女性が子どもを産み育て、男性が働きに出るものだ…そんなジェンダーバイアスや性別役割分業はまだまだ根強く残り、男性の育休取得率はゆるやかに増えつつあるものの、未だ30%程度にとどまっています。なぜ、そのような社会が続いているのか、ジェンダーの研究を専門とする社会学者の齋藤圭介先生にお話を聞きました。聞き手は、前回に引き続き、yoiで「やわらかジェンダー塾」を連載中の福田フクスケさんがつとめます。

社会学者
1981年、神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。東京大学大学院医学系研究科(医療倫理学分野)特任研究員等を経て、現在は、岡山大学大学院学術研究院社会文化科学学域(文)准教授をつとめる。専門分野はジェンダー研究、社会学。
父親は育児に関わる機会を社会に奪われている」とも言える

——産むという行為の当事者になれない男性が、出産時に無力感や疎外感に苛まれるといった話をしばしば聞くことがあります。そこで「子どものことはやっぱり母親の領域だ」と開き直ったり卑屈になったりせずに、生殖の当事者として適切に関わるためにはどうすればいいでしょうか?
齋藤先生:産むという行為は男性にはできず、女性にしかできないというのは厳然たる事実です。だからこそ神秘化されやすいのもわかりますが、そこで開き直ったり卑屈になってしまう男性がいるというのは本当に残念ですね。
出産って文字通り命をかける作業ですし、男性はそれを肩代わりできないぶん他で頑張るしかない。全力でケアやサポートをするのは当然です。むしろ、ケアできることも喜びだと思うんですよ。私自身は、男性の育休は義務化するくらいのほうがいいと考えています。
——それはどうしてですか?
齋藤先生:大前提として、子どもをつくった以上は父親も育児に関わるべきだからです。なぜなら、母親はすでにそうしていますから。母親は育児を義務にされていて、母親が育児を手放すことを社会は想定していません。にもかかわらず、父親は育児に関わらない選択肢があるかのように社会が設計されて動いている。それはあまりにも非対称です。
そして、多くの父親が育休を取りたくても取れないとか、育児にコミットしたくても国や会社の制度がその障害になっている現状があるのなら、父親は「育児に関わる機会を社会に奪われている」とも言い換えられるわけです。だったら義務化でもなんでもして、まずは父親が家庭に向きあえるような社会にした方がいい。
それは乳児にとっても、母親にとっても、そして父親にとってもいいことだといえます。
「母性神話」が女性を閉じ込め、男性が育児をする機会を奪っている
——母親と父親は2馬力で協力して育児をするべき、いわば共同経営者ですが、母親が社長、父親が従業員のような主従関係になっている夫婦も多いのではないかと思います。なぜそうなってしまうのでしょうか?
齋藤先生:なるほど。ちょうど関連することを、私もつい最近経験しました。子どもの小学校入学に向けて説明会を回っていたときのことです。配られる資料がことごとく「お母様へ」という前提で書かれているんです。社会全体が「子どものことは母親の領域である」という前提で設計されていたり、「子の育児や教育については母親が1番手で、父親は2番手ですよ」というメッセージを発しています。
もちろん、だからと言って父親は開き直っていいわけではありませんが、社会があまりにも「お前は主戦力ではない」とみなしてくるので、父親も「じゃあお父さんは2番手でいいんだね」「だったらお母さんにまかせたほうがうまくいくじゃん」と思うようになってしまう側面はあると思います。
——「子どものことは母親が生まれつきよくわかっているはず」という、ある種の「母性神話」がそれだけ強固だということでしょうか?
齋藤先生:その通りだと思います。そういった「母性神話」を母親自身が内面化してしまっていることもあります。専門用語で「マターナル・ゲートキーピング」と言うんですが、母親が門番のように生殖や育児に関わる領域を抱え込んで手放そうとせず、父親を関わらせなかったり、父親のやり方を否定したりすることが起こりがちなんです。
子どもを産む行為が女性しかできないという事実と、親としての資質や成熟度は、本来別のことですよね。女性自身もそこを切り離して考えないと、「母親が誰よりも一番子どものことをわかっているのだ」という規範を強め、結局女性だけが育児を担い続けて苦しむことになってしまう。同時に、男性が育児に関わる機会を奪うことにもなるわけです。
この母性神話の規範は、誰にとっても不幸なことです。母親は自縄自縛となり、父親は邪魔者扱いされるのですから。 男性が子育ての責任や当事者意識を引き受けなければいけないのと同時に、女性も「子育ては母親の領域」と抱え込んでいた思い込みを手放さなければいけない。その両輪で今の社会ができあがっているのですから、どっちかだけが変わるというのはあり得ないことで、両方が変わらなければいけないのだと思います。
多くの男性は育児に関わりたいのではないか。批判ではなく、ポジティブな発信を

