「いったんすべてリセットして、やり直したい!」と衝動的に行動した結果がもし後悔する選択になるとしたら…。ストレスが強くなるとわき上がりやすい「リセット願望」に振り回されず、上手につき合っていくための具体的な方法について、心理学博士の関屋裕希さんに教えていただきました。

関屋裕希

心理学博士・臨床心理士・公認心理師

関屋裕希

東京大学大学院医学系研究科 デジタルメンタルヘルス講座 特任研究員。専門は職場のメンタルヘルス。ストレスチェックや復職支援制度などのメンタルヘルス対策・制度の設計、職場環境の改善や組織活性化に関するワークショップ、メンタルヘルスに関する講演・執筆・研究活動を行う。著書に『感情の問題地図』『モチベーションの問題地図』(ともに技術評論社)など。

Q1.「リセットしたい!」と思ったとき、その気持ちをどう受け止めたらいいですか?

A1.すぐに結論を出す必要はありません。信頼できる人と一緒に、ポジティブな面に目を向けて

リセット願望 関屋裕希 ストレス2-1

関屋さん リセット願望がわいている=「リセットする以外に解決方法がない」という極端な考え方になっているので、自分自身を客観的に振り返るのが難しくなっている状態ではないかと思います。まずは「今、自分はそう思っちゃうくらい大変な状況にいるんだな」と思えるといいのかなと。

すべてをリセットしたくなる心境のときは、「自分にはどうすることもできない」という無力感や、「こうなるまでうまくやれなかった」という自己嫌悪などもあると思いますが、すぐに結論を出す必要はありません。

「まわりの人たちにサポートしてもらったほうがいいかも」と気持ちを少し切り替えて、友人や同僚、カウンセラーなどの信頼できる人と一緒に自分自身や環境のポジティブな面に目を向けていくのがいいと思います。

Q2.自分や環境のポジティブな面が見つけられません…

A2.現状には「本当にいいところがひとつもない」のか考えてみましょう

関屋さん 例えば「今の自分は全然うまくいっていない」と感じていても、他人との比較ではなく、「過去の自分」と比べてみると成長している部分や強み、できるようになったことがあるはずです。職場環境にもいい面は何かしらあるのではないでしょうか。実際、「ひどい職場だと思って転職したのに、転職先のほうがもっとひどくて、自分が恵まれていたことに気づいた」というケースも決して珍しくありません。

最も気になる一部分だけを切り取るのではなく、いくつかの視点から状況を見ていくことで極端な選択をしなくて済むことも多々ありますし、自己否定のループから抜け出しやすくなります。同僚や友達に、自分の強みやいいところを教えてもらうのもおすすめです。 

Q3.「リセット願望」にのまれないようにするために、できることはありますか?

A3.2択で決めつけるのではなく、グレーゾーンを受け入れてみましょう

関屋さん 前回触れたように、モヤモヤとした状況も受け止められる「あいまいさ耐性」を高めることが効果的です。「正しい・正しくない」「好き・嫌い」といった2択で決めつけず、グレーゾーンを受け入れる習慣を持ちましょう。「好きじゃないけど、この部分は好きになれるかも」とか「合わないと思うけど、やってみたら合う部分もあるかも」のような考え方をしてみるといいですね。

また、予測不可能な環境に少しずつ慣れていくことも大切です。簡単な方法としては、休日に予定を決めないで外出し、小さな不確実性を体験していくことも、あいまいさへの耐性を育てます。また、自分以外のいろいろな人の考え方や意見に触れ、考え方や選択の幅を広げることも大事だと思います。

そんなふうに「あいまいさ耐性」を高めていくことで、リセット願望に振り回されない心の余裕が育まれていくんじゃないかなと思います。 

Q4.メンタルケアのために意識するといい生活習慣はありますか?

A4.起床&就寝時間のリズムを一定にして、しっかり眠ることから始めましょう

関屋さん メンタルヘルスにおいて睡眠・食事・運動の3要素を整えることは不調の予防にもつながりますが、特に重要なのは睡眠。睡眠不足は心や体の状態を安定させる神経伝達物質「セロトニン」の分泌を減少させるので、ネガティブなことを考えやすくなってしまいます。決まった時間に寝起きして、できれば7時間半くらいの睡眠時間を確保するといいですね。

もうひとつ、対人関係のストレスに対しては「先送りする」という対処法を身につけるのも効果的。「いったん忘れる」「成り行きに任せる」「自分は自分、人は人」のように、こだわり続けずに解決を先送りすることに慣れる練習をしてみましょう。 

Q5.それでもリセットしたくなってしまったら、どう対処すればいいのでしょうか?

A5.「気分を変える3つの方法」から、自分に合いそうなものを試してみてください

リセット願望 関屋裕希 ストレス2-2

関屋さん 気分を変えるためには大きく3つのルートがあります。

1.行動を変える
人はそのときの気分に合った行動を取るので、落ち込んでいると暗い色の服を着たり、友達らの誘いを断ったりします。だから、落ち込んでいるときにこそ「気分に合わない行動」を取ることがとても大切。例えば、明るい色の服を着る、奮発しておいしいランチを食べるなど、行動を変えることでその後の気分が変わっていきます。

2.人に話す
自分の中だけで考えていると、同じ発想ばかりを繰り返して際限がなくなることがあります。そういうときは人に話すことでモヤモヤを吐き出せますし、自分とは違う視点から意見をもらうことで状況の見え方を変えられることもありますよ。

3.「くよくよタイム」を設ける
考えたくないのにモヤモヤし続けてしまう場合は、逆に「15分だけとことんそのことを考える」と時間を区切ってみましょう。15分考え抜くと「今日はこんなに考えたからもういいや」と手放しやすくなります。 

Q6.身近な人に「リセット願望」の兆候が見えたとき、何かできることはありますか?

A6.じっくり話を聞いて、心に寄り添うことができれば十分です

関屋さん 基本的には、相手のつらさを理解することが大事だと思います。「そうなんだ、そこがつらいんだね」と、その人の気持ちを受け止めながらじっくり聞いていく。たとえ解決につながらなかったとしても、「わかろうとしてくれている人がいる」と伝わるだけでも心強いはずです。もし何か助言するにしても、まずは話をじっくり聞いて、相手が「わかってもらえた」と感じた後にするといいでしょう。

避けるべきは、「そんな深刻に考えちゃダメ」と相手の考え方を否定したり、「きっと大丈夫」「もうちょっと頑張って」と安易に励ましたり、「もっと大変な人もいる」と誰かと比較したりすること。これらは「誰も自分のつらさをわかってくれない」と感じさせ、状況を悪化させてしまう場合があります。

Q7.「リセット」してしまったら、もう取り返しはつかないのでしょうか…

A7.「心の糧にする」気持ちで、リセットした経験を次に生かすことを考えましょう

関屋さん 将来、「あのときリセットしたから今がある!」と思えるように、心の糧にして自己成長につなげることが大切だと思います。

リセットによって悩みから距離が取れたときこそ、「この経験から学べたことはなんだろう」「次に同じ状況になったら、他にどんな選択肢があるかな」と、振り返りながら考えてみるといいですね。
経験を「糧にする」プロセスができないままでいると、転職を繰り返すといったリセット行動が習慣化していく可能性もあると思います。

心は目に見えない世界なので、もし振り返りが難しいなと感じたときは、「書き出す」方法がおすすめです。モヤモヤした感情を文字にしてみると、目に見えない気持ちが見えるようになって、自分の感情を客観視できるようになりますよ。

イラスト/中島ミドリ 画像デザイン/前原悠花 取材・文/木内アキ 企画・構成/国分美由紀