職場や家庭、パートナーや友人など、ごく身近な場所や関係性で起こりうる「ハラスメント」。被害を自覚した人がアクションを起こしたいと考えたとき、重要なのはまわりで支える人の存在。その一員として日本でも注目されている「バイスタンダー」について、バイスタンダー研修を手がけるジェンダー総合研究所共同代表の濵田真里さんに教えていただきました。
ジェンダー総合研究所 共同代表
Stand by Women代表。専門は女性議員に対するハラスメント。これまでに100人以上の議員や候補者に対するハラスメントのヒアリングや相談対応を実施。内閣府「令和3年度政治分野におけるハラスメント防止研修教材」等の作成に関する検討会構成員。2022年に子育て中の女性の立候補をサポートする「こそだて選挙ハック!プロジェクト」を始動。2023年に4月の統一地方選挙に向けて日本初の議員向け相談窓口「女性議員のハラスメント相談センター」を設立。近著に『女性議員を増やしたいZINE』(タバブックス)。
“差別の抑止力”「バイスタンダー」とは?
――濵田さんが前回の最後におっしゃっていた「バイスタンダー」とは何でしょう?
濵田さん 直訳すると「傍観者」という意味で、その場に居合わせた人のことを意味します。ハラスメントや差別、暴力などが起きたとき、あるいは起きそうなときに、被害者本人ではなくまわりにいる第三者が介入することで、事態を悪化させない・予防するといった効果があります。バイスタンダーは“差別の抑止力”として注目されていて、アメリカなどの学校ではバイスタンダーになるためのワークショップを実施しているところもありますね。
――バイスタンダーとして行動するうえで、理解しておくべきことを教えてください。
濵田さん 心がけたいのは、目の前で起きている問題を「その場で解決しなくてもいい」ということです。何よりも大切なのは、「被害を受けている人がいる」という状況を止めることなので、まずはその場で被害を受けている人に寄り添う行動を選びましょう。加害者に直接かかわる必要は必ずしもありません。
例えば、これは私の経験ですが、電車の中で子どもたちが、知らない大人から叱責されている場面に遭遇したことがあります。そのときは、「怖かったね。一緒に他の車両へ行こうか」と声をかけ、移動させました。このとき、私は怒鳴っている人には目を向けず、子どもたちに寄り添う行動をとりました。
――確かに怒鳴っている人と向き合うのは、第三者でも恐怖を感じます。
濵田さん 加害者に直接かかわるのはハードルが高いですし、できれば避けたいですよね。見ず知らずの加害者の意識をその場で変えることはほぼ不可能なので、あくまで被害を受けている人に声をかけるのがいいと思います。他にもバイスタンダーとして大事にしたいスタンスがあるのでご紹介します。
◆「相手のため」ではなく「自分がどうしたいか」で動く
まずは、目の前で起きている事に対して自分が「見過ごしたくないか/見過ごせるか」を考えることが重要。「相手のため」を目的にすると、相手から感謝されなかったり断られたりしたときに「せっかく動いてあげたのに」と考えてしまう可能性があるので、基本的に「自分がどうしたいか」で考える。
◆差別やハラスメントを認識できる知識を持つ
相手が第三者の介入や助けを必要としているかどうかは、本人に聞かなければわからない。しかし、ハラスメントや差別は突然目の前で起こることが多いので、自分で判断することになる。その判断を助けるものとして、ハラスメントや差別に気づけるように普段から情報収集や勉強をして知識を身につけておくことが重要。
被害を受けた人に寄り添うコミュニケーションを
――バイスタンダーとして行動するには、日頃からの準備が必要ということですね。
濵田さん その通りです。私たちが実施しているバイスタンダー研修を受けた方たちからも「普段からこういうシチュエーションを想定して、どう行動するかシミュレーションをしておかないと動けないですね」という声を聞きます。介入するにはスキルや知識が必要ですし、研修で声がけの方法を聞いたからといって、すぐにできるものではありません。自分にできそうな介入方法をシミュレーションしてストックしておくこと、そのときにできることを精いっぱいやること。防災訓練と同じで、バイスタンダーも日々の訓練がとても重要なんです。
ただ、そもそも目の前で困っている人に気づけなければ、行動もできませんよね。ついスマホやイヤホンの音に夢中になりがちですが、電車の中やオフィス、飲食店や歩道など、日常の場面でまわりに意識を向けるトレーニングも心がけてみてほしいと思います。
――ハラスメントなどの被害を受けている方は、周囲の人からの二次加害でさらに傷ついてしまうケースもあると思いますが、実際にバイスタンダーとして行動するときにコミュニケーションで気をつけるべきことはありますか。
濵田さん 自分の考えや経験だけで、一方的な説得やアドバイスをしないことです。誰かの被害体験を聞いたりすると、つい何か言いたくなりますよね。ですが、被害を受けた人の背景や状況を把握できていなかったり、自分目線のアドバイスや説得をしたりすると、相手を傷つける二次加害になる可能性があります。まずは真摯に耳を傾け、「話してくれてありがとう」と伝えたうえで「私にできることはある?」と相手がやってほしいと思うことを聞いていくのがいいと思います。あくまで一例ですが、二次加害につながりかねない下のような言葉は使わないように気をつけましょう。
