フリーの編集者・ライターとしてジェンダーに関する記事や書籍に携わる福田フクスケさんが、毎回ゲストをお迎えしてジェンダーの問題についてトークしていく連載「やわらかジェンダー塾」。男性である福田さんの目線で日々考えているジェンダーのモヤモヤについて、さまざまな立場のゲストと意見を交わし、考えを深めていきます。第3回のゲストは前回に引き続き、ジェンダーやフェミニズムをテーマにしたマンガ『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』を連載中のマンガ家・瀧波ユカリさん。今回のトークテーマは男女の“力”の差について。
男性は「女性より身体的に力が強い」ことをどれくらい自覚している?
——連載の第2回では、「サイゼでデート問題」についてお話いただきました。その中で、「男性は伝統的なジェンダーロールから降りたいのでは」という指摘がありました。ジェンダー格差をなくそうという動きが活発な現在、以前と比べれば、男性もジェンダーロールから降りやすくなっているのではないでしょうか。
福田さん:世代にもよるかもしれません。「サイゼ問題」でも争点とされている、いわゆる「奢り奢られ論争」というのは、年齢層が高い人たちが主に盛り上がっているのかな、と感じることはあって、若い世代は男女ともに割り勘に抵抗がない人が増えているのではと思います。
瀧波さん:年齢だけでなく、地域や文化にもよりますよね。例えば、女性には手取り10万円代の仕事ばかりという地域は、まだまだあると思うんですよ。そういう場所で「今は男女平等だから割り勘で」というのは、少し違うかな、と。その地域では職や賃金が男女平等ではないのだから、賃金格差がなくなるまで男性が多く払うということになってしまいますよね。
地域による職種の幅の違いだけでなく、妊娠出産でのキャリアストップ、出世率など、まだ解決していない男女間の格差はたくさんあります。「男女なんて関係ない、平等だよね!」なんて、まだまだ言える世の中じゃないと思います。
福田さん:地域、年齢、文化圏でかなり異なっていますよね。もし格差がないと感じていても、「“自分がいる場所は”、男女格差がない環境なんだ」という意識を持っておく必要があると感じます。性別問わず。
瀧波さん:あと、案外男性が見落としているのが「男性のほうが物理的に力が強い」という単純な差です。第2回で「多くの女性は男性のプライドを傷つけないように恐れと注意を払っている」という話をしましたが、その理由は、もし男性に力を行使されたら絶対に勝てないからだと思うんですよ。
拳を振り上げられた経験から自分の意見を言えなくなったと、DVで別居している女性が話していました。身体的な優位性がある相手ってそれくらい怖いんです。でも、時間をかけて男性にこの話をしてもいまいち実感を持ってもらえないこともあります。わかっていないフリをしているのかと思ったけれど、そんなこともなさそうで……。
福田さん:たぶんそれは知らないフリをしているとかではなく、本当にピンと来ていないんだと思います。人は、生まれ持った力に対しては無自覚になりがちです。フィジカルな力の差も、社会的な力の差も……。
瀧波さん: 「“力”を自覚することは難しい」ということは、第1回で朝ドラ『虎に翼』のお話をしたときにも出てきたテーマですよね。
福田さん:むしろ「男女平等」という意識がある男性こそ、生まれ持った身体的な力の差について無頓着になっている部分はあるのかもしれません。社会的な権利は平等だと考えていることや、自分が身体的な力を振るわないことから、「言うても対等じゃん」と思っていて、プリミティブな力の差に鈍感になっているところはある気がします。
瀧波さん:ジェンダーはジェンダー、性別は性別であり、権利が平等になっても、生物としての“力”の差というのは存在してしまうんですけどね。
自分が持つ“力”を自覚しながら、有用に使っていけばいい
——では、力を持っている男性は、どのように振る舞えばよいのでしょうか……。その点についても、お二人のご意見をお聞きしたいです。
瀧波さん:力を持っていることって、悪いわけじゃないんです。持っている人は、持っている人だからこそできることがある。ジェンダーロールが人を苦しめていると気づいて役割から降りることと、身体的優位性を持って生まれてきたことを自覚してその力をシェアすることは両立できます。
女性同士でもやっていることですからね。私は身長が163cmあるのですが、150cmくらいの女性と一緒にいるときは、私がドアを開けたり、高いところにあるものを取ったりしますよ。力のない子どもやご年配にもそうしますよね。「男女」になったとたんに力の差が曖昧になってしまうとしたら、それはなぜなのか……。
福田さん:身体的な力の差自体が悪いわけではないですもんね。力があるところには権力勾配が生まれることを自覚しながら、有用に使っていけばいい。
