家で休んでいるはずなのに疲れがとれなかったり、休職していても仕事のことばかり考えてしまう人が、「上手に休む」ためにはどうすればいいのでしょうか。「休むと心が落ち着かない」人の心理状態について解説いただいた前編に続き、心療内科医の鈴木裕介先生に、心身を回復させるための休み方のポイントを伺いました。

鈴木裕介

内科医・心療内科医・公認心理師

鈴木裕介先生

日本医師会認定産業医。「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトに、秋葉原内科saveクリニックを開業。産業医としても活躍している。著書に『心療内科医が教える本当の休み方』(アスコム)『がんばることをやめられない コントロールできない感情と「トラウマ」の関係』(KADOKAWA)等。

「生活者としての私」をおざなりにしない

鈴木裕介 休み方 生活者

──前編では「休むと心が落ち着かない」という人の心理状態について代表的な例をお伺いしました。他にも、「職場の人たちがみんな頑張っているから、自分も少しでも貢献したい」という理由でなかなか休めない人もいると思います。ポジティブな理由にも感じますが、こういった気持ちにはどのように向き合えばいいのでしょうか?

鈴木先生 そういう人も多いかもしれませんね。人間はそもそも、「チームのため」「故郷のため」など、自分よりも大きな共同体に貢献して身を投じることに幸せを感じやすい生き物です。特に働き始めたばかりの人など、社会的なアイデンティティがまだ脆弱なうちは、会社やチームといった共同体に貢献することで自分のアイデンティティの埋め合わせをしたくなるのは自然と言えます。

でもその一方で、「組織の一員としての私」「社会人としての私」というアイデンティティが自分の中である程度育ってきたなら、どこまでその共同体に身を投じるのかというラインはしっかりと自分の中に持っておいたほうがいい。「社会人としての私」というアイデンティティだけでなく、「生活者としての私」というアイデンティティも育てていく必要があるんです。

──「生活者としての私」ですか?

鈴木先生 はい。「生活者としての私」というのはたとえば、おいしいコーヒーを淹れてゆっくり味わえるとか、目的もなく散歩をして楽しめる自分のことです。この「生活者としての私」は、社会にどれだけ貢献できているか、仕事がうまくいっているかといったこととは本来まったく関係なく存在するものですよね。

でも、この「生活者としての私」をおざなりにしてしまい、「社会人としての私」「組織の一員としての私」というアイデンティティが大きくなりすぎると、社会的な評価の中でしか自分を確立できなくなってしまいます。そうなると、まさに休みたくても休めない状況に陥りやすくなってしまう。

──「組織のため」という気持ちが大きくなりすぎるのも、あまりヘルシーではないんですね。

鈴木先生 そうですね。もちろん、社会の中に居場所があることや仕事にやりがいを感じているのはすばらしいことです。

でも一方で「生活者としての私」を大切にすること、他者とは紐づかない自分にとっての豊かさを追い求めることも、生きていくためには同じくらい重要です。「社会人としての私」以外にもアイデンティティの柱が複数ある状態のほうが健康的ですから、もしそのバランスが崩れ始めていると感じたら、半径5メートル以内の自分の世界にも少し目を向けてみてほしいなと思います。

正しく休むために必要な3つのプロセス

鈴木裕介 休む プロセス

──では、正しく「休養する」ためには何が必要なのでしょうか?

鈴木先生 
大きく分けて、「休みが必要な状態だと自覚する」「休むことができる環境を確保する」「自分にとって適切な休養活動を選択する」という3つのプロセスが必要です。

順番に説明すると、まずは「休みが必要な状態だと自覚する」こと。自分にいま休みが必要かどうかを判断するのは、実はなかなか高度なスキルです。特に充実した仕事をしていたり社交の場が好きだったりする人は、自分でも気づかないうちに「疲労感のない疲労」をためがちです。この疲労に目を向けるためには、「自分の体や心を酷使するタイミングが続いたら、そのうち負荷がかかるだろう」と推測するスキルが必要になってきます。

──疲れがたまって休みが必要になるタイミングを推測するためのスキル、ということですか?

