ヨガを続けていくうちに、何だか自分が少しずつ変わってきた気がする? その秘密は背景にあるヨガ哲学が鍵を握っているかもしれません。ヨガ哲学とメンタルヘルスの関係を公認心理師でヨガ講師の南舞さんに伺いました。

南舞 公認心理師 ヨガ ヨガ哲学

お話を伺ったのは…
南舞

公認心理師・臨床心理士・ヨガ講師

南舞

カウンセリングとヨガを通してメンタルヘルスをサポートするサロン「Sati.」主宰。学校や行政機関、企業にてカウンセラーとして従事し、学生時代に出合ったヨガとカウンセリングの考え方に近いものを感じ、指導者資格を取得。イベント出演、メディア監修など活躍の場を広げている。

ヨガ哲学と心理療法の共通点は?

──ヨガが他のフィットネスと圧倒的に違う部分といえば、約4500年という歴史と哲学が背景にあるということですが、ヨガの哲学とは一体、どういうものなのでしょうか?

南舞さん(以下、南):ヨガの聖典とされる古典書に書かれている教えのことで、簡単に言えば人生の取り扱い説明書みたいなものです。

──ヨガ哲学と臨床心理における考え方で共通している部分はあるのでしょうか?

南:ヨガ哲学の代表的な聖典のひとつ『ヨーガ・スートラ』では、「ヨガとは心の作用を死滅することだ」と説いています。

人生には苦悩がつきもの。過去を後悔して胸を痛めたり、起きていないことを想像して不安に思ったりしますよね。そんな暴れる心を静かに穏やかにしていくのがヨガだということです。

そこで、ヨガ哲学では苦悩を徹底的に観察しています。これは心理療法でも同じ。心理療法では、自分を苦しめている自身の性質やものごとを言語化しながら自己観察を深めていきます

ただ、自分の感情を言語化するのが苦手な人や、子どもはうまく自分の気持ちを伝えることができないので、私自身、カウンセラーの立場としてすごくもどかしい経験もしてきました

一方、ヨガは言語化だけではなく、あらゆるアプローチで自己観察を促します。例えば、ポーズや呼吸は体を通して自分の内側と向き合うことができます。

さらに、ヨガを深める8つの段階=「八支則(はっしそく)」のうち下から1段目、2段目(下イラスト参照)に位置づけられているヤマ=他者と関わるうえで大切にしたいこと」ニヤマ=自分自身が満たされるために大切にしたいこと」日常での自己観察を助けるツール的な役割を果たしてくれます。

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──日常生活における心構えもヨガのメソッドの一部なのですね。具体的に「ヤマ」「ニヤマ」はどういうものなのでしょうか?

南:ヤマ」、「ニヤマ」は心地よく生きていくためのヒントのようなもので、「ヤマ」は他者と関わるうえで大切にしたい5つのこと「ニヤマ」は自分自身が満たされるために大切にしたい5つのことです。

実は、いずれも至極当たり前のことが書かれているんですが、意識して生活してみるときちんと実践するのは意外に難しいことがわかると思います。


ヤマ=他者と関わるうえで大切にしたい5つのこと
アヒムサ:不殺生・非暴力(自分にも相手にもやさしく)
サッティヤ:嘘をつかない・真実を言う
アステーヤ:盗まない・不盗(時間や相手の気持ちも含む)
ブラフマチャリヤ:欲深く生きない
アパリグラハ:むさぼらない

ニヤマ=自分自身が満たされるために大切にしたい5つのこと
シャウチャ:清潔にする
サントーシャ:満足する、足るを知る 
タパス:心と体を鍛錬する 
スワディヤーヤ:学び続ける
イーシュワラプラニダーナ:感謝をする


私は、「ヤマ」、「ニヤマ」は守らなくてはいけない戒律というより、前述した通り、心にとめておきたい人生の指針としてとらています。

そうすることで、例えばアヒムサ(=非暴力)を知っていることで「家族を傷つける言葉を発してしまった。なぜそんなことを言ってしまったのか」など、自分の行動やその背景にあった感情、でき事を自然と振り返るクセがつくと思います。

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心と体の声、聞こえている? 自己観察がメンタルヘルスには重要

──なぜ、自己観察をすることがメンタルヘルスには大切なのでしょうか?

