お産の痛みを緩和することへの興味関心が高まり無痛分娩を希望する女性が増えていると言われています。痛みの少ないお産の現状を、無痛分娩を数多く行なう産婦人科専門医に聞きました。

吉本裕子(よしもとゆうこ)先生

吉本レディースクリニック院長

吉本裕子(よしもとゆうこ)先生

産婦人科医。日本専門医機構認定専門医。高知医大(現・高知大学医学部)卒業。金沢大学附属病院、富山市民病院を経て現職。『Rp.+(レシピプラス)VOL.21 NO.1冬2022「ホルモンとくすり」』(南山堂)共同執筆。病気治療だけでなく、女性の人生に寄り添い、心身の拠り所となるクリニックとして定評がある。富山県内で最も多い年間600件近い分娩を行なっている産婦人科クリニック。無痛分娩の実績も多数。

無痛分娩とは?

無痛分娩とは メリット デメリット

増田美加(以下、増田):無痛分娩とは、完全に痛みがなくなるお産のことなのですか?

吉本裕子先生(以下、吉本先生):お産の痛みは、子宮の収縮による子宮の痛みと、腟、外陰部、肛門の周囲が赤ちゃんの頭によって押し広げられるときの痛みがあります。

これらの痛みを和らげるお産が「無痛分娩」で、腰に硬膜外カテーテルを挿入して、そこから麻酔薬を注入。下半身の痛みをとる「硬膜外鎮痛法」による分娩が最も一般的です。

今、世界的にも多くの国で無痛分娩と言えば、第一選択はこの硬膜外鎮痛法です。 私のクリニックで行っている無痛分娩もこの方法です。

無痛というと、完全に痛みがなくなるように思われるかもしれませんが、100%痛みを取り除けるわけではありません。

同じように麻酔をしても、個人差や麻酔薬の量・カテーテルの状況などで効き方にも差がでてしまうことがあります。それは、我慢できないほどの痛みではなく、軽い痛みとして感じます。無痛というより、痛みを和らげる(=和痛)というほうが、誤解がないかもしれません。

無痛分娩は、強い陣痛への不安や恐怖からのストレスを緩和し、分娩の進行をスムーズにすることが期待できます。

増田:今、日本で無痛分娩は全お産のうち、どのくらいの割合で行われているのでしょうか?

吉本先生:無痛分娩を行なっている国内の施設は、JALA(無痛分娩関係学会・団体連絡協議会)に登録されている施設数で、505施設。全分娩取扱施設の26%です。その中で無痛分娩の実施率は、全分娩の8.6%(2020年)。2016年の実施率は6.1%でした。まだ1割に満たない数ですが、無痛分娩の実施率は増加傾向にあります*。私のクリニックでは、全お産の1割くらいが無痛分娩です。

*「わが国の無痛分娩の実態 令和2(2020)年医療施設(静態)調査」無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)

お産はどうして痛い? どこが痛い?

増田:お産はどこがどのくらい痛いのでしょうか?

吉本先生:分娩には、次の3つの段階があります。


1期 陣痛が始まってから子宮の出口が完全に開くまで


2期 その後、赤ちゃんが生まれるまで


3期 胎盤が出てくるまで

1期には、子宮が収縮することや子宮の出口が引き伸ばされることによって、おなかの下のほうから腰にかけて痛みが生じます。陣痛が始まったころの痛みは比較的軽く、「生理痛のような痛み」「下痢をしているときの痛み」と感じる方が多いようです。 お産が進み、子宮の出口が半分くらい開いてくるころには、痛みは急に強くなり、痛む範囲もおへその下から腰全体へ広がってきます。

無痛分娩 出産 痛み 解説

子宮の収縮や子宮出口が引き伸ばされることによる刺激は、子宮周辺にある神経を介して背骨の中の神経(脊髄)に伝わります。その後、脊髄から脳に伝わり、痛みとして感じます。

2期には、子宮の出口が完全に開いて、腟と外陰部が伸展し、その刺激が腟や外陰部にある神経から脊髄、脳へと伝わり、下腹部から外陰部、肛門部の痛みがピークになります。赤ちゃんの体の一部が子宮から出て、下のほうに降りてくるためです。 赤ちゃんが産まれる間際には 「強い力で引っ張られる痛み」「焼けつくような痛み」と感じる方もいます。

一人ひとり痛みの感じ方は異なるので、出産前にお産の痛みがどのくらい強いかを予測することは難しいのです。

無痛分娩で、痛みを取ることのメリットは?

