ジェンダーについての記事や書籍に携わる編集者・ライターの福田フクスケさんが毎回ゲストをお迎えしてジェンダーの問題についてトークしていく連載「やわらかジェンダー塾」。Vol.7のゲストは、SNSを中心に、アラサー女性の「あるある!」を発信し、yoiでも連載をしていたジェラシーくるみさん。SNSで議論を巻き起こした“嫌知らず”という言葉をテーマに語っていきます。

福田フクスケ

編集者・ライター

福田フクスケ

1983年生まれ。雑誌「GINZA」にてコラム「◯◯◯◯になりたいの」連載など、その他さまざまな媒体でジェンダーやカルチャーについての記事を執筆中。藤井亮『ネガティブクリエイティブ』(扶桑社)、プチ鹿島『半信半疑のリテラシー』など編集書籍多数。田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など書籍の編集協力も。

ジェラシーくるみ

コラムニスト

ジェラシーくるみ

会社員として働く傍ら、X(旧Twitter)やnote、Webメディアを中心にコラムを執筆中。著書に、『恋愛の方程式って東大入試よりムズい』(主婦の友社)、『そろそろいい歳というけれど』(主婦の友社)、『私たちのままならない幸せ』(主婦の友社)、『アラサー・ライフ・クライシス』(KADOKAWA)がある。

SNSで話題の“嫌知らず”ってどういうこと?

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——福田さんとくるみさんは、Xでは相互フォローされているんですよね! 福田さんとの事前打ち合わせをした際に、SNSで話題の“嫌知らず”という言葉について話してみたいということになり、ゲストはSNSを中心に活躍されているジェラシーくるみさんが適任なのでは、とオファーさせていただきました。

くるみさん
:以前からXではフォローさせていただいていたのですが、直接お話しするのは初めてですね。今日はよろしくお願いします!

福田さん
:よろしくお願いします。今回取り上げてみたいなと思ったのは、“嫌知らず”という言葉です。Xで「三好」さんという方が使い始め、SNSで広まりました。


福田さん<相手が「嫌だ」と言っているのに、それに気づかず、嫌だと言われている行為等をやめない人・状態>を指す言葉として、SNS上でさまざまなエピソードが共有され、議論を巻き起こしました。特に、男女のカップルや夫婦において、彼氏や夫がした行為に対して女性が「嫌だからやめてほしい」ということを言っても、男性側は女性が嫌がっていることに気づかない。それどころか、「気にしすぎじゃない?」とか「俺は困ってないし」などと言ってやめてくれないというのが女性たちの間では“あるある”だと言われていたのが印象的でした。

くるみさんは、“嫌知らず”をされたという経験談を、まわりで聞くことはありますか?

くるみさん:そうですね。家事についてだったり、身体的なことであったり。例えば「そういう言葉は口にしないでほしい」「こういう時期には触らないでほしい」と言っても「いや、大丈夫でしょ〜」と、舐めてくるというか、過小評価してくる、というのはありますよね。

福田さん:それが続いたことで女性が耐えかねて爆発したり、別れを切り出して初めて、男性側が「そんなに嫌がっているとは知らなかったよ」「そんなに嫌なら早く言ってよ」となるまでがワンセット、とSNS上では語られていましたね。

くるみさん男性側からすると、「青天の霹靂で別れを切り出された」と感じることもあるようですね。でも、女性の中では色々なことがチリツモになっていった結果だったという。

福田さん:最近、テレビ番組の企画である男性タレントが彼女から別れを切り出されたのですが、女性から「こういうことを言われて嫌だった」と告げられたのに対して、男性が「今になって言われても、ずるいよ」と言っていたんです。これって典型的な“嫌知らず”だったんじゃないかなと私は思っていて。

女性のほうは、つき合っている間「ずっと対等に見てもらえず、下に見られていた気がしていた」と言っていたんですよね。おそらく、女性のほうは別れを決意するまでに、何度かSOSというか危険信号を発していたんだろうと思うんです。それでも気づいてもらえないから、だんだんと「言ってもしょうがない」と、学習性無力感みたいなものを感じていたんじゃないかな…と思いました。

