孤独感や不安、寂しさや喪失感を覚えたとき、ストレスがたまっているとき、そのつらさを少しでも紛らわそうと、お酒の力に頼ってしまうことはありませんか? メンタルヘルスの問題とアルコール依存症には深い関わりがあるようです。「依存症」という言葉にピンときていなくても、「最近、お酒の量が増えている」「お酒がないとやっていられない」という人は要注意! 長年アルコール依存症の治療に携わってきた、大船榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳先生(精神保健福祉士・社会福祉士)に、お酒に頼りすぎない、健康的なつき合い方について伺いました。

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斉藤章佳先生

大船榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士/社会福祉士)

斉藤章佳先生

アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして約20年にわたりアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・児童虐待・DVなどさまざまな嗜癖問題に携わる。また、都内更生保護施設では長年「酒害・薬害教育プログラム」の講師をつとめるほか、小中学校では薬物乱用防止教育をはじめ、大学でも早期の依存症教育に積極的に取り組んでいる。主な著書に「しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには」 (集英社)、最新刊に「男尊女卑依存症社会」(亜紀書房)。そのほかにも、著書多数。

ストレス、不安、孤独…お酒に頼る人が増えている?

――コロナ禍をきっかけに、飲酒量が増えた人も多いと聞きます。その理由にはどんなことが考えられるのでしょうか。


斉藤先生:テレワークの普及により、仕事のオンオフの切り替えが曖昧になったことがひとつ挙げられます。勤務中にもかかわらず早い時間から飲み出してしまったり、自宅で飲む安心感から泥酔するまで飲んでしまったり。その結果、相対的な飲酒量が増え、アルコール関連問題が表面化してしまうケースが増えています。また、これには、価格が安くアルコール度数が高い「ストロング系チューハイ」の人気も影響していると思われます。

日本のアルコール依存症患者数は年々増加傾向にあり、厚生労働省が2013年に行なった調査では107万人、依存症予備軍は980万人という結果でした。その後、公式な統計データは発表されていないものの、治療現場ではコロナ禍から明らかに電話相談が増えています。日本有数のアルコール依存症治療専門機関である久里浜医療センターでは、2019年と比較して、2020年には相談数が約1.5倍に増えたといいます。

●女性特有の飲酒問題

アルコール依存症患者の男女比は、当院では8:2程度の割合で圧倒的に男性が多いのですが、全国的には2003年から2013年の変化を見ると、男性が横ばいなのに対して、女性の患者数は1.5倍ほど増えており、今後、男女差はどんどん小さくなっていくのではないかといわれています。そもそも男性に比べて小柄で肝臓も小さい女性は、体内の血液量も少なく筋肉量も少ないことなどから体内でアルコールが薄まりにくい性質があり、よってアルコールの分解速度が遅く、アルコール依存症になりやすいといえます。20代や30代の若いうちからアルコール問題を発症してしまうケースが多いのも特徴です。

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女性のアルコール依存症患者が増えている背景には、女性の社会進出のほかに、女性をメインターゲットにしたお酒のCMなども増え、女性が飲酒をしやすくなっていることもあると考えられます。

アルコール依存症へ至るきっかけも男女で違いが見られます。男性の多くは仕事がトリガーであるのに対し、女性の場合は、子育てや介護などケア労働のストレスが目立ちます。ママ友関係に悩んでいたある女性は、保育園の送り迎えの前に緊張をほぐそうと飲酒をすることが習慣になっていました。そのうち飲酒量が増えていき、気づけばアルコール依存症になっていました。家族や周囲のサポートが得られず孤立したことも症状を悪化させる原因となったようです。ほかにも、DVや性被害など過去のトラウマや摂食障害などが飲酒のきっかけとなることも多く、女性は特にメンタルと飲酒の問題が複雑に絡み合っているといえます。

お酒がメンタルに与える影響とは?

――ストレスや自己否定的な感情が飲酒のきっかけとなることが多いようですが、そもそもお酒はメンタルにどのように影響するのでしょうか? 