吉本先生:無痛分娩のおもなメリットは、「痛みを和らげて快適な分娩にする」「分娩の疲労度が少なく、産後の回復が早い」「お産のとき赤ちゃんへの酸素がたくさん供給される」などです。なんといっても第一のメリットはお産の痛みが軽くなることです。 人によっては、お産の疲れが少なく産後の回復も早いため、母乳の出もよく、赤ちゃんに産後すぐから向き合えるという感想もよく聞かれます。

お産の強い痛みに耐えているとき、お母さんから赤ちゃんに届く酸素が減ると言われています。強い痛みがあると、血管を細くする物質が増えるために、赤ちゃんへの血流が少なくなるとされています。また、陣痛の合間には、妊婦さんが呼吸を休みがちになります。ですから、痛みが軽くなれば赤ちゃんに酸素がたくさん供給されますね。

無痛分娩の副作用とデメリット

増田:逆に、無痛分娩の副作用やデメリットはありますか?


吉本先生:麻酔は、医療行為です。麻酔にはやむを得ずよく起こる副作用があります。いずれも一時的なもので、後遺症のようなことにはなりません。

【硬膜外鎮痛法による副作用】


 ① 足の感覚が鈍くなる、足の力が入りにくくなる


② 低血圧


③ 尿をしたい感じが弱い、尿が出しにくい


④ かゆみ


⑤ 体温が上がる

また、稀に起こる不具合もあります。


【稀に起こる不具合】


⑥ 硬膜穿刺後頭痛


⑦ 血液中の麻酔薬の濃度がとても高くなってしまうこと(局所麻酔薬中毒)


⑧ お尻や太ももの電気が走るような感覚


⑨ 脊髄くも膜下腔に麻酔の薬が入ってしまう


⑩ 硬膜外腔や脊髄くも膜下腔に血のかたまり、膿のたまりができる

麻酔を行うときには、このようなことが起こらないよう注意深く行います。しかし万が一、このようなことが起きた場合には、早急に適切な処置を行い、無痛分娩を中止することになります。ほかにも、硬膜外鎮痛法の麻酔による無痛分娩では、普通分娩に比べて分娩時間がやや延長する(時間がかかる)傾向があることや、吸引分娩が増えることなどもあります。しかし、これらは医学的にはほとんど問題になることはありません。

また、硬膜外鎮痛法の麻酔による無痛分娩が、胎児や生まれた赤ちゃん、授乳などに悪影響を及ぼす可能性は報告されていません。

無痛分娩を行なえない人は?

増田:無痛分娩の硬膜外鎮痛をしてはいけない場合はあるのでしょうか?

吉本先生妊婦さんの状態によっては、硬膜外鎮痛を希望してもできない場合があります。血液が固まりにくい場合、大量に出血していたり、著しい脱水がある場合、背骨に変形がある場合、背中の神経に病気がある場合、注射する部位に膿がたまっていたり、全身がばい菌に侵されている場合、高い熱がある場合、局所麻酔薬アレルギーの人など。

これ以外にも、硬膜外鎮痛を行えない場合や慎重に行わなくてはならない場合がありますので、病院にご相談ください。

陣痛やお産の痛みを経験する必要性ってある?

無痛分娩 出産 なぜ痛い

増田:そもそもお産で陣痛を経験する必要性は、女性にとってあるのでしょうか?

吉本先生:お産によって、ひとつひとつの困難や試練を乗り越えること、自分に打ち勝つための通過点、などという方もいます。お産で痛みを乗り越えるから、赤ちゃんが可愛くなる、愛着形成に繋がる、という意見もあります。

でも一方で、赤ちゃんが産道を通るときの脳へのダメージを考えると、自然分娩より帝王切開のほうが赤ちゃんにストレスがなく安全とも言われています。女性がお産に限って死ぬほど痛い思いをする必要があるのだろうか? と思います。歯科治療のときも外科手術のときも麻酔はしますよね。なぜお産だけ麻酔で痛みを抑えてはいけないのでしょうか?

産婦さんの中には1人目を自然分娩で産んで、あんな痛みはもう二度と嫌だからと、2人目を諦めている人もいます。無痛分娩で1人目を産んだ産婦さんは、また2人目も無痛分娩で産みたいと言う方が少なくありません。出産後の回復が早いと、母乳の出も良くなったり、育児にじっくり向き合える体力を残せるという利点も考えられます。

ひと昔前と違って、いまは麻酔薬も麻酔投与の医療技術も進みました。ただし、無痛分娩は自然なお産ではなく医療行為ですので、先ほどお話した副作用やデメリットもあります。どのようなお産の方法を選択するかは、価値観もありますので正解はありません。医師や助産婦さんと相談して、正しい情報を得て選択してください。

増田:次回は、無痛分娩の実状、費用、クリニックの選び方などを引き続き、吉本裕子先生に伺います。

増田美加

女性医療ジャーナリスト

増田美加

35年にわたり、女性の医療、ヘルスケアを取材。エビデンスに基づいた健康情報&患者視点に立った医療情報について執筆、講演を行う。著書に『医者に手抜きされて死なないための患者力』『もう我慢しない! おしもの悩み 40代からの女の選択』ほか

イラスト/大内郁美 取材・文/増田美加 構成/福井小夜子(yoi)