今回、人気エディターの東原妙子さんが訪れたのは、群馬・前橋で創業300年の旅館からアートホテルとして生まれ変わった「白井屋ホテル」。世界的なクリエイターたちが手がけるアートや建築、食、サウナとあらゆる方面から五感を刺激する、話題のホテルステイを体験してきました!
こんにちは。
ハイブランドのオレンジ色のボックス、使用済みシャワーキャップ、プリンターのトナー、割り箸がすべて同じ場所に置かれている無秩序な我が家の様子を「もはや現代アート」と称されている、“片付けられない女” 東原妙子です。
そんな(?)アート好きな人たちから、ここ数年、群馬県前橋市が“アートな街”として注目されているのはご存じでしょうか?
2016年「めぶく。」をコンセプトに前橋の新しい街づくりプロジェクトがスタートし、そのシンボルのひとつとなっているのが、今回訪れたアートホテル「白井屋ホテル」です。
創業300年を数えた老舗旅館「白井屋」でしたが、2008年に廃業。その後、2014年から国内外のさまざまなクリエイターが参加して、6年半にわたる大規模改修工事を経て、2020年12月に「白井屋ホテル(SHIROIYA HOTEL)」として再生しました。
今回は、そんな話題のアートホテルで、サウナだけじゃないユニークな“ととのい”旅を体験してきました。
世界的なアーティストの作品が点在する館内
JR前橋駅から県庁方面に進んでいくと、市街地ド真ん中の国道沿いに、突然、異彩を放つそのホテルは現れます。
コンクリートの壁にポップな「SHIROIYA HOTEL/白井屋ホテル」の文字が目を引く外観。ランドマークとなるこの外壁が、すでに世界的に有名なアメリカのアーティスト、ローレンス・ウィナー氏の作品です。
ホテル全体の設計を手がけたのは、大阪万博2025の会場デザインプロデューサーであり、日本を代表する建築家・藤本壮介氏。
かつての建物の面影を残すコンクリートむき出しの「ヘリテージタワー」と、旧利根川の土手をイメージした緑あふれる「グリーンタワー」の2棟に分かれていて、相反するふたつの要素が自然と調和する藤本氏らしい空間になっています。
「ヘリテージタワー」館内
「グリーンタワー」外観
「白井屋ホテル」の敷地に一歩入れば、そこかしこに世界中の有名アーティストの作品が点在していて、とにかく目が忙しい(笑)!
まず「ヘリテージタワー」のチェックインカウンターの後ろでは、フランス芸術文化勲章受章者である杉本博司氏の代表的な海景シリーズがお出迎え。
無限回廊のような吹き抜けエリアには、日本で最も有名な現代美術家の一人と言われるレアンドロ・エルリッヒ氏のインスタレーション「ライティング・パイプ」が張り巡らされていて、これはかつてあったホテルの配管をイメージしているそう。
その4階までの吹き抜けの壁をダイナミックに縦断するタペストリーは、テキスタイルデザイナー安東陽子氏の作品。
エレベーターに乗れば、天井にもまたカラフルなアート作品と、どこもかしこも気が抜けない状態です。
より深く知りたいなら、17時と10時の1日2回開催される、スタッフによる無料のホテルツアーに参加するのもおすすめ。約30分ほど館内を巡りながらさまざまなエピソードを交えて解説してくれます。
杉本博司《ガリラヤ湖、ゴラン》
レアンドロ・エルリッヒ《Lighting Pipes》、安東陽子《Lightfalls》
小野田賢三《Parade(on film)》
客室それぞれに異なるアートを独り占め!
