした状態に調整することができる「セルフモニタリング」の方法について、健康心理やスポーツ心理を専門に研究する坂入洋右先生に伺いました。

坂入洋右

筑波大学体育科科学系教授

坂入洋右

筑波大学体育科科学系教授、臨床心理士。健康心理学、スポーツ心理学を専門に、自律訓練法・軽運動・瞑想法を活用した、心身コンディションのセルフコントロールなどを研究。著書に、『身心の自己調整:こころのダイアグラムとからだのモニタリング』(誠信書房)があげられる。

緊張のメカニズムは、人間が“サル”だった時代から変わっていない

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――そもそも、人はなぜ新しい環境や重要な場面で緊張してしまうのでしょうか? そのメカニズムから教えてください。

坂入先生:まず、緊張と大きく関係しているのが「自律神経系」のシステムです。自律神経は「交感神経」と「副交感神経」の2種類で構成されていて、交感神経が優位のときは体と心が興奮し、“パフォーマンスモード”に入っている状態。つまり、緊張状態ですね。反対に、副交感神経が優位のときは“リラックスモード”に入っている状態です。

実はこの自律神経のプログラムは、人間がまだ、サルだった頃から変わっていないシステムです。サルの場合は、毛づくろいをしたり、果物を食べたりと、ほとんどの時間はリラックスモード=副交感神経が優位の状態で過ごしていますが、敵に出くわしたときや獲物を狙うとき、メスを奪い合うといった緊急事態には全速力で動けるよう、パフォーマンスモード=交感神経が優位に働きます。こうなると、拍数が上がって手足の末梢血管が収縮し、体じゅうの血液や酸素が脳に送られることになります。

人間の自律神経のプログラムもサルと同じで、「頑張らなきゃ!」と意気込んでいるときや、怒り・興奮を感じたときに同じ反応を起こすことになります。例を挙げると、緊張したときに顔が赤くなるのは、前述のサルと同じで全身の血液が脳に集まるからです。同時に、血液が手や足の末端に行き渡らなくなることで、緊張すると手足が冷たくなることもあります。

サルにとっては、交感神経が優位になることで、素早く敵から逃げることができたり、手足にケガをしても出血しにくく都合がいいのですが、日常生活で戦ったり獲物を狙う必要がない人間にとっては不便なことばかり。例えば、緊張したときに起こる、動悸、口の乾き、手汗・わき汗といった反応は、役に立たないだけでなく、不快なものばかりです。

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『身心の自己調整 こころのダイアグラムとからだのモニタリング』(坂入洋右・著)より参照

坂入先生:しかし、緊張状態になることは決して悪いことばかりではありません。完全にリラックスモードに入っているよりも適度な緊張感があるほうがパフォーマンスの向上につながるからです。ただ、日常的にその緊張状態が続くと、うまくリラックスモードに切り替えられず、ストレスがたまったり、筋肉に力が入りすぎて、肩こりや冷え、便秘、イライラを引き起こしたりと、身心の状態が悪化します。

そのため、緊張とリラックスをうまく切り替えられる術を身につけておくと、仕事や勉強、スポーツの際に実力を発揮しやすくなるし、体と心の負担も軽減できて健康にもいい。つまり、アクセルからブレーキに戻す方法を知っておくとずっと生きやすくなるということです。

“落ち着こうとすると、かえって緊張する現象”の対処法

――例えば「大事な日の前日にうまく寝付けない」とか、「落ち着こうとしたらかえって緊張してしまう」といった現象は、緊張とリラックスの切り替え、つまり交感神経と副交感神経の調整がうまくいっていないということなのでしょうか。

坂入先生:その通りです。交感神経と副交感神経は、自分の意志では切り替えられないため、以下の図のように落ち着こうとするとかえって交感神経系が活性化されて焦る、という悪循環が起こるんです。副交感神経系を優位にしたいなら、「眠ろう」「リラックスしよう」と考えるのではなく、「何もしないこと」が大切です。

「何もしない」のポイントは、“自分がコントロールできないことはあきらめ、自分がコントロールできることだけに意識を向ける”ということです。

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『身心の自己調整 こころのダイアグラムとからだのモニタリング』(坂入洋右・著)より参照

――「自分がコントロールできること」とは、なんでしょうか。

坂入先生:自分の体で変えられるのは、「行動」や「呼吸」です。筋肉を緩めたり、呼吸を整えたりするなどの“自己調整”をして過剰な興奮状態を抑制すれば、少しずつ体の力が抜けて心も落ち着いてくるはずです。ただ、この調整法は訓練をして身につけない限り、すぐにできるようになるものではありません。

日頃から訓練することで条件反射的に「平常心」を取り戻す

自律神経 パブロフの犬 仕組み 解説 坂入洋右

――逆に言えば、訓練をすれば、緊張とリラックスの調整ができるようになる、ということですね!

