オリンピックのアスリートなどがメンタルトレーニングのひとつとして取り入れている、自律訓練法「オートジェニックトレーニング法(AT法)」を知っていますか? 自分自身の心身の状態を客観視して見守ることができるようになり、自己肯定感が上がることで、あらゆる状況に対して動揺しにくい心と体をつくることができるといわれています。前編の「緊張のメカニズム」に続き、健康科学の専門家、坂入洋右先生にオートジェニックトレーニングの基礎知識とやり方、続けることで得られる効果を伺いました。

坂入洋右

筑波大学体育科科学系教授

坂入洋右

筑波大学体育科科学系教授、臨床心理士。健康心理学、スポーツ心理学を専門に、自律訓練法・軽運動・瞑想法を活用した、心身コンディションのセルフコントロールなどを研究。著書に、『身心の自己調整:こころのダイアグラムとからだのモニタリング』(誠信書房)が挙げられる。

「オートジェニックトレーニング法(AT法)」とは、“自分らしさ”が表れてくるトレーニング

オートジェニックトレーニング AT法 とは? 自律神経調整

ーーアスリートのメンタルトレーニングとしても取り入れられている自律訓練法、「オートジェニックトレーニング法(AT法)」とはどのようなものなのでしょうか?

AT法は、自分自身の体に目を向け、「腕が重たい」や、「温かい」などといった感覚を認識しながら実践していく自己調整法で、1930年頃のドイツの神経科医によって開発されました。


その効果は心身ともに発揮されます。身体的には、活動に適したパフォーマンスモードから、休息に適したメンテナンスモードへの切り替えがスムーズになり、心理的には「マインドフルネス」のように特別な注意を身心に向けることができるようになるといわれています。自分を客観的に正しく見ることで、本来の力を発揮することができるのです。

ーーなぜ、“客観的に正しく見る”ことが重要なのでしょうか?

正しく見るということは「見守る」ということで、これが自分のよい状態を引き出してくれるからです。例えば、サッカーを始めたばかりの子どもがいるとして、それぞれの見守り方に置き換えて考えてみましょう。親の場合は、子どもにサッカーが上手になってほしいから、難易度の高い練習をさせたり、細かいダメ出しをしたりもします。でも厳しくしすぎると、子どもはやる気を無くしてしまう可能性があります。

では、まったくの他人だったらどうか。この場合は逆に、そもそもその子どもに無関心。ダメ出ししない代わりに、いいところにも目がいきません。

見守り方としていちばんいいのは、“祖父母”くらいの距離感。つまり、「正しく見る」というのは、孫を見守るような感覚です。厳しい目線を持ちすぎずほどよく距離を保ちながら、褒めるところは褒める。こういう存在がいると、子どもはのびのびとサッカーができて、ぐんぐん成長します。

それは自分に置き換えても同じです。「どうして私はこんなにダメなんだろう?!」と厳しい目でジャッジするのではなく、フラットな目線を保ち、何かできたら「すごい!」と自分を褒めてあげる=「正しく見る」ことで、のびのびと力を発揮することができるということです。

オートジェニックトレーニングのオートというのは自動的とも訳されますが、「自分」という意味もあります。ジェニックは「遺伝子」ですから、自分の遺伝子のトレーニングという意味で、つまり、自分の遺伝子がうまく発現できるということ。自分らしさが表れてくるトレーニングということなんです。

日常生活で実践できるオートジェニックトレーニング法(AT法)

ーーすぐに取り入れられるAT法を教えていただけますでしょうか。

私がやっているのは、ドイツの精神医学者、ヨハネス・ハインリヒ・シュルツが創始した方法で、これがいちばん取り入れやすいと思います。リラックスしやすい環境を整えて、集中できる状態で体の各部位の変化に注意を向ける、それがとても大切です。あれこれ考えはじめると自律神経の交感神経系が優位に働いてしまうので要注意です。

①正しい姿勢をとり、心身が落ち着いているのを確認する

日常生活で実践できるのが望ましいので、通常の練習は座った姿勢で行いますが、就寝前に行う場合は、あお向けに寝た姿勢でもOK。目を閉じて、心身ともに落ち着いたことを確認しましょう。