【SPECIAL】「藤本壮介ルーム」
チェックインを済ませたら、客室へ。全25室の客室内にはそれぞれ違うアート作品が設えられており、いわば貸し切りのギャラリーでそのまま夜を過ごすような感覚。
なかでも特別なのは、名立たる4名のアーティストがそれぞれ手がけた、世界にただひとつの【SPECIAL】ルーム! 先述の藤本壮介氏、レアンドロ・エルリッヒ氏に加え、イギリスのプロダクトデザイナージャスパー・モリソン氏、イタリアの著名建築家であるミケーレ・デ・ルッキ氏と、一流の芸術を一晩まるっと独り占めできる贅沢ステイが叶います。
今回は特別に【SPECIAL】「藤本壮介ルーム」を拝見。
前橋が掲げる「めぶく。」をコンセプトに、ランダムに配置されたベンジャミンの葉が立体的な空間を演出します。ヒト、モノ、街、あらゆるものが芽を出し、やがて大きな森へと成長していく、そんな前橋の未来を体現しているのだそう。
今回、私が宿泊したデラックスツインルームには、白が基調のシンプルな室内に、廣瀬智央氏の作品が展示されていました。
ドアの外の廊下にも彼の作品が。現在の前橋市の形をした鉄板が反転して置かれているのですが、そのときは、ふんふんとスタッフの方の解説を伺っていたものの、実はカーペットの模様だと思っていました。すみません…!!
「ヘリテージタワー」のデラックスツインルーム
廊下に設置された作品、廣瀬智央《前橋市》
アメニティひとつとっても、隅々までご当地愛あふれるラインナップ!
シャンプーやボディソープ、スキンケアなどは、すべて群馬生まれのオーガニックスキンケアブランド「OSAJI」のもの。
ミニバーには、群馬県武尊山の水で造られた「川場ビール」や、沼田市「原田農園」のフレッシュ100%無添加りんごジュースなど、群馬県で製造されたドリンクが並んでいます。
サイドテーブルに置かれているのは、群馬の名所旧跡や偉人を札にした郷土かるた「上毛かるた」、そして、群馬のソウルフード、焼きまんじゅうをイメージした「the PÂTISSERIE」の“焼きまんじゅう風”フィナンシェという徹底ぶり!
客室のバスルーム。『OSAJI』のシャンプーやボディソープは「白井屋ホテル」オリジナルデザイン
地元ブランド「OSAJI」のスキンケアセット
「上毛かるた」と「the PÂTISSERIE」で毎日焼き上げるホテルのゲストのためだけのミニ“焼きまんじゅう風”フィナンシェ
個性の違う3つの貸切サウナで“ととのう”
本格的なフィンランドサウナ
「白井屋ホテル」には3つのサウナがあり、それぞれ貸切利用ができます(予約制、80分、別途料金)。
なかでも、“ととのい”ガチ勢におすすめなのは、本格的なフィンランドサウナ。
「グリーンタワー」を上っていくと中腹に更衣室&シャワールームがあり、いったんこちらでサウナポンチョに着替えたのち、その上にある三角屋根の小屋を目指します。
カードキーで扉を開けると、小屋の中には、フィンランドのミサ社製サウナストーブが鎮座するサウナ室に、しっかり深さのある水風呂がスタンバイ。
好みの香りを選べるセルフロウリュはもちろん、水風呂の水温をガツガツに下げたい人のために氷が設置されているのも、ガチサウナー的には「わかってるな~」とうれしいポイント!
冷水と常温、2種類の飲料水が用意されているのも心ニクイ。
今月の「#由美たえこ」㏌ 凍える極寒水風呂
コンパクトながら必要なものがすべてそろっているフィンランドサウナ
フィンランドサウナの小屋から、さらに階段を上った場所には開放感満点の外気浴スペースが! 一瞬、ここが前橋の市街地だというのを忘れてしまいます。
最上部に建つ小屋もまた、ただものではないアート作品。
宮島達男氏の作品が飾られていて、ゆっくりととのいながら、同時にアート浴も堪能できるというエクスクルーシブなサウナ体験でした。
外気浴スペースの奥にもアート作品。宮島達男《Time Neon-02》
宮島達男《Life》。小屋の中にはデジタルカウンターのインスタレーションが
もうひとつ、特徴的なサウナが、宿泊者限定のベッドルームサウナ。
こちらは、“ととのえ親⽅”こと松尾⼤氏と、“サウナ師匠”こと秋⼭⼤輔氏によるTTNEがプロデュースした“寝返りのうてるサウナ”。
ダブルベッドサイズのサウナ台が鎮座する客室のようなしつらえの空間でゴロリと横になりながら、⼼⾝ともにリラックスできます。
ベッドサイドにある木製の花瓶に水を注ぐと、ベッドの下から熱い蒸気が上がってくるというユニークな仕掛けも!
