私たちが生きるうえで、どうしてもつき合っていかなければいけない「感情」。自分のことも他人のことも尊重したい。けれど日々のさまざまな出来事に、私たちは心を揺さぶられ、乱されてしまいます。時には感情の変化や浮き沈みに疲れを感じることもあるはず。そんなとき、自分の感情をどう捉え、向き合ったらいいのか。臨床心理士で公認心理師のみたらし加奈さんに、お話を聞きました。

みたらし加奈 感情ってなんだろう? メンタルヘルス 臨床心理士 

臨床心理士

みたらし加奈

総合病院の精神科で勤務したのち、ハワイへ留学。帰国後は、フリーランスとしての活動をメインに行いつつ、SNSを通してメンタルヘルスの情報を発信。現在は一般社団法人国際心理支援協会所属。NPO法人『mimosas(ミモザ)』の副理事も務める。著書に『マインドトーク あなたと私の心の話』(ハガツサブックス)がある。

まずは、「快」か「不快」かだけでいい

——私たちは日々、喜んだり悲しんだり、楽しかったと思ったら不安になったり…と、さまざまな感情に揺さぶられながら生活しています。そもそもこの「感情」の正体とは、一体なんなのでしょうか?

みたらしさん:そもそも感情というのは、「興奮」や「快」「不快」から増えていったものだと言われています。例えば生後3ヶ月くらいの赤ちゃんには、今の私たちが感じている感情…例えば「嬉しい」とか「悲しい」といったはっきりとした区別はないんですよね。単純に「快」なのか、「不快」なのか、という部分が多くて、徐々に「快」から喜びや得意さ、「不快」から怒りや恐れ、といった具合に具体化されていくといわれています。

——以前、みたらしさんの連載で、ある出来事や状況に対して現れる悲しい、不安、困惑、恐怖といった直接的な反応が「一次感情」、怒りはその一次感情が積み重なって現れる「二次感情」だというお話をしていただきました。同じ「不快」からくる感情のなかにもさまざまあって、一次と二次に分かれる場合もあるとすると、今感じている「不快」がどんな感情なのかをはっきり理解するのは困難に思えます。どうすれば、自分の感情を正しく理解できるのでしょうか。

みたらしさん:「私は今、悲しいんだ」「私は今、怒っているんだ」と、自分の感情を具体的に理解できている人は、実は多くはないと思うんです。むしろ、これは悲しみで、これが怒りでと、分ける必要もありません。自分の感情に名前をつけて、俯瞰して見なくてもいいんですよ。もっとシンプルに、自分は今「快」なのか「不快」なのか、感じたことをそのまま受け取るだけでいいことのほうが多いと思います。

——まずはそれが自分にとって「快」だったか「不快」だったかという事実だけで十分ということですね。

みたらしさん:そうです。感情は自分自身のものですから。

みたらし加奈 感情 臨床心理士 メンタルケア 鏡に背を向けたポートレート

「怒りを覚えた」その感情も大切に

——一方で、誰かのせいでこんな気持ちになっている、誰かに向けてこう感じているんだと思うと、自分の感情が人に左右されているかのように捉えてしまうことがあります。

みたらしさん:例えばAさんからかけられた言葉にすごくモヤモヤして、不快な感情を抱いたとします。それもまた、「私は不快だった」という自身の感情であり、単なる事実なんです。その感情をAさんに共有したとき、「怒りの矛先をAさんに向けてしまった」「Aさんを不満の吐口にしてしまった」と、自責の念を抱くことがあるかもしれません。ただ、この自責の念というのが、今度は自分に「不快」な感情の矛先を向けてしまうことになります。

やり取りや関わりのなかで、Aさんに対して怒りを覚えたのであれば、まずはその怒りの感情を大事にしてあげてください。

——不快だったという事実を認めることも、自分の感情を大事にすることになるんですね。

みたらしさん:誰かのせいにしているという自責が根底にあると、自分の感情を信じてあげられなくなってしまうんですよね。Aさんにイライラしちゃうのは、自分が今モヤモヤしているからだなとか、別のことでストレスがたまっているからだなと、責任を転換してしまう。人は思っている以上に、自分の感情を都合よく解釈したり、自分のせいにすることで感情そのものをないがしろにしたりするものです。

でも、まずはAさんにイライラしたという「自分の感情」を受けとめる=大事にしてあげたうえで、Aさんと仲直りするのか、距離をとるのか、自分の怒りを鎮めるために必要な次のアクションを探っていけばいいんです。

みたらし加奈 臨床心理士 感情

感情はコントロールできるもの?

——心理トレーニングには「アンガーマネジメント」という、怒りの感情と付き合うためのメソッドもあります。そもそも怒りという感情については自分でコントロールしないといけないと考えている人も多いのではないかと思いますが、感情を上手にコントロールする方法はあるのでしょうか?