斉藤先生:「酒は百薬の長」という言葉がありましたが、適度な飲酒は、緊張を緩和したり、コミュニケーションの潤滑油になってくれたりすることもあります。ただ、最近の研究では、飲酒による健康へのメリットは完全否定されています。特に注目されているのが、脳への影響です。アルコールはドラッグと同じ。データによれば、コカインやヘロインより社会的(犯罪など)にも身体的(内科的疾患など)にも有害な影響を与えることがわかっています。に孤独や不安、否定的な感情などを紛らわす「苦痛の緩和」のための飲酒は、“ハマり”やすく、危険な飲酒といえます。

過去のトラウマ体験から派生するような、「死にたい」「消えたい」「いなくなりたい」などの苦痛な感情にとらわれているとき、脳の中の快感に関わる分野である「報酬系」と呼ばれる回路の反応は鈍く、簡単に言うと麻痺しているような状態になっています。そこにアルコールなどの精神作用物質を使用すると、神経伝達物質である「ドーパミン」が活性化し、一時的につらさを遠ざけてくれます。一方、幸せな状態であれば、アルコールが入ってもこれほどたくさんドーパミンは分泌されません。つらいときに飲む機会が増えるほど、依存度が高まってしまうのは、こうした脳の作用が影響しているのです。

●海外では考えられない! 寛容すぎる日本のお酒事情

どこでも安価でお酒を買ったり飲んだりできる日本は、世界の中でも特異だといえます。海外ではアルコールの危険性を考慮し、CMの内容や放映時間も厳しく規制されています。販売する場所や飲む場所も厳しく決められていることがほとんど。ましてや「飲み放題」など考えられないことです。アルコールは違法薬物と同様、もしくはそれ以上に危険なものでもあります。私が思うキングオブドラッグはアルコールです。飲酒をするのであれば、まず、お酒の危険性や飲み方を、しっかり学んでいただきたいのです。

知らぬ間に依存症になっているかも? こんなお酒の飲み方に注意!

――斉藤先生によると、「アルコール依存症」は、条件がそろえば誰もがなりうる可能性があると言います。

斉藤先生:「アルコール依存症」というと、“だらしなく、意志が弱い人がなるもの”というイメージを持っている方も多く、自分には関係のないことだと思っている人がほとんどです。ですが、例えば毎日、日本酒3〜5合を飲んでいれば、誰もが10〜15年後には依存症になってしまうといわれています。お酒を飲むのであれば、その飲み方がとても重要になります。

厚生労働省は、「節度ある適度な飲酒」として、1日平均純アルコールで約20g程度(女性の場合は10から12g)を推奨しています。これを守った飲み方を「適正飲酒」といい、目安でいうと、アルコール度数5%のビールで、500ml缶1本程度(女性の場合はこの3分の2から半分が適量)。少ないと思う人もいるかもしれませんが、健康を維持したいなら、この量を守るのがベストです。

この「適正飲酒」ができず、量が増え、いわゆる多量飲酒といわれる1日で純アルコール60g以上を常用する人は、ゆくゆくは依存症になる可能性が高いといえます。アルコールによりさまざまな問題を抱えるような飲み方を「問題飲酒」といい、アルコール絡みの犯罪や飲酒運転を繰り返したり、仕事や家族関係に影響が出たりするほか、高血圧や肝硬変、がんなどの健康障害を抱えるリスクが高まるでしょう。

●あなたは大丈夫? アルコール依存症チェック!

――ここで、自分の日頃の飲み方を振り返り、アルコール依存症度をチェックしてみましょう。ひとつでも当てはまれば要注意です!

□仕事終わりに「これで酒が飲める」と思う
□飲んでいるときの自分は楽しい人間だと思う
□休みの日には昼から飲んでもいいと思う
□ストロング系チューハイが好き
□飲んで記憶をなくすことがある
□飲んで目的地にたどり着けないことがある
□飲んでケガをしたことがある
□今日は飲まない/途中でやめる、ができない
□飲まないと眠れない
□飲み会の翌日、皆の態度が冷たい
□「飲まなければいい人なのに」と言われる

「しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには」斉藤章佳 (集英社) より

お酒に頼りすぎないためには? 依存症が不安な人が、今日からできること

――アルコール依存症チェックに該当した項目があった人は、具体的にこれからどのようなことをすればよいでしょうか?

