「Stories of A to Z」のタイトルカリグラフィー

不妊治療を経て、現在は食生活やタイミング法など日常でできることを実践しているというEさん。「浅田レディースクリニック」で体外受精の説明や相談にあたる体外受精コーディネーターの園原めぐみさんに、治療を経た今、改めて知りたいことを聞きました。

Story6 不妊治療を経験したEさん

今月の相談相手は……
園原めぐみさん

臨床検査技師、体外受精コーディネーター

園原めぐみさん

胚培養士の経験を経て、日本不妊カウンセリング学会認定体外受精コーディネーターとして2004年に浅田レディースクリニックへ入職。現在はメディカルリレーション部部長を務める。
「クリニックでは体外受精や不妊治療の内容について、医師からの説明に加えてもう少し詳しくお話をしたり、状況を聞きとったうえで他部署への橋渡しをしています。世代を問わず、どんな女性でも不妊の可能性があるかもしれないということを知っていただきたいですし、ひどい生理痛や周期の乱れといったトラブルがあれば早めに治療できるように、自分の体に対して敏感でいてほしいと思います」

選択肢は、状況次第で変化するものだと知っておく

不妊治療のことを親に伝えるべき? 治療はいつまで続けられる? 「Stories of A to Z」Story6【後編】_2

Eさん 体外受精を受ける前に夫婦で説明会には参加しましたが、診察の場で治療方針を決めなければいけないことも多くて、そのつど悩みました。戸惑わないための心構えというか、事前に理解しておくといいことってありますか?

園原さん 治療方針はクリニックによって異なりますが、例えばEさんがAMH値の変化を知って高刺激法を選んだように、体や数値の変化に合わせて治療の選択肢が変わることは十分にあり得ます。だからこそ、治療を始める前に「今後考えられるケースや選択肢」について話を聞いておくのがいいと思います。クリニックによっては説明会のほかに動画などで情報発信しているところもあります。

Eさん そういう説明は夫婦そろって聞いたほうがいいですよね?

園原さん そうですね。お仕事の都合もあるかもしれませんが、できるだけ一緒に聞いたほうがいいと思います。伝え聞くだけでは話が微妙に違っていたり、その場で疑問を解決できなかったりしますし、夫婦間のコミュニケーションも変わってくるので。当院の調査では、男女ともに50%以上の人が「夫婦間で(治療に関する)知識に差がある」と感じていました。治療を続けるうえでも、そのギャップをできるだけ埋めることが大切だと思います。

Eさん 私の場合は夫とたくさん話し合いながら治療できましたが、まわりの話を聞いていると、相手への気遣いから治療方針について本心を言えずにいる人もいます。不妊治療を進めるうえでのコミュニケーションのコツってありますか?

園原さん もちろんご夫婦でしっかり話せるのが理想ですが、さまざまな理由で悩まれる方が多いのも事実です。ですから私たちは「話しにくいことは、第三者を介してもいいんですよ」とお伝えしています。例えば、コーディネーターやカウンセラーを交えて話すことや、手紙に書いて伝える方法をご提案したりすることもあります。

Eさん 第三者にあいだに入ってもらうことで、具体的な話ができそうですね。実は、不妊治療のことは親しい友人以外、親にも知らせていません。4回目の体外受精による受精卵移植で妊娠したとき、本当は「授かったよ」と伝えたかったけれど、万が一を考えて流産の可能性が高い9週を過ぎてから知らせようと思っていたら流産してしまいました。親に治療のことを話していたら、あのとき妊娠を報告できたのかな…と思うと後悔が残ります。

園原さん Eさんの気持ちはとてもよくわかります。不妊治療は治療内容が難しいので、どうしてもわかってもらえる相手が限られてしまいますよね。「親に過剰な期待をさせたくない」と躊躇される方もたくさんいらっしゃいますし、それは当然の思いです。もし最初から全部話せていたら、我慢しなくてよかったのかもしれませんが、「親を悲しませてしまった」という別の後悔が残るかもしれません。何が正解でもありませんし、Eさんの選択はそれでよかったのではないかなと思います。

