今週のエンパワメントワード「ただ唯一同じなのは 世界を変えたいと思う気持ち」ー『ブスなんて言わないで』より_1

ブスなんて言わないで』とあるアラ子 ¥748/講談社(アフタヌーンKC)

胸に広がる違和感と、見ることのできない心

昔、テレビ番組に出演した時のこと。作家やタレントが並ぶなか、唯一の書店員としてお題に合った本を選び、紹介する仕事だった。放送後のある日、ふと気になってエゴサーチをしてみたところ、驚いた。番組への感想に混じって、「あの書店員さん、ブスかわいい」という評が目に飛び込んできたからだ。

発見した当初は「けなし褒めなんて初めて!」などと、のんきに笑って受け止めていた。だが時が経つにつれ、じわじわと胸に広がったのは違和感だった。私は芸能人でもなく、見た目が売りの仕事でもない。書籍紹介の巧拙について書かれることは予想していても、たまたまテレビに出ただけの人間の美醜を決めようとする人がいること、そして自分がその対象になることはまったくの予想外だった。そして見知らぬ他人に容姿を判断されたことで、立場が違えば自分も無意識に同じことをしている可能性にも気づかされ、呆然とした。無邪気な一言だからこそ自分もやりかねないし、やってきただろうと考えるのは怖かった。

だから本作を読んだ時、心がひどく揺さぶられた。ルッキズムの問題に、これほど真摯に立ち向かおうとする作品があるなんて。見る側としても見られる側としても、生きていくうえで誰もが避けがたいその難問は、登場人物たちの人生にも濃い影を落とす。

例えば主人公の「山井知子(やまいともこ)」は、マスクやメガネで顔を隠して生きている。きっかけは、容姿を理由に受けた高校時代のいじめだった。主犯格はクラスメイトで、いわゆる“美人”の「白根梨花(しらねりか)」。当時の知子は彼女に負けるのが嫌で、何をされても自分のスタイルを貫いていたが、気づかぬうちに心が限界を迎え、不登校に。母から優しい言葉をかけられ、娘として愛されていることが十分にわかっていても、知子は自分の顔が好きになれないまま大人になった。今では他人と極力接触しない職場で、非正規社員として働く毎日だ。

本作はWEB漫画サイト『&Sofa(アンドソファ)』にて、月に一度の頻度で連載されている。青年漫画誌『アフタヌーン』編集部が2021年11月に開設したこのサイトには、本誌のカラーとは異なる、女性の恋愛や生活を主軸にした作品が多く並んでいる。設立時に掲載された読者へのメッセージはあたたかく、サイト名の由来についても触れられているので一度読んでみてほしい。

さてある日、知子は雑誌の記事で、美容研究家となった梨花がルッキズムについて語っていることを知り、その理不尽さに殺意を抱く。ナイフを片手に梨花の会社へ乗り込んだ知子は、長年の恨みを大声で叫ぶが、梨花は恐れない。そしてなぜか、知子を新規バイトとして採用することを告げる。梨花の真意とは何か。そして知子は、新しい一歩を踏み出せるのか──。

二人の関係もさることながら、その周囲の人物も気になるキャラばかり。かつて摂食障害に苦しんだプラスサイズモデルに、持ち味だった自虐ネタを封印された元芸人、そしてイケメンながら低身長な男性カメラマン。それぞれが置かれた状況も言い分も理解できるからこそ、“容姿”にまつわる問題の正解が一つでないことを痛感する。さまざまな思いが交錯するなか、〈ただ唯一同じなのは 世界を変えたいと思う気持ち〉──その願いが、これから先の展開にどうつながっていくのか。彼女たちの心の落としどころは、はたしてどんな場所にあるのだろう。

ルッキズムの話でもあるが、そこから生じたすれ違いの物語でもある本作。互いの心は、言葉にしないかぎり見ることはできない。見えるものの重さと、見えないものの軽さ。女性としての苦難と友情。多くのテーマに満ちた本作を、固唾をのんで見守りたい。

田中香織

女性マンガ家マネジメント会社広報

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行なってきた。現在は女性漫画家・クリエイターのマネジメント会社であるスピカワークスの広報を務めている。

文/田中香織 編集/国分美由紀