斉藤先生:いきなり専門病院へかかるのはハードルが高いですよね。まずは、現在の飲酒量から適正飲酒量まで減らすことを目指しましょう。現状980万人以上いるといわれている依存症予備軍の人たちは、ギリギリ自分をコントロールできている状態だと考えられます。その段階で飲酒量を守るよう気をつければ、依存症になる確率はグンと下がると思います。

●飲んだ量を記録する

日々の飲酒量をコントロールするために私がおすすめするのが、減酒支援アプリです。例えば、大塚製薬が提供している「減酒にっき」は、その日の飲酒の有無や内容、飲酒量を日記のように記録できるもので、1週間、1カ月、3カ月、6カ月ごとの平均飲酒量を確認したり、家族にデータを共有したりすることもできます。まず、自分の飲んだ量を可視化することで、飲み方を具体的に自覚するのが大切です。それによって変化を実感できれば、減酒や治療のモチベーションも上がるでしょう。

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●運動を習慣にする

依存症治療のプログラムでも、運動は必ず取り入れています。習慣的に運動するようになると、日々の食べるものや、飲むものに気をつかうようになります。習慣的に体重計に乗ることで具体的な目標数値も見えてくるでしょう。要は、自分の体に関心が向くんです。健康になりたいとか、体重を減らしたいという目標で運動を始めて、減酒へつながるパターンもあります。

●趣味を見つける

アルコール依存症の人は、生活の中でお酒が何よりも第一優先。心の穴を埋めるものがお酒だけになっている状態です。大切なのは依存先(つながり)を分散すること。好きなことや趣味、コミュニティを見つけるようにしましょう。患者さんのなかには「推し活」で依存症を抜け出せた人もいました。「推し活」の中でできた仲間とともに、新たな自分の居場所を見つけた人もいます。その人は、今はそのつながりが断酒の重要な動機づけになっています。

●相談相手を見つける

特に女性の飲酒問題は夫や家族に頼ることができず、問題飲酒が見過ごされやすい傾向があります。育児や介護で孤立化し、つらい状況にある人は、家族に協力を仰いだり、一時的に帰省してもいいかもしれません(もちろんこれは実家との関係性がいい人に限ります)。まわりに相談できる人がいなければ、カウンセリングを受けるのもおすすめです。日本ではまだあまり一般的ではありませんが、かかりつけ医と同じような感覚で、自分に合ったカウンセラーを見つけておくと、日々の安心感が劇的に変わるでしょう。「世界でここだけは、家族にも話せない自分の正直な話がでる場所」と思える場所を持っておくことは、現代社会をライフハックしていくうえでも大切なことだと思います。

●アルコールについて知る・学ぶ

もちろん、楽しいお酒もたくさんあります。お酒があったほうが食事がよりおいしくなることもあるでしょう。幸せに、長くお酒とつき合っていくには、アルコールの知識や情報を学んだうえで、正しくアルコールという薬物を使用するという視点が必要です。アルコール依存症にまつわる本やマンガなどもたくさん出ているので、読んでみるのもいいかもしれません。

アルコール依存症は「孤独の病気」。日頃から人とのつながりを大切にして

斉藤先生: アルコール依存症治療は、お酒をやめることだけが目標ではありません。大切なのは、やめた後に、その人がよりよく生きていくこと。生きづらさを抱えてどうしてもお酒に頼ってしまっている人は、時間はかかるかもしれませんが、根本的な問題に向き合っていく必要があるでしょう。大きさはさまざまであっても、誰もが心に穴を抱えて生きています。その穴をお酒だけで埋めようとすると、やがてそれだけが命綱になってしまいます。できる限りいろんなパーツで埋めてほしいのです。また、アルコール依存症は「孤独の病気」ともいわれています。日頃から、人に頼れる環境をつくっておくこと、隣にいる人を大切にすること、大切な人とのつながりを維持しておくことが、依存症の予防にもつながります。

取材・文/秦レンナ イラスト/ナガタニサキ