●椅子の場合
ソファなどではなく、座面が沈まず、足が床に着く椅子に腰掛け、両手は手のひらを下に向けて太ももの上に置きます。

●あお向けの場合
両脚を軽く開いて、ベッドや布団にあお向けに寝ます。膝の下に毛布などを置いて、膝が自然に曲がるようにするとリラックスしやすいです。目を閉じて、息が出ていくときに体の力が抜けて緩んでいくような感覚を味わいながら、手や足、頭の位置を調整します。両腕は、自然に体側に置いてOK。

オートジェニックトレーニング AT法 自律神経調整 やり方 姿勢

②公式の内容を心の中で繰り返し、右腕や左腕に意識を数秒間集中させる

以下の表の内容をそれぞれ2〜3回心の中で繰り返し、右腕や左腕に意識を数秒間集中させます。初心者の方は、第2公式の温感練習までやらなくても、まずは基礎の重感練習だけ繰り返してもOKです。

オートジェニックトレーニング AT法 自律訓練法 公式 やり方 解説

③1回1~2分の練習を続けて2~3回行う。毎回目を開ける前に必ず「消去動作」を行う

この練習を、1セッション3〜6分として、1日に2〜3セッション行います。目を開ける際には、休息状態に入っている体を、日常生活に適した活動状態に戻す必要があるため、必ず「消去動作」と呼ばれる軽い運動をしてください。

オートジェニックトレーニング法 AT法 自律訓練法 解説

消去動作のやり方は以下の通り。

①両手をグーパーグーパーと握ったり、開いたりする
②両手を握って、ひじの曲げ伸ばしをする
③両手を大きく上に上げて伸びをしてから、ゆっくり目を開ける

オートジェニックトレーニング AT法 自律訓練法 消去動作

オートジェニックトレーニング法(AT法)後の「記録」で、さらに効果を高める

ーーAT法を実践するあいだ、集中できずについほかのことを考えてしまいそうです…。

いいんですよ。筋トレと一緒で続けることが大事なので、毎回「うまくいった/いかない」と一喜一憂しなくて大丈夫です。雑念があっても構わないし、手足が温かくなるのを感じられなくてもいい。その場合は、「集中力が切れてしまった」「〇〇のことについて考えてしまった」など、その都度感じたことをメモに書いてみてください。

――トレーニング中に感じたことをそのまま書けばよいということでしょうか?

その通りです。私もこの記録は続けていますが、10数年やっている私でも書く内容はまったく深まらないです。これだけまじめにやっていたら、すぐにできるようになるだろうと思っていましたが、全然そんなことないですね(笑)。ただ、書くのと書かないのとでは、全然違います。この記録をつけないと、体への意識が適当になってしまいます。ちなみにAT法の効果を実感するには、2〜3カ月くらいかかるといわれています。

オートジェニックトレーニング AT法 記録 自律訓練法 やり方 解説

なぜ睡眠などの「休息」だけではなくオートジェニックトレーニング法(AT法)による「メンテナンス」が必要なのか?

――AT法を取り入れると、具体的にどのような変化が見られますか?

人間はストレスやプレッシャーにさらされた生活を続けていると、本来備わった機能が止まってしまいます。だから体に、「お任せします。自由にしてどうぞ」という時間を、1日5分でも10分でもあげること=AT法を取り入れることで、体をメンテナンスに充てることができます。続けていると、自然に自律神経のアクセルとブレーキの切り替えがうまくなるので、冷え性や便秘、肩こりが緩和していくと思いますよ。

また、ちょっとした心や体の変化に気づくことができるようになります。少しでもよくなったら、それだけで「いいね!」と思える。小さな変化ですが、自分を認められることで、肌や体がやる気を出します。

――睡眠は、体のメンテナンスにはならないのでしょうか?

睡眠は機械でいうとオフの状態だから、実はメンテナンスとは違うんです。睡眠をとって休むだけではなく、体と向き合う時間を取ることに意味があります。

オートジェニックトレーニング法(AT法)で自分を正しく見守ると、“失敗”の概念がなくなる

AT法はオリンピックのアスリートなどにも取り入れられているトレーニングですが、実践していくことでプレッシャーやストレスを感じたときに、自分を正しく客観視する力がつき、失敗しても動揺しにくくなります。そもそも、“失敗”という考えがなくなるはずです。どこが間違ってたのか、合っていたのかを分析する考えに変わるからです。歯磨きのように毎日の習慣に取り入れてみてくださいね。

取材・文/浦本真梨子 イラスト/oyasmur 企画・編集/種谷美波(yoi)