鈴木先生 
はい。休むのが上手な人は、自分の状態を客観的に判断するための指標をいくつか持っているものです。まず知っておいていただきたいのは、ストレスが蓄積してくると、うつや意欲の低下といった精神的な症状を感じるより先に、体の症状が出る場合がほとんどだということです。

どんな症状が出るかは人によってさまざまですが、頭痛、腹痛、腰痛や、寝起きが悪くなる、タイピングミスが増える、目が重たくて開きにくくなる……といった変化を感じる場合もあります。こういった不調を感じた際は、疲労が蓄積していないかを一度考えてみてほしいですね。 

興奮状態の「炎のモード」とダウナーな「氷のモード」、それぞれの抜け出し方

鈴木裕介 炎 氷 休み方 アドバイス

──3つのプロセスのうちの2つ目、「休むことができる環境を確保する」についてはいかがでしょうか?

鈴木先生 ここはまさに、前編でもお話しした過剰適応が深く関わってくる部分です。周囲のニーズに応えようとし続けることが癖になっている人ほど、「休むなんて迷惑では」「周りはみんな頑張っているのに」と、休むことに対して恐怖感や抵抗感を持ってしまうものです。ですからまずは、周囲のニーズから一度思いきって離れ、自分の心身を回復させるために時間を使ってもいいのだと考えることが大切です。

──まずは自分自身のニーズを満たすという視点を持つことが大切なんですね。では、3つ目のプロセスの「自分にとって適切な休養活動を選択する」についてはいかがでしょうか。

鈴木先生 自分がいま、どんなモードに入っているかを判断できるようになることがスタートだと思います。胸がなんとなくざわざわして落ち着かない、緊張している、イライラしている……といったときは「アッパー系(交感神経優位)」になっていることが多く、この状態から抜け出せない場合は「炎のモード」に入っていると考えられます。 逆に、ぼんやりとしていて目が開きづらかったり、背中が丸まっていたりするときは「ダウナー系(背側迷走神経優位)」になっていることが多く、この状態から抜け出せないようであれば「氷のモード」に入っていると考えられます。

──炎のモードと氷のモード、ですか?

鈴木先生 はい、僕はそのように呼び分けています。炎のモードの場合は自分を落ち着かせるようなアプローチを、氷のモードの場合は自分を興奮させるようなアプローチをとることが基本方針です。

具体的には、炎のモードに入っている場合、ゆっくりとした呼吸をしたり、ハーブティーや漢方などを利用したり、温かい湯船に浸かったり……といった工夫が効果的です。氷のモードの場合は逆に、早めの呼吸をしたり、運動や体操などをして心拍数を高めたり、サウナや水風呂などで体に温度刺激を与えたりすることが効果的です。

友達や家族に「休みが必要そう」なとき、どう声をかける?

鈴木裕介 休む 心配 声のかけ方

──上手に休むためには、それぞれのモードに応じた自分なりの回復手段を持っておくことが大切なんですね。中には、自分だけでなく、友人や家族といった周囲の人に「なんだか疲れていそう、休めていないのでは」と感じて心配になるケースもあると思うのですが、そんなときはどんなふうに声をかければいいのでしょうか?

鈴木先生 「大丈夫? 休んだほうがいいんじゃない?」とストレートに聞いても、責任感が強い人ほど「大丈夫」とおそらく答えてしまいますよね。そういった場合は、体の調子について聞いてみるのがいいかもしれません。先ほどお話ししたように、メンタルの不調と体の不調とでは後者が先に出る場合が多いですから。「最近、眠れてる?」や「頭痛とかない?」などと尋ねられたら、素直に答えてくれる人が多いと思います。

──「眠れてる?」というのはたしかに自然な質問ですね。

鈴木先生 そうですね。きちんと眠れているかどうかというのは体調を判断するうえでの大きな指標になるので。もちろん、会社において相手をマネジメントする立場などであれば、「あなたの安全を守る義務があるから」ともっと積極的な介入が必要な場合もあるでしょう。 

相手が友達や家族などの場合は、「すごく頑張ってる中、水を差すようで悪いんだけど」「私から見て疲れてるんじゃないかってどうしても心配になったから」といった枕言葉をつけつつ体調を気遣ってあげると、相手も素直に話しやすいのではないかと思います。

イラスト/蔵元あかり 取材・文/生湯葉シホ 企画・編集/福井小夜子(yoi)