——男性自身は積極的に育休を取りたいと思っているんでしょうか? 育休を取っても母子を置いて遊びに行ってしまう父親の話なども、聞いたことがありますが……。
齋藤先生:おっしゃるとおり、なかには子どもの世話をせずに飲み会やパチンコに行ったりしちゃう父親がいることも事実でしょう。ネットではそういう男性批判のほうが耳目を集めるので、皆さんそういう話をしたがります。実際はそんな人は少数で、子どもが生まれたら早く帰りたいし、家族のために何かしたいと思っている父親も多いんじゃないでしょうか。
単純に、子どもと接する時間が増えれば増えるほど、子どもに対する愛着や解像度は高まるし、子育ての大変さの理解は進みます。
私自身、育休を長く取ったことで夫婦のコミュニケーションの時間が増えて、結果的に夫婦関係が以前よりも良くなったように感じます。
多くの父親は自分の子どもを目の前にしたらやっぱりかわいいと感じると思うんです。その成長を見る機会が奪われているって残酷なことだと思いませんか?
男性の無理解や無責任を批判する言説は、今、世の中にあふれています。でも、それをことさらに強調するだけでは、事態の改善につながらないと思うんですよね。
もちろん育児にはつらいことや大変なことも多いし、その負担を負うことも父親の責務です。でもそれだけではなく、育児に関わることの楽しさや喜びをもっと父親が知るべきだし、そういうポジティブなメッセージを社会が一丸となって、もっと発信するべきだと思いますね。
育休を取っても給与保障がある社会が望ましい
——では、男性の育休取得率がまだまだ伸びていない背景には、どんな問題があると思いますか?
齋藤先生:現実問題、夫婦が二人とも育休を取ってしまったら世帯収入がガクンと減るので、特に男女の賃金格差が大きい地域や職種では、「じゃあ父親が働いてね」となるのは、現状の制度では仕方のない話だと思います。だから、育休を取っても給与保障がある社会がまず望ましいというのは言うまでもないでしょう。
先ほども言ったように、個人的には男性も育休を義務化するべきだと思います。でも、国や会社の制度がそうなっておらず、給与保障も十分でない今の状況では、父親が仕事を減らしてでも母親に寄り添うことが望ましいというのは、絵に描いた餅にすぎません。制度が不十分な中で子育てを頑張ってしている男性個人を、「育休を取らないのは当事者意識が足りないのだ」と責めるのは、あまりにも酷だと思います。
妊娠・育児中の女性のつらさや不安を理解したり、ケアしたりするのは当たり前です。一方で、その間、一家の大黒柱として労働をしなければならない男性の苦境もある。これはどっちが悪いとか、どっちのケアがより重要だという話ではなくて、男女両方にケアが必要な問題なんです。
育休の推進は、ファーストペンギンの足を引っ張らないことが大事

——男性も育休を取れるような制度は整っているのに、周りがなかなか取らないとか、キャリアから外されてしまうのではないかといった不安から、育休を取りづらい空気もあるのではないかと思います。制度は変わったのに空気が変わらない現状をどうすればいいと思いますか?
齋藤先生:ご存じない方も多いのですが、日本の育休制度って、実は世界的にもトップレベルで整っているんです。2021年のユニセフの報告書では世界一と評価されたこともあるくらいです。でも実際問題、男性の育休取得は難しいですよね。私は長期の育休を取った側ですが、もし逆の立場で、育休の穴埋めがされずに、自分に業務負担のしわ寄せが来たら…本心としてはやっぱりモヤモヤが生じてしまうかもしれません。
独身や子どものいない人だけが、子どものいる人のサポートに入らなければいけない、しかも給料は増えないのに仕事だけ増えることに対する不満は、今後ますます顕在化していくでしょう。そこは、それぞれの職場や管理職が今後真剣に考えるべきことだと思います。
ただ、多くの職場に、周りの空気をあえて読まずに育休を取る“ファーストペンギン”みたいな人っておそらくいると思うんですよ。そういう人を裏でサポートしたり、少なくとも足を引っ張らないことは皆さんできるんじゃないでしょうか。自分が育休取得に手を挙げるかどうかはともかく、手を挙げた人の邪魔をしない。まずはそこからだと思いますね。
——そうすれば、後は続くでしょうか?
齋藤先生:実際、私が在籍する大学の文学部で、長期で育休を取った男性は私が初めてだったんですが、「齋藤先生があれだけ取ったんだから」ということで、私より下の世代で育休取得に手を挙げる男性の先生方がけっこう続いたんですよ。若い世代の感覚はどんどん変わってきているので、そこに関しては希望を持っています。
イラスト/ハタケヤマモエ 構成・取材・文/福田フクスケ 企画/木村美紀(yoi)