疲れやすさや冷え、やる気の低下やイライラなど、ふとした時に感じるその不調、実は自律神経のバランスが原因かもしれません。自律神経研究の第一人者である小林弘幸先生に、自律神経と不調の関係についてじっくり教えていただきました。

教えていただいたのは…
小林弘幸

順天堂大学医学部教授

小林弘幸

日本スポーツ協会公認スポーツドクター。研究の中で自律神経バランスの重要性に着目し、日本初の便秘外来を開設した腸のスペシャリスト。国内における自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導を行う。『自律神経が10割 心と体が整う最高の習慣』(プレジデント社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)など著書多数。

“なんとなく不調”の原因は、自律神経の乱れにあり

自律神経 メンタル 不調 交感神経 副交感神経 小林弘幸-1

──先生の著書では、「なんとなく気分が沈む」「疲れがとれない」といった症状は自律神経の乱れが原因である可能性が高いと指摘されていました。これは、単なる疲れとは違うのでしょうか?

小林先生 忙しい日々に追われていると、「何をするにも億劫に感じる」「ついイライラして怒りっぽくなる」といった心の不調を感じたり、冷えやむくみ、めまいや頭痛といった不快な症状に悩まされたりする人は少なくないと思います。病院で検査をしても特に原因が見つからない場合、これらの症状は「疲れ」として一括りにされてしまいがちです。

しかし、疲れにも対処が必要な疲れ(不調)と、そうでない疲れがあります。例えば、趣味のスポーツで思いきり体を動かした後の心地よい疲労感は、体にとってプラスになる疲れといえます。一方で、仕事や人間関係で強いストレスを受けると、体がずっしりと重くなるような酷い疲れを感じることがあります。対処が必要なのは、こうした不快な症状を伴う疲れです。そういった不調の多くは、自律神経バランスの乱れが原因かもしれません。体にとって重要な役割を持つ自律神経は、そのバランスが崩れると体や心に多大な影響を及ぼしてしまうのです。

──疲れと自律神経の関係についても伺えますか。

小林先生 怒りや緊張といった強いストレスに直面すると自律神経のバランスが乱れて、血流が悪くなります。血液は、細胞のエネルギーとなる酸素と栄養を全身のすみずみまで運ぶ働きを担っていますから、それが滞ることで細胞がきちんと機能せず、やがて全身のあらゆる器官に不具合が生じてしまいます。

──どんな不調が現れるのでしょう?

小林先生 身体的な不調は、だるさや疲れやすさをはじめ、血液循環が悪くなることによる頭痛や肩こり、内臓機能の低下による便秘や下痢、肌あれなどが挙げられます。免疫力が低下し、風邪や感染症にもかかりやすくなります。精神的な不調では、イライラしやすくなったり、やる気が低下したり、不眠や過眠といった睡眠の異常が現れることもあります。

【精神的な不調】
◆不安
◆やる気がでない
◆不眠
◆イライラする
◆集中力低下
◆情緒不安定

【身体的な不調】
◆頭痛
◆動悸
◆息切れ
◆めまい
◆肩こり
◆便秘、下痢
◆疲れやすい
◆冷え
◆倦怠感
◆手足のしびれ
◆息苦しさ
◆肌あれ

自律神経を整えるのに重要なのは、交感神経と副交感神経のバランス

──不調改善のカギとなる自律神経についても、あらためて伺えますか。

小林先生 私たちの生命活動を24時間365日支え続けているのが自律神経です。全身に張り巡らされた神経で、内臓の働きや血液の流れといった生命を維持するための機能をつかさどるライフラインといえます。例えば、心臓を動かして血液を全身へと送る、呼吸をする、食べ物を消化して栄養素を吸収する、暑いときに汗を出し、寒いときに体を震えさせて体温調節をする──これらはすべて、自律神経の働きによってコントロールされています。ただし、自律神経は自分の意思でコントロールできるものではありません。

──だからこそ、バランスが重要ということですね。ただ、自分でコントロールできないとなると、どうやってバランスをとっていけばいいのでしょうか?

小林先生 自律神経には、心の状態が大いに関係しています。先ほどお話ししたように、怒りや不安によって心が乱れると、自律神経のバランスも崩れて血流が悪くなり、さまざまな不調が現れてきます。つまり、心と体は自律神経を介してつながっているということ。自分の意思ではコントロールできませんが、心の状態がよければ自律神経のバランスも整い、体の調子も安定するのです。そこで知っておいてほしいのが、「交感神経」と「副交感神経」です。

自律神経には、「交感神経」と「副交感神経」のふたつがあります。わかりやすく車の機能にたとえると、交感神経はアクセルです。交感神経の働きが優位になると、血管が収縮して血圧が上昇し、気分までアグレッシブな状態になります。一方の副交感神経は、いうなればブレーキ。副交感神経の働きが優位になると、血管が適度にゆるんで血圧が低下し、体は穏やかなリラックス状態になります。交感神経と副交感神経は、どちらか一方が高まると他方が低くなるシーソーのようなメカニズムで働いています。

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自律神経が乱れる原因は? 現代社会では交感神経が過剰に優位になりがち

──交感神経と副交感神経の理想のバランスというのはあるのでしょうか?

小林先生 心身の健康にとって理想的なバランスは1対1。それぞれの神経が高いレベルで活動しながら、同時にバランスがとれているときに人間の体はもっともいい状態となります。逆にこのバランスが崩れたときは、心身に不調が現れるようになるのです。

──自律神経には心の状態が影響するということですが、やはりストレスがバランスを乱す一番の原因なのでしょうか。

小林先生 そうですね。日常生活での忙しさや不規則な生活、情報過多といった現代社会特有のストレスによって、多くの人は交感神経が過剰に優位になり、副交感神経の働きは下がっていきます。しかし、自律神経の乱れを引き起こすのは、ストレスや不規則な生活習慣ばかりではありません。実は、加齢も自律神経の働きに大きく影響すると考えられています。

交感神経は年齢を重ねてもさほど低下はしませんが、我々の調査データでは男性は30代、女性は40 代くらいになる頃から急激に副交感神経の働きが衰え始め、交感神経優位の状態に偏りがちになっていきます。女性の場合、産後のストレスや女性ホルモン分泌のゆらぎによっても自律神経が乱れやすいので、無理や我慢をせずに病院への受診や相談などをしてほしいと思います。

出典/『自律神経が10割 心と体が整う最高の習慣』(プレジデント社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)
イラスト/川添むつみ 構成・取材・文/国分美由紀