みっつ目は、この日メンテナンス中で入れませんでしたが、ハーブや生薬の蒸気で満たした薬草ミストサウナ。こちらはフィンランドサウナ同様、宿泊者以外も利用できるそう。
宿泊者限定のベッドルームサウナ
群馬の恵みを堪能する新感覚の食体験
郷土料理のおきりこみをアレンジした「OKIRIKOMI」
存分に汗をかいたら、お楽しみのディナーの時間♡
「白井屋ホテル」の1階には、世界的美食ガイド『ゴ・エ・ミヨ』に3年連続掲載されているイノベーティブレストラン「the RESTAURANT」があります。
宿泊プランのディナーにはドリンク付きコースがないので、この日は事前に予約してドリンクペアリングのおまかせコースをいただきました。
こちらで腕を振るうのは、ミシュラン二つ星「フロリレージュ」をはじめ国内外の名店で経験を積んだ、シェフ片山ひろ氏とソムリエ児島由光氏。
お二人とも群馬県出身なんだとか。
フランス料理の技法をベースに、群馬の食材をふんだんに取り入れながら、伝統的な郷土料理などからインスパイアされた料理の数々は、見た目、味、食感、香り、すべてにおいてクリエイティブで美しい!
これぞ五感で“食べるアート”です。
メニュー名は「分かち合い」。カウンターのみの店内で香ばしい香りを分かち合う料理
ヘッドシェフの片山ひろ氏。フランスや都内レストランでの修行を経て、地元群馬で開業した経験も
そして、ほとんどお酒を飲めない私は、ノンアルコールのペアリングをオーダー。
群馬の食材を使ったソーダや発酵ドリンク、ワインに見立てたジュースなど、料理が変わるごとに繰り出される一杯が、それぞれ今までに味わったことのない奥深い味わいで、素晴らしい料理をよりいっそう豊かなものに。
ドリンクペアリングというと、お酒を飲む人に比べて何となく損した気分になったりするのですが(笑)、今回はノンアルコールでもまったくそんな気にならないほどの満足感♡ アルコールとノンアルコールの割合をオーダーできるミックスペアリングもあるので、ぜひ相談してみて。
コースをいただきながら、何度心の中で「天才か!」とツッコミを入れたことか。いや、ひょっとするとたまに声に出てしまっていたかもしれない(笑)。
キッチンを囲うように配置されたカウンター14席は、キッチンスタッフの方たちとも他のゲストともふんわりと一体感が生まれる空間で、食材についても気軽に会話を交わして、そんなコミュニケーションが生まれる和やかな雰囲気もまた心地よく。
このレストランのためだけにでも前橋を訪れる価値がある、そんな幸せな食体験を堪能できました。
ソムリエの児島由光氏。発酵や焙煎など手をかけて作られたドリンクは、見た目からは想像できない奥深い味わい
朝と夜で表情を変えるアートラウンジ
夜の「the LOUNGE」
1階の奥、緑に囲まれた吹き抜けのオールデイダイニング「the LOUNGE」は、17時~23時の間、アートラウンジとして開放。ビール、ワインなどのアルコールドリンクや各種ソフトドリンク、ナッツやジャーキー、「the PÂTISSERIE」の焼き菓子が並んでいて、宿泊者は無料で利用できます。
21時になると、それまで優しい光で彩ってきた「ライティング・パイプ」が一斉に色を変え、幻想的な空間を演出。
お夜食として無料でふるまわれる群馬の郷土料理「おきりこみ」をいただきながら、光のアートにゆったりと酔いしれる贅沢な時間を過ごしました。
群馬の郷土料理「おきりこみ」クラシカルスタイル
朝になると一転、そこは天窓から光が差し込む明るく開放的な空間に。