みたらしさん:まず前提として、そもそも感情の大元となっている「快」/「不快」はコントロールできないものなんです。ただ、そこから派生していく感情については、人間関係を円滑に過ごすためにとか、自分がご機嫌で過ごすために、ある程度「なだめる」ことが必要な場面もあるかもしれません

それは、感情を抑圧するということではありません。例えば誰かに対して怒りを覚えたとき、必ずしも話して伝わる相手、分かり合える相手とは限りませんよね? その場合、コミュニケーションに時間を割いても、さらにイライラが募る可能性がある。ならば、直接相手に気持ちをぶつけるのではなく、友人や家族に話を聞いてもらって客観的な意見をもらったり、おいしいものを食べたり、きれいな景色を見たりして、気分転換をすることが結果的に最良のコミュニケーションになるかもしれません。これこそが、上手な感情のコントロールと言えるのではないでしょうか

みたらし加奈 感情 臨床心理士 メンタルヘルス 笑顔で話しているポートレート

モヤモヤした気持ちはどう解消すればいい?

——本当は「不快」だったのに、相手が悪いわけじゃないと言い聞かせたり、そう反応した自分が悪いんだと、摩擦を起こさないように誤魔化してしまうことは多々あります。そうやって自分の感情をストレートに受けとめられなくなっていると、「快」「不快」がはっきりしない状態に陥ったときには、さらにうまく感情を捉えられなくなってしまうのではないでしょうか。

みたらしさん:例えば、よく一緒に飲みに行く友人がいて、その友人のことは大好きなんだけど、なぜか毎回行くまでは億劫、ということがあったとします。行ったら楽しいし、お酒を飲んで帰る頃にはむしろ帰りたくなくなっていたりするのに、行くまでは腰が重い。そうすると、これが「快」なのか「不快」なのか、その友人と会って楽しいのか楽しくないのかわからなくなってしまいますよね。

ただ、どんな背景があるにせよ、まずは「なんか行きたくない」という最初の感情を大事してあげることが重要なんです。「なんか行きたくない」に「行ったら楽しいじゃん」を被せて見ないようにするのではなく、行きたくないと思った気持ちも受け取ることが、自分の「快」「不快」を見極めるということにつながります。まずは雨だし、時間も遅くて面倒くさいし、最近はパートナーの話ばっかりだし、なんか疲れちゃうな、という自分の感情を素直に受け入れた上で、約束してたし、今日は大事な話があるって言ってたし、やっぱり行ったほうがいいよなと思えたのであれば、行ってみる。そしたら、案外話も盛り上がって、楽しかったりもする。

「快」「不快」は、瞬間的に決まることもあれば、時間の流れのなかで揺れ動いていくものもあります。それが、「快」なのか「不快」なのかわかりづらくなってしまう要因でもあって、余計にモヤモヤしてしまう。だからまずは、その瞬間に感じた「快」「不快」を大事にしてあげつつ、時間の流れのなかで揺れ動いていく「快」「不快」も大事にする練習をしていけばいいんです。そうして自分の感情に常に素直になっていくことで、できるだけ「快」な状態が多くなるようなアクションを取れるようになるはずです。

——勝手に相手の感情を慮って、自分は「不快」なのに我慢することも必要だと思い込んでしまうこともある気がします。でも、こちらが「不快」な状態のままコミュニケーションを続けても、相手も「快」にはなれないですもんね。

みたらしさん:20、30代になると、友人たちともライフステージの違いによって会話にズレが生じてくることってあると思うんですね。例えば、本当は結婚や子どもの話ばっかり聞きたくないなというのが「億劫」の原因かもしれないし、逆に仕事で疲れてそうな姿を見るのが申し訳ない気持ちになるから「面倒くさい」のかもしれないし。いずれにしても、そういう気持ちを抱えたままコミュニケーションをするのはヘルシーな関係とはいえないですよね。だからこそ、自分の感情を大事にして、誤魔化さないことが重要かなと思います。

あとは、体の不快感を大事にしてあげることも、感情の「快」「不快」に影響を与えると思うんです。梅雨の時期はジメジメして暑い。本当だったらシャワーを浴びて服も着替えたいんだけど、忙しくてその時間が取れない。ベタベタで気持ち悪いまま夜の食事会に参加しないといけない…となると当然、相手が「快」か「不快」かは別として、「行きたくないな」という「不快」な反応が生まれますよね。

寝不足だから行きたくないとか、前日飲みすぎて胃が気持ち悪いなとか、「快」「不快」の感情はある出来事や状況そのものに対してだけ感じるものではなく、さまざまな要因が絡み合って生まれることが多々あります。そのひとつに、身体の「快」「不快」がある。なので、食事会の前にTシャツだけでも着替えるとか、汗拭きシートで体を拭くとか、「不快」を「不快」なまま閉じ込めておかないようにすることで、「億劫」「モヤモヤ」といった感情が少し、晴れるかもしれません

みたらし加奈 感情 診療心理士 鏡の前でのポートレート

みたらしさんインタビュー後編、<sideB>の毛内拡先生インタビューはこちら!

取材・文/千吉良美樹 撮影/斎藤大嗣 企画・編集/木村美紀(yoi)