くるみさん:はじめのうちは「嫌だ」という意思表示をするんですけど、それでもわかってもらえないと、“あきらめモード”に入ってしまうんですよね。そして、一度“あきらめモード”に入ると、元に戻るのは難しいパターンが多いんじゃないかと思います。

「嫌だ」と言っているのに聞いてもらえない状況に直面するのって、「自分は舐められている」「被害者である」ということを認めざるを得なくなってしまうんですよね。それを避けたいという女性側のプライドもあると思います。2~3回言って変わらないなら、もうあきらめてしまう。相手にわかってもらえるまで根気よく伝えるほど優しくなれないし、その過程で何度も被害者になるつもりもない。“あきらめモード”にはそういった思いの表れもあるのだと思います。

初めは柔らかい口調で「嫌だ」と伝えていても、それがスルーされるたびに惨めになっていくんですよね。「嫌だ」と何度も伝えるのって、言う側もすごくつらいと思うんです。

“嫌知らず”の背景にあるのは、男性自身の、自分の感情に対する鈍感さ

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福田さん“嫌知らず”をしてしまう男性の多くには、うっすらと女性に対する“舐め”があるんじゃないかと思うんですよね。相手が「嫌だ」と言ったことに対して、気づいていないというよりも軽くとらえているというか…。

——なるほど…。最近、SNSで見かけた意見で印象に残っているのは、社会全体が女性やその他マイノリティに対しての壮大な“嫌知らず”をしてきたというものです。「確かにな」と思いました。声を上げてもなかったことにされ、社会全体が見て見ぬふりをしてきた。最近では風潮も変わってきているとは思いますが、まだまだ“嫌知らず”は続いていますよね。

くるみさん:セクハラなどは、まさにそうですね。

福田さんあと、男性が“嫌知らず”をしてしまう原因のひとつには、自分の弱みや気にしているところから目を背けたいという心理もあるのではないかと思います。

指摘された自分の短所や欠点、「それは不快だよ」と言われたことを、自分で認めて受け入れることができないから、逆ギレみたいに対応してしまったり、「そんなことない」と否定してしまうことがあるのではないかなと。

——自分が否定される恐怖みたいなものに対するカウンターがあるのでしょうか。

福田さん:そうだと思いますね。その反応が女性に対してより強く出てしまうというのは、やはり「女性だから」という“舐め”や“甘え”があるんだと思うんですよね。

くるみさん:女性に対して寛大さや寛容さを求める風潮っていうのは、昔からありますもんね。それと同時に、女性の「NO」や不快感の表明が、“ヒステリー”と言われたり、“細かい”と軽視されるような風潮もあると思っています。

福田さん:そうですね。女性が不快な感情を表明したときに「それはお前の気持ちの問題なんだから、客観的に見たら大したことじゃないんだ」みたいな謎の論理展開で、相手の「嫌だ」という感情を矮小化してしまう、というのは、男性によく見られる“あるある”なんじゃないでしょうか。

くるみさん:でも、特に二者間でのコミュニケーションにおいては、相手の気持ちとか感情って一番大事なことじゃないですか。なのに、それをスルーするのって、そのほうが論理に適ってないですよね。

福田さん:そのとおりだと思います。それって多分、男性は相手の感情だけじゃなくて、自分の感情にも鈍感だからなんじゃないかなと思っていて。自分の「嫌だ」とか「不快だ」という感情にも蓋をして否定してきたから、それを相手にも求めているんじゃないかと思うんです。

くるみさん:そうだと思います。「男は我慢してナンボだ」というような社会で生きていたりとか、今まで自分の不快な感情を受け止めてもらってこなかったりすると、「なんでお前の言い分だけ通るんだ」と、どこかで思ってしまう。そして、同じ基準を相手にも強いてしまうということはあるのかもしれませんね。

相手の「NO」に気づくためにはどうしたらいい?