坂入先生:はい。日々自己調整の練習を積み重ねていれば、いざというときに平常心になれる。大切なのは、ピンチやチャンスのときに、場当たり的に気持ちを落ち着かせようとするのではなく、いかに平常時に心の安定を取り戻す訓練をしておくかです。

「パブロフの犬」の実験を知っていますか? 犬に餌を与える際、その前に必ずベルを鳴らす、という訓練を繰り返していると、ベルの音を聞いただけで、犬はよだれを出すようになるという実験です。この原理で、例えばお坊さんは、毎日同じ姿勢・同じ呼吸で坐禅をする修行を積み重ねることで、ピンチやチャンスのときでも坐禅を組もうとしただけで、身心が勝手に平常心になる。私はスポーツ心理学を専門としていますが、世界で活躍するスポーツ選手も同じで、大事な場面でも、いつもと同じ姿勢、同じ行動を繰り返してプレーすることで、条件反射的に身心を平常心に保つことを目指しています。

こういった自己調整の訓練として、まずは「セルフモニタリング」が必要です。

心身の自己調整「セルフモニタリング」とは?

――「セルフモニタリング」とはどのようなものなのでしょうか。

坂入先生ひと言で言うなら、「自分は今どのような状態か」について正しく観察し、心身を適切な状態に調整することです。その点では、ヨガや瞑想にも似ているといえます。対・人の場合で考えると、相手のことを知るためには、まずその人の情報をたくさん集めますよね。そうすると、相手は何が好きで、どんなことで喜ぶのかがわかって関係がよくなる。それは、自分の体に対しても同じことがいえます。日々の健康状態や身心の状態の情報を日頃から把握することで、ピンチのときや緊張下でも、自分といい関係を築くことができるというわけです。

――どうすれば、効果的にセルフモニタリングすることができるのでしょうか?

坂入先生:具体的な測定法として、「心のダイアグラム」というグラフの活用が挙げられます。心の「活性度」(抑うつ状態〜元気な状態)と「安定度」(不安・緊張状態〜落ち着いた状態)を測る「二次元気分尺度」という検査の短縮版が「心のダイアグラム」です。このグラフに印をつけたり指差し確認をして、さまざまな場面における心理状態の特徴とその変化を、視覚的に理解していきます。

心のダイアグラム 表 自律神経 坂入洋右

二次元気分尺度の一部『身心の自己調整 こころのダイアグラムとからだのモニタリング』(坂入洋右・著)より参照

 

――1日のうち、どのようなタイミングで何回行えばよいのでしょうか。

坂入先生:自分の情報をたくさん得るには、できるだけこまめに行うといいのですが、面倒になると続かないので、朝晩2回、スキンケアの時間などに合わせて行い、習慣化するのもひとつの手です。このチェックを続けると、例えばもし頭にくることがあっても、「自分の感情は今、グラフのどの位置だろう?」と考えた瞬間、冷静になれます。自分を客観視することが苦手な人でも、感情の変化に気づきやすくなり、モニタリングスキルが伸びていきます。

あとは、いろいろな心理状態のときに、休息や軽い運動などを行ってみて、その前後の変化を見ることも有効です。

大切なのは「人より優れること」ではなく「自分を高めること」

自律神経 メンタルヘルス 坂入洋右

坂入先生この「セルフモニタリング」を行ううえでいちばん大切なのは、「○○さんみたいになりたい」とか「メンタルが強くならなくては」という考えをモチベーションにしないことです。セルフモニタリングは、あくまで自分のコンディションをいい状態にすることが目的で、他人と比べる必要はまったくありません。「人より優れること」ではなく「自分を高めること」を目的に今の状態を正しく理解できれば、緊張やプレッシャー下でも最大限の力を発揮することができるようになるはずですよ。

続く後編では、アスリートがメンタルトレーニングにも取り入れているという、「オートジェニック法」(自律訓練法やマインドフルネス)について、坂入先生に伺います。お楽しみに!

取材・文/浦本真梨子 イラスト/oyasmur 企画・編集/種谷美波(yoi)