瀧波さん:はい。フィジカル面だけでなく、賃金や出世率のような「ジェンダー格差」も同じだと思います。……ただ、力に自覚的でない人が多いせいなのか、男性の中で「力を有用に使う」とはどういうことかがはっきりしていないように感じます。
以前、ジェンダーや権力の話するお仕事で一緒になった30代〜60代の男性5名に「男性と女性に格差がある中で、あなたに何ができると思いますか?」と聞いたことがあるんですね、そのとき、具体的な話をする人が一人もいなかったんです。「みんなで頑張っていきたいですね」とか曖昧な言葉が多くて。
中でもいちばん驚いたのが「下手に何かしようとして女性を傷つけてしまうとよくないので、僕は何もしないことにします」という答えですね。何ができるかを聞いたのに「何もしない」になってしまうのか、と衝撃でした。
福田さん:無意識かもしれませんが、「自分の知らないところで、自分が損をしないように、勝手に問題が解決しないかな」と思っているんじゃないでしょうか。力がある側は、ない側が抱えている問題を自分ごととしてとらえづらいというのはあるのかもしれないですね。
「何もしない」では始まらない。小さくても、自分にできることを
瀧波さん:「何ができるか」と聞いて、唯一上がってきた具体例が「傷つけないために何もしない」だったのですが、それは「できること」ではないですよね。傷つけないように気をつけるのは当たり前で、その上でできることがあるはず。ちなみに福田さんは、男性には何ができると思いますか?
福田さん:正直、心がけくらいしか思い浮かびませんが、1対1で話しているときに圧がかかっていないか、怖がらせていないかを気をつけることですかね。
瀧波さん:つまり、「加害者にならない」ということですね。もちろん大事なことですが、それだけだとさっきの「傷つけないために何もしないことにします」と同じになってしまいますね。
そうじゃなくて、小さなことでも、もっとプラスに動けるところがあると思うんです。声を上げている女性に連帯するとか、荷物が重くて運べない人がいたら助けるとか。例えば福田さんのように発信できる立場なら、ジェンダーギャップについての記事を書くことも「できること」ですし。
——ジェンダーギャップを解消するために男性にしてほしいこと…と考えたときに、「SNSで男女差別の構造に反対する声をあげてほしい」「男性に絡まれて怖い思いをしている女性がいたら、男性が間に入って制してほしい」というようなことを思いつく女性も多いと思います。それに、福田さんはジェンダーについての発信をたくさんされていますが、女性からすると「男性がわかってくれる、言ってくれる」というのがとてもうれしいんです。
福田さん:そうか…そうですよね。よく考えれば、いろいろできることはあるはずなのに、なぜかそういうことではないと思ってしまいました。おそらくそういう男性がたくさんいるのでしょう。僕であれば、ジェンダーについての記事を書いていることを、「やっていること」として言えたはずなのに。
瀧波さん:「そういうことではないと思ってしまう」のはなんででしょう…?
福田さん:うーん。やっぱり自分が「力を持っている側」だという自覚がないというか、自分にはそこまでの力なんてないし、と思ってしまっていることに今気づきました。僕の中で「男」と想定しているものが、自分よりもかなり強いものなのかもしれない。男の中では弱いから、男として力を使って女性に役立つということが想像できず、「傷つけない」みたいな消極的な答えしか出てこないのかもしれません。
男性社会には、階層や経済力、能力や成果などでマウントを取り合う序列のようなものがあって、その中で下位の男性は、引け目を感じて「かなわない」「逆らえない」と思わせられる構造があるように思います。
いわゆる「弱者男性」と呼ばれる人の中には、女性の若さや容姿をある種の“力”と捉えて、「自分よりも強い/恵まれている」からと嫉妬やヘイトを向ける人がいますよね。そういう人には、自分が男性であることで持っている身体的な力の差や、社会的な力の差が、本当に見えていないんだと思います。
瀧波さん:なるほど、そういう仕組みなんですね。でも、たとえ男性の中の比較で弱かったとしても、女性よりは身体的な“力”が強いことがほとんどだし、男性の立場だからできることってきっといろいろありますよね。第1回、第2回でも、「人は自分が持つや特権性や力に無自覚」というのがキーワードになりましたね。
きっと、ジェンダー問題は、だいたいそこに行き着くんじゃないでしょうか。
——ジェンダーの格差だけではなく、人種や性的指向での差別、教育の格差など、自分が持っている“力”や置かれている“立場”を、あらゆる格差是正のために使うというのは、性別問わずできることですよね。一人一人が、自分ごととして考えたい問題です。
イラスト/CONYA 取材・文/東美希 企画・構成/木村美紀(yoi)