フリーの編集者・ライターとしてジェンダーに関する記事や書籍に携わる福田フクスケさんが、毎回ゲストをお迎えしてジェンダーの問題についてトークしていく連載「やわらかジェンダー塾」。前回に引き続き、第5回のゲストは、“男らしさ”をテーマにした作品を多数発表している小説家の白岩玄さん。40代前半の同い年2人が、エンターテインメントの視点も交えながら“男性の価値観は変化しているのか”について話します。

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福田フクスケ

編集者・ライター

福田フクスケ

1983年生まれ。雑誌『GINZA』にてコラム「◯◯◯◯になりたいの」、Web「FRaU」(講談社)・「Pen」(CCCメディアハウス)などでジェンダーやカルチャーについての記事を連載中。田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など書籍の編集協力も。その他雑誌やWEB、書籍などでも幅広く活躍中。

白岩玄

小説家

白岩玄

1983年生まれ。2004年『野ブタ。をプロデュース』で第41回文藝賞を受賞し、作家デビュー。近著の『たてがみを捨てたライオンたち』では、現代の男性を巡る“男らしさ”や“生きづらさ”を、『プリテンド・ファーザー』ではシングルファーザーの育児を通して、男性のケアとキャリアについて描いている。山崎ナオコーラさんとの共著に育児エッセイ『ミルクとコロナ』がある。

男性主人公が男性性に向き合う物語がもっと生まれてほしい

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——小説家の白岩さんと、ドラマなどのカルチャーに関する記事を多く手掛ける福田さん。お二人から見て、エンターテインメントの中の男性像に、ここ数年でどんな変化が感じられますか。

白岩さん
: 時代とともに変わっていっているとは思うんですけど、自分が小説を書いていて、未だに難しさを感じるのが、新しい時代の男性像をリアリティーを持って描くことなんですよね。特にこれまでの古い価値観に縛られながらも、新しい生き方を体現していくような男性を描くのが本当に難しい。福田さんは映画やドラマなど、お詳しいと思うのですが、そういう新しい男性像を描いた作品についてはどう思われますか?

福田さん:ドラマのバディものでは、かつては「まじめで融通の利かない女性が、破天荒で型破りな男性に感化されて変わっていく」といったフォーマットがありがちでしたが、近年はそういったステレオタイプではない男女の関係性のドラマが結構生まれてきていると感じます。例えばドラマ評論の岡室美奈子さんは、まじめで実直な女性がそのまま評価されるような物語として、2022年のドラマ『石子と羽男−そんなコトで訴えます?−』を挙げています。

でも、「男性が男性として自分を顧みて変化していく」というドラマは、まだあまりない印象ですね。男性自身だけの内面の変革みたいな作品は、それほど流行っていない。

白岩さん映画『ドライブ・マイ・カー』は、結構その兆候があったなと思うんですよ。妻を失った男性が、葛藤しながら己を振り返るという。でも、まだまだ数がないというか、みんなが知っているような作品は少ない。


男性の変革の話って、関心を持たれにくいんですかね? 例えば朝ドラで、男性主人公が自身の男性性に向き合いながら生きていく物語をやったとして……果たしてどれくらいの人が熱心に見るのかという。

福田さん『こっち向いてよ向井くん』や『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』などは、男性の内省や自己変革を描いた意欲的なドラマだったと思います。ただ、それが『半沢直樹』とか『VIVANT』のような大ヒットになるという想像はなかなかできないというか……(笑)。女性のものは、多くあるんですけどね。

白岩さん:大きなムーブメントの話をすると、ディズニーもそうですよね。特に『アナと雪の女王』以降は女性の自立や解放が描かれることが多くて、昔のプリンセス像からの脱却が続いている。

でも、ディズニーじゃなくても、男性主人公が今までの男性性から自己を変革する物語が描かれて、それが爆発的にヒットして、後続の作品がどんどん出てくるなんて、まだ想像すらできないです。そういうものが普通に生活していて目に入るようにならない限り、エンタメの中の男性像が変わったとは言いにくいんじゃないかな。

あと、もうひとつ気になっているのは、「家事・育児をする男性」の取り扱われ方なんですよね。ドラマなんかではわかりやすさのために、男性が抱っこ紐をつけていたりとか、料理や洗濯をしている場面を過剰に描くじゃないですか。

小説を書いていてもそうなんですが、そういう描写を入れないと、「普通に家事をやっている」ということが読者に伝わらないんですよ。これはつくり手として、少しもどかしい部分なんですよね。そんな描写をしなくても済むようになったときに、初めて「男性の描き方が変わったな」と言える気がします。

変わっているようで変わってない? 男性を取り巻く価値観や環境

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——では、現実の男性の価値観や生き方について、ここ数年の変化をお二人がどのように感じているかをお聞きしたいです。

白岩さん:世の中が変わってきたと言われているけれど、僕としては「う〜ん?」という感じではあるんですよね。あくまでも自分の観測範囲内の話ですけど。「共働きで男性も育児をするようになった」という事実はありますが、一方でフォーマット自体はあまり変化していない気がします。例えば、家事や育児に協力的だと「いい旦那さんだね」と言われてしまうところは、まだ変わっていない。

福田さん:僕の友達は、飲み会で育児の話をするようになってきているのを感じます。昔に比べると父親でも子どもの様子を把握していたり、兄弟での差にもしっかり気づいているな、と感じることも多いですよ。