こちらでいただく「群馬の朝ごはん」は、ヘッドシェフの片山氏が幼少期の思い出とともにつくった「和食」、そしてフランス修行時代に思いを馳せた「洋食」のどちらかを選べるスタイル。
夜とはまた違うアート空間の表情を眺めながら、チェックアウトまでの時間をのんびりと過ごして。
「群馬の朝ごはん」は和食をセレクト
まだまだ尽きない「白井屋ホテル」の見どころ
「the BAR 真茶亭」
“泊まる”以外にも、「白井屋ホテル」の魅力は尽きません。
ホテルのまわりでは、日中ずっとパンの焼けるいい香りが漂っているのですが、その発信源が敷地内にあるパン屋「the BAKERY」です。ラウンジでいただいたカヌレが絶品で、思わず買って帰ったほど。地元の方たちもひっきりなしに来店し、賑わっていました。
そのお隣には、本格的フルーツタルト専門店「the PÂTISSERIE」が。店舗併設の工房でパティシエたちが手作りしている可愛らしいタルトや、群馬らしく「ぐんまちゃん」のパッケージのお土産も並んでいます。
「グリーンタワー」にある「the BAR 真茶亭」は、プライベートの会食や催事のための特別個室ですが、金曜と土曜だけはバーとして営業中。現代美術作家・杉本博司氏と建築家・榊田倫之氏によってデザインされた空間で、世界の名店で研鑽を重ねたバーテンダー・木村堅氏が選ぶお酒やお茶をいただけます。
そして、細い路地裏にひっそりと。江戸時代から歴史を重ねる旧「白井屋」から移築した茶室もあるそうで、伝統の茶道や着付けの体験プログラムも実施しています(宿泊者限定、要予約)。
開けた場所にあり地元の人からも人気の高い「the PÂTISSERIE」(右)と「the BAKERY」(左)
旧「白井屋」から移築した茶室
“アートの街”前橋が旅の新しい選択肢に
“前橋に泊まる”。
その旅に、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。
県庁所在地ということもあり、旅行というよりビジネス利用を思い浮かべる人が多いかもしれません。
実際、「白井屋ホテル」のある場所は、“白い砂浜! 青い海!”といった浮かれたリゾート要素とは無縁な市街地のド真ん中。私も、行く前までは正直、時間を持て余すのではないかと思っていました。
でも、実際に訪れた「白井屋ホテル」は、もはやホテルというより小ぶりな美術館といっても過言ではないほど見どころが多くて、隅々まで満喫するには一泊では足りないと思うほど!
そして、近頃“アートの街”として注目されている前橋。
ホテルにほど近い市立美術館「アーツ前橋」や、複数のギャラリーとレストラン、住居が一体となった複合施設「まえばしガレリア」、岡本太郎氏の「太陽の鐘」の屋外展示など、さまざまなアートスポットが徒歩圏内に。
さらには、しゃれた店構えレストランやノスタルジックな喫茶店など、気になるお店があちこちにあるし、「白井屋ホテル」の周辺は前橋きっての飲み屋街ということで、夜は近くの横丁にふらりと飲みに行くのも楽しそう。
前橋市再生プロジェクトのシンボルでありながら、地元市民の生活にも豊かに溶け込む「白井屋ホテル」。
ありがちなリゾートステイとはまったく違う角度から、この場所でしか楽しめない新感覚の非日常を体験させてくれる、そんな大充実の前橋ステイとなりました。
リアム・ギリック《Inverted Discussion》
市立美術館「アーツ前橋」
ホテル近くのノスタルジックな飲み屋横丁
画像デザイン/齋藤春香 イラスト/木村美紀 写真提供・構成・取材・文/東原妙子