今週のエンパワメントワード「ただ『そこに在る』というだけではないものをニンゲンは作る」ー『はい、こんにちはーChim↑Pomエリイの生活と意見ー』より_1

はい、こんにちは―Chim↑Pomエリイの生活と意見―』エリイ ¥1,980/新潮社

生まれくる命がもたらす気づきと変化

妊娠中のエリイさんにお会いしたことがある。2020年7月、緊急事態宣言解除後最初のChim↑Pom の個展『May, 2020, Tokyo / A Drunk Pandemic』を観に行ったときのことだ。

「妊婦ってマジ眠い」
腰に手を当て気だるそうに言いながら、けれどエリイさんは自分の身体に起きている変化を楽しんでいるようでもあった。自分の生きざまを作品にし、そこに社会を映し出してきた彼女の、最新の表現に立ち会っているような心地さえした。

展示されていたのは2つのパンデミックにまつわるプロジェクト。新型コロナウイルス感染症と、約170年前イギリスで大流行したコレラ。会場にははっきりと死の匂いが漂っている中で一点、命を宿すエリイさんの姿は、とりわけ際立って見えた。



『はい、こんにちは』は、2019年9月号月から2021年4月号まで文芸誌に連載されたエッセイをまとめた一冊だ。コロナ前の日常、パンデミック、生と死。日常が非日常に急変し、世界的規模で「どう生きるか」「なにを信じるか」を根底から試されたとき、著者はこれまでChim↑Pomとして表現してきたことを振り返り、命の儚さよりたくましさを信じ、子どもを〈クリエイト〉することを決めた。コロナが日本到来するのとほぼ同時期、冷凍保存しておいた受精卵を胎内に戻し、妊婦となった。

この本の特徴は、どの出来事にも聖句が織り交ぜられていることだ。この話はどこに向かっていくんだ? と、著者の脳内に立ち表れるイメージの濁流に飲み込まれそうになると、さらりと聖句が差し挟まれる。聖句を屋台骨として、紙の上で、言葉のアートが組み立てられていく。

果たしてエリイの新たな〈プロジェクト〉とは──。
〈お腹の中にいるにんげんが生き延びるには周りの人に早めに紹介して、縁を作っておくのが私の役目だ〉という考えから企画したChim↑Pom《はい、こんにちは》では、胎児のエコー写真の風船を新宿の空に浮かべ、妊娠中避けて通れなかった「男女どちらか」という問いを通して、社会にはびこる概念の押し付けを改めて実感し、親子であっても「個」と「個」であるという自覚を強くしていく。〈ただ「そこに在る」というだけではないものをニンゲンは作る〉という嘆きが、多様化を謳いながらカテゴライズすることで安心を得ようとしている者への警鐘として響く。

生まれくる命のことを書きながら、けれど一方で「死」という言葉も目立つ。〈死ぬのは楽しみだ。やったことがないことは私を強烈に惹きつけて、よろめかせる〉と書いていた著者が、我が子を前に〈私は完全なる死を産んでしまった〉と、曖昧だった死の輪郭をはっきり捉えた経験は、間違いなく表現者としての著者にも変化をもたらすだろう。

「Chim↑Pom」は、今年4月「Chim↑Pom from Smappa!Group」へと名前を新たにした。『はい、こんにちは』で描かれた経験が、この先どのようなアートに昇華されていくのか楽しみでならない。

木村綾子
木村綾子

1980年生まれ。中央大学大学院にて太宰治を研究。10代から雑誌の読者モデルとして活躍、2005年よりタレント活動開始。文筆業のほか、ブックディレクション、イベントプランナーとして数々のプロジェクトを手がける。2021年8月より「COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)」をスタート。

文/木村綾子 編集/国分美由紀