……といっても、その飲み会に来るために、パートナーに気軽に子どもを任せられる環境を得やすいのが男性なんですよね。「メインは母親」という感覚から抜け出せているかというと……確かに「う〜ん?」です。

白岩さん:男性も育児に関わるようになってはいますが、「任せられた時間をしのげればそれでいい」くらいの感覚の人が少なくない、というのが僕の体感です。なので、男性の意識が本当に変化しているのか?というと、ちょっと肯定しづらいですね。表面的な変化はあったけれど、意識や構造の変化はまだ追いついていない、という印象があります。

福田さん「こうすべきだよね」という世の中からの外圧のような雰囲気になんとか合わせようとしていっている感じですよね。根本的なところはあまり変わっていない。

白岩さん:福田さんも僕と同じで、数年前から男性の生き方の話をしたり、書いたりしているじゃないですか。だからわかってもらえると思うんですけど……こういう座談会や取材で話す内容にも、あんまり変化がないんですよね。足踏みしてるようで自分でも情けないんですが、ずっと同じことの繰り返しになっているような……。

福田さん:わかります。停滞していますよね。個人の心がけや意志を変えるように求められてはいるけれど、男性社会の構造自体に大きな変化がないからかな?

白岩さん:男性側からジェンダー系の生きづらさの話をするのは、少し難しいところがある…というのも本音です。抑圧してきた歴史があるから、というのもあるんですが、その一方で、話す前から先入観を持たれたりもするんですよね。例えば、父親が子育ての大変さの話をするときは、自分が普段どのくらいそういうことをしているかを説明して、ある種の「成績表」を出してからでないと、語り始められなかったりする。

福田さん:そうですね。僕もこういう場で男性性や男性の生きづらさについて話すとき、まずは男性の有害な部分に言及してからでないと、語ってはいけないような風潮を感じます。今もまだ大変な思いをしている女性に「僕たちはつらいです」といきなり言うのもおこがましい、というか。だからこそ、前回話したように男性同士でもっと弱さやつらさを打ち明け合えるようになるといいんですけど。

白岩さん:あと、世の中的にもこの先どうしたものか、方向性が見えなくなっているのも停滞の理由のひとつのような気がします。例えば、「イクメン オブ ザ イヤー」が役目を果たしたということで終了しましたけど、「イクメン」の先の動きは世の中にあまり見当たらない。「イクメン」という言葉によって、表面的には男性が育児参加するようになったとは感じるけれど、その先は?と言われると……。これは育児だけでなく、ほかの分野でもそうだと思います。

「男性はもっとこうなれる」という、前向きなメッセージが必要なのかも

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——では、どうすれば男性に変化が生まれるんでしょうか。

白岩さん:僕には息子と娘がいるのですが、子どもたちに対する社会からのメッセージに男女差を感じることがあるんですよね。よく思うのは、エンターテインメントなどで描かれる女の子の生き方はどんどん広がっていく一方で、男の子に対しては「こうはならないでね」というブレーキのメッセージが多いな、ということです。

もちろん社会の現実を見ていると、そうなるのも理解できるんですが、男の子に対しても、もっとポジティブなメッセージを流してほしいなと思うんですよ。社会からのメッセージというのは人の心に作用する強力なものだからこそ、自制させるだけじゃなく、「男の子もこんなふうになっていけるよ」という前向きなメッセージがほしい。

福田さん
:子育てだけではないですよね。40代の僕たちも「自分が上からされてきたことを、下にしてはダメ」みたいな感覚もありますし、男性社会の中でも、「こうはならないようにしなきゃ」が多い。ハラスメントをしないとか、圧を与える側にならないとか。マイナスを減らすことばかりで、プラスを得ていく話があまり思いつかない。

もしかしたら、男の子の選択肢が増えない理由のひとつには、僕たち世代が新しいロールモデルを提示できていないこともあるのかもしれません。

白岩さん:確かに大人になった男性が、「自分は本当はこんなふうに生きたかったんだ」というパターンを見せられていないから増えない、という部分はあるかもしれないですね。大人の男性がもっと過去を振り返って、押し殺したり、なかったことにした感情を精査する必要があるのかもしれません。

社会から押し付けられた規範や、こうしなければダメだとまわりから思わされてきたことについて、ひとつひとつ検分して、あれはやっぱりおかしかったと強く思うことができたら、これまでになかった生き方や可能性を提示できるような、前向きなメッセージが出てくるかもしれないですし。

福田さん
:白岩さんは、男性に向けてどんな「こんなふうになっていけるよ」というメッセージがあるといいなと感じますか?

白岩さん:うーん、どうなんですかね。パッとは思い浮かばないのですが、自分がどんなふうに生きたかったのかを考えると、「男の子でも強くなくていいし、もっと泣いたり、周りを頼ったりしながら、大人になってもいいんだよ」と言ってもらいたかったかもしれません。そういうのがなかなかうまくできなくて、つい一人で抱え込んでしまう癖があるので(笑)。

福田さん男性同士でもっと甘えたり頼ったりしていいんだ、ということは言っていきたいですね。男性集団の中で、サポート役やケア役の男の子がもっと尊重されたり評価されたりしたらいいなと思います。「評価」というと勝ち負けや優劣の話になってしまいそうですけど、そうではなくて、そういう人が自分らしく生き生きしている姿をもっとメディアの中などで見せられたらいいんじゃないでしょうか。

白岩さんプロフィール写真撮影/山田秀隆 イラスト/CONYA 取材・文/東美希 企画・構成/木村美紀(yoi)