〈注意すべきNGワード〉
「考えすぎだと思うよ」
「やり返せばいいじゃない」
「どうしてもっと早く相談してくれなかったの」
「私だったらこうするな」
「それぐらい、みんな我慢しているよ」
「あなたにも落ち度があったんじゃない」
バイスタンダーにできる5つのアクション「5D」
――相手の話に耳を傾け、求められたら相手の状況に寄り添いながら言葉を選んで話す。これはハラスメントに限らずコミュニケーションの基本でもありますね。それでは、バイスタンダーにできる具体的なアクションについて教えていただけますか。
濵田さん バイスタンダーの介入方法にはさまざまなやり方がありますが、有名なのはアメリカのHOLLABACK!という非営利団体が提唱している「5D」と呼ばれる5つの介入方法です。「Direct」以外のアクションは、加害者と直接かかわる必要はありません。
①Distract(注意を逸らす)
ハラスメントとは関係のない話をすることで加害者の注意を逸らし、ハラスメントを継続できない状況にすることが目的。この介入により、被害者にとって安全な空間をつくることができる。
例えば…
◆意図的に飲みものをこぼしたり持ち物を落としたりして、その場の話題を変える。
◆「●●さんが探していたよ」「ちょっと手伝ってくれる?」など、被害を受けている人に声をかけて一緒に別の場所へ移動する。
◆(知らない人の場合)「●●駅はどこですか?」と話しかける、知人のふりをして「久しぶり!」などと声をかける。
②Delegate(第三者に協力を求める)
ハラスメントが起こっている現場の近くにいる人や、その場の責任者に対処してもらう。複数の人が介入することで、より安心できる環境をつくることができる。
例えば…
◆駅員やカフェの店長、バスの運転手、学校の先生など、その場所で責任を持つ人に状況を伝えて介入してもらう。
※もし伝えても動いてくれないようなら、ハラスメントの現場を録音や録画で記録しておく。
◆まわりにいる人で協力してくれそうな人、助けを求めに行ってくれそうな人に声をかける。
③Document(記録する)
スマートフォンやカメラを使ってハラスメントの現場で起こっていることを記録(録音・録画・メモなど)しておくと、必要があれば状況証拠として提出できる。ただし、記録した情報は慎重に扱い、被害を受けた人の許可なく公開しないこと。
④Delay(あとから行動する)
その場で行動を起こせなくても、ハラスメントの加害者が去ったあとに被害を受けた人に様子を聞いたり、サポートできることを尋ねる。「自分は味方である」ということを態度や言葉で示すこともエンパワメントにつながる。
例えば…
◆「大丈夫ですか?」「何かできることはありますか?」と声がけをする。
◆被害を受けた人のそばにしばらく一緒にいることを申し出る、目的地まで同行する。
◆「何が起きたか見ていたので、証言が必要なら一緒に警察や会社に行きます」と伝える。
◆もし転んだりケガをしたりしている人がいたら手当を手伝い、必要があれば病院につき添う。
⑤Direct(直接行動する)
ハラスメントをしている人に対して、加害行為を止めるために直接指摘する。相手が知らない人の場合は危険が伴うため、基本的には自分が知っている相手に対して、被害を受けている人と自分の安全を確保したうえで行うこと。もし知らない人に行う場合は、標的とされた人を助けることが目的なので、加害者との対話や議論は避け、短く、簡潔に伝える。
例えば…
◆「そういう話題は、誰かを傷つける可能性があるからやめた方がいいと思う」
◆「●●さんに失礼だと思うよ」
◆「それはハラスメントだよ」
介入するにあたって、「これはハラスメントだ」という100%の確信がないと動いてはいけない、間違えてはいけないと考える人は多いですし、ハラスメントかどうかの判断や状況把握が難しいのも事実です。ただ、バイスタンダーの目的は、その場に「介入すること」です。行動してみて何も問題がないことがわかれば、介入をやめればいい。そう考えることで行動のハードルも下げられるのではないかと思います。例えば「どうしました?」「具合が悪いですか?」といったライトな声かけも、介入方法のひとつです。
――お話を伺っていると、シミュレーションの積み重ねや知識を身につけることの重要性を改めて感じます。
濵田さん シミュレーションや知識によってハラスメントに対する理解度も変わってきます。特にハラスメントやマイクロアグレッション(無意識の偏見)などの知識や情報は自分から知ろうとしない限り、認識を変えることはできません。知らないままでいることは、無意識にハラスメントをする、あるいは許してしまうリスクをはらんでいます。今はわかりやすい本や映像、コンテンツもたくさんあるので、認識をアップデートするためにも学ぶことを大切にしてほしいと思います。
イラスト/いとうひでみ 取材・文/国分美由紀 編集/種谷美波(yoi)