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——ジェンダーによって、感情への鈍感さに差がありそうですね。

福田さん例えばカップルや夫婦において、男性から女性へのモラハラは昨今ようやく問題にされることが多くなってきましたが、女性から男性へのモラハラはなかなか顕在化しませんよね。

語弊のある言い方ですが、それって、男性が女性からモラハラ的な言説をされても、「女性の言うことだから大したことじゃない」と、そもそも男性側があまり深刻にとらえていないからじゃないかな、とも思うんです。もちろん、深刻なハラスメント被害を受けている男性もいるので、一概には言えないんですけど。


くるみさん:そうですね。それに、男性は“傷ついていないふり”をすることが多いような気がします。「自分は傷ついている」というのを言っちゃいけないとされてきたジェンダーだからなのかもしれません。

あとは、女性から何か言われても、言い返人も多いですよね。被害者に留まることはしない。そうできる背景には、原始的なことですが、フィジカルの差があると思っていて。最悪、取っ組み合いの喧嘩になったとしたら、女性には勝ち目がありませんから。

——ジェンダー間におけるフィジカルの差が与える影響については、Vol.3で瀧波ユカリさんともお話しましたね。ジェンダー格差のすべての根元には、圧倒的なフィジカルの勾配というのがある。

裏を返せば、職場だったり信頼するパートナーだったり、「自分が身体的に傷つけられるわけがない」という絶対的な安心感があるシチュエーションにおいては、女性から男性への“嫌知らず”やモラハラが起こるパターンもあるのではないかと思います。

くるみさん私も身に覚えがありますね。私が飲み会で帰りが遅くなることに対して、パートナーが不満をたびたび口にしていたのですが、大したことじゃないだろうと毎回スルーしていて。そしたら、裏で友達にかなり愚痴っていたとか…。

ジェンダー問わず、人には自分なりのセオリーがあるから、相手が「嫌だ」と言っても「そんなこと気にしてんの?」と、どこかで相手の痛みを過小評価してしまう。関係性が近くなればなるほど、「笑って流せばいいじゃん」みたいになってしまったり。

福田さん:小さなことですが、私の場合、パートナーに「洗剤ってどこだっけ?」とか「あの服どこだっけ?」って聞くと、「いやそれ何度も言ったよ」と言われることがあるのですが、自分では聞いた覚えがないんですよね。それって、聞いたふりして相手の言葉を軽く受け流していたな、ということに気がついて。

くるみさん:わかります。本気で覚えようとか、本気で対処しようとしていないんですよね。

福田さんパートナーの忠告とか進言を聞き流してしまっているというのは、ある意味自分も“嫌知らず”をしてしまっているな、と反省しました。

くるみさん相手に対しての“甘え”なんですよね。私も、「友達と飲んでたんだから、朝帰りも許してよ」「それくらい許してくれるいいパートナーを演じてよ」ってどこかで甘えてしまっている。

…でもこれってよくないですよね。“嫌知らず”は、明確な悪意や相手を下に見ているから起こるものもあれば、相手に対する“甘え”から、相手の言葉にきちんと向き合わずにいるものもあると思っていて。これは後者のパターンですよね。

——“嫌知らず”の問題を改善していくためには、社会や個人として、どんなことをしていけばいいと思いますか?

くるみさん社会全体に「他人のNOを無下にするヤツはヤバい」という風潮ができると変わるんじゃないかなと思います。差別が当たり前にあった時代もありますが、今では「差別するヤツはヤバい」と社会的に認知されていますよね。それと同じような感じで、社会の風潮が変わることで、個人も変わっていくのではないかなと。

福田さん男性がする“嫌知らず”に関しては、やはり男性自身が自分の傷つきを自覚するところから始めないと変わらないんじゃないかなと思います。

“嫌知らず”をする男性は、きっと男性同士のコミュニケーションでも、「本当はバカにされて傷ついた」とか「本当は嫌なのに聞いてもらえなかった」など、自分の「NO」という意思を軽視されてきた経験がすごくあるんじゃないかな。だからって、「俺はこんなに鈍感になって我慢してきたのに」と、他人にもそれを強要していたら負のループにしかなりません。

まずは自分の正直な気持ちや感情を認めてあげることで、はじめて相手の気持ちにも敏感になっていけるんじゃないでしょうか。 

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¥1320/KADOKAWA 

イラスト/CONYA 画像デザイン/齋藤春香 企画・構成・取材・文/木村美紀(yoi)