Eさん ありがとうございます。今振り返ると、どこかに「不妊治療や体外受精は自然なことではない」という思いもあって言いづらかったのかもしれません。それと不妊治療中はまったく気にならなかったんですが、今は芸能人の妊娠・出産のニュースや、友達から送られてくる子どもの写真を見るのがつらくて…。

園原さん それもまた不妊治療を経験された方の多くが感じるつらさだと思います。不妊治療の現場では、医師や看護師、体外受精コーディネーター、心理カウンセラー、検査技師、受精卵を扱う胚培養士など、さまざまな専門スタッフが患者さんを支えています。つらいお気持ちを抱えているなら、心の専門家である心理カウンセラーと話してみるのもひとつの方法です。カウンセラーが在籍する不妊治療クリニックもありますし、治療に通いながらメンタルクリニックを受診される方もいます。ぜひそうした専門家を活用してみてください。

二人で決めた「不妊治療の区切り」は、あくまで目安

不妊治療のことを親に伝えるべき? 治療はいつまで続けられる? 「Stories of A to Z」Story6【後編】_3

「妊娠率/総ET」は体外受精で受精卵を子宮に移植した場合(1回あたり)の妊娠率。「妊娠率/総治療」は不妊治療をしている人の妊娠率。「生産率/総治療」は不妊治療を経て妊娠した人のうち出産できた人の割合を示す。「流産率/総妊娠」は治療の有無を問わず妊娠したすべての人のうちの流産率を指す。

Eさん そういえば、妊娠判定後に「運動を控えてほしい」と言われましたが、自転車で買い物に行く程度はOKなのか、そもそもお腹に力を入れていいのかさえわからなくて。不妊治療や妊娠中に控えるべきことの基準はありますか?

園原さん つわりやお腹の張りがある人は体の負担を減らす意味で無理をしないことが大切ですが、日常生活の範囲で加わる力によって流産するという医学的根拠はないので、当院では特に制限を設けていません。ですから、たとえ流産を経験しても「あれをしたからダメだったんだ」とご自身を責める必要はないのだと、多くの方に知ってほしいと思います。

Eさん ちなみに、43歳からの再トライは正直、厳しいのでしょうか?

園原さん 日本産婦人科学会のデータを見ると、年齢が高くなるにつれて妊娠率・出産率が下がる一方、40歳以上は流産率が上がる傾向にあります。この妊娠率・出産率を「低い」と考えるか「0ではない」と考えるか、ご夫婦がどうとらえてチャレンジするかということになると思います。
また、これは日本全国のデータですが、クリニックごとのデータもあるので、通院先に聞いてみるのもありだと思います。たとえば、当院の場合、体外授精で妊娠出産された方の最高齢は46歳。むしろEさんのように冷静に周囲との関係や今後のことを考え、年齢による区切りを覚悟できるのはすごいことだと思います。

Eさん 助成金の対象者が43歳未満だったことで線引きができたのかもしれません。年齢制限がなかったら、もう1回チャレンジしていたかも。治療を始める前は、体外受精を1回試してダメならあきらめがつくかなと考えていました。でも、いざ始めてみると、まだ可能性があるかもしれないし、未来は誰にもわからないからやめどきがわからなくて…。とはいえ、終わりが見えないなかで貯金が減っていくのも精神的に追い込まれるし。

園原さん おっしゃるとおりだと思います。やめどきについて悩まれる患者さんには「治療する年齢や回数など、ご夫婦のなかで目安としての区切りを決めてはいかがですか」とお伝えしています。同時に、心理的な負担を減らすためにも「その区切りは絶対ではなく、そのときに考え直してもいいんですよ」ともお話しします。

Eさん そうですよね、考え直してもいいんですよね。私もまた治療を再開したくなったら、通うつもりでいます。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)