南:自分の心と体の声に耳を傾けるクセをつけることで、知らぬ間に心と体のバランスが崩れてしまうことを防ぐことができるからです。

例えば、そばにいる人から見ると明らかに過労なのに本人はまったく自覚がなく、気づいたらうつ病になっていたというケース

心身相関という言葉があるように、本来、心と体はリンクしていています。しかし、このケースでは、体は疲弊しきっているのに、その声を無視して気力で頑張り続けてしまい、結果として心と体の足並みがずれ、限界を超えてしまった。こういったことは、働く世代には珍しくないかもしれません。

でも、「今、自分に対して非暴力な姿勢でいられているか」と自己観察するクセがついていれば、適切なタイミングで休息を取れますよね。またポーズの実践を通して、心身を観察するクセがついていれば、疲労の蓄積にも感覚的に気づくことができます

ヨガは“つなぐ”という意味のサンスクリット語。まさに実践することで離れてしまった心と体をつなぎ直すことができるのです。

科学的なエビデンスが、むしろヨガ哲学の不変性を裏づけている!?

──近年、科学が進歩し、ヨガ哲学を支持するエビデンスも出てきているようです。臨床心理の観点ではそういったことはありますか?

南:アメリカのイリノイ大学の脳神経学者スティーブン・ポージェス博士によって1994年に提唱された自律神経に関する神経理論「ポリヴェーガル理論」が、古典的なヨガ哲学にでてくる「グナ」という考え方と相似していることが指摘されています。

ポリヴェーガル理論とは、これまで2種類と考えられていた自律神経が実は、交感神経、腹側迷走神経複合体、背側迷走神経複合体という3つで成り立っているという理論です。

一方、グナとは、サットヴァ、ラジャス、タマスという世界を構成している3つの性質のことを指し、ヨガ哲学ではあらゆるものがこのいずれかに当てはまると考えます。

3つのグナ
サットヴァ(純質):幸福感、安心感に満ちたバランスの取れた状態。
ラジャス(激質):怒りなど激しい感情でたかぶっている状態
タマス(鈍質):怠惰で無気力、不活動な状態

人の感情だけではなく、例えば、旬の野菜を使い、できたての味噌汁はサットヴァ、辛い食べ物など刺激が強いものはラジャス、過度に加工されていたり、作られてから時間が経っているようなインスタント食品はタマスといったように、食材をはじめ、あらゆるものがいずれかの性質に当てはまる。

この3つのグナがポリヴェーガル理論の3つの自律神経の働きと一致していて、腹側迷走神経複合体はサットヴァ的な穏やかで安心安全な状態交感神経はラジャス的な闘争状態背側迷走神経複合体がタマス的な無力感や凍りつき状態に当てはまるといわれています。

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メンタルヘルスのためには、サットヴァな状態へ導く腹側迷走神経複合体がきちんと機能していることが重要で、ヨガのメソッドがその活性化を助ける可能性が指摘されているのです。

つまり、ヨガを実践することでできるだけサットヴァな状態を目指すことを説くヨガ哲学は、ポリヴェーガル理論とシンクロしていますよね。

──面白いですね。実際、近年の心理療法などで、ヨガ的な考えを生かしたものなどあるのでしょうか?

南:ここ数年で流行り始めているものに、「ソマティック・エクスペリエンス」通称、SE(体の感覚を通じてトラウマ解消をめざす心理療法)というものがあります。

前述した通り、これまで心理療法は主に言語を使うものがメインでした。しかし、SEでは、体がトラウマを記憶し、安心安全を感じられなくなっているという考えのもと、体を動かすことで心にアプローチしていくんです。


心身相関は今でこそ定着した考え方ですが、ヨガは何千年も前から体と心のつながりを大切にし、メソッドを体系化していたというのは本当にすごいですよね。

それも、やはり哲学があってこそ。体を動かすヨガの気持ちよさに気づいたら、ぜひ哲学のヨガにも挑戦してみてください。きっと、人生がもっと豊かになるはずです。

イラスト/minomi 取材・文/長谷日向子