「ちょっといやだな」と思ったけど断れず、心をすり減らせてしまったり、逆に「これくらいなら許してくれるはず」と相手の意思をないがしろにして傷つけてしまったり…。このようなコミュニケーションでのモヤモヤや失敗は、「同意」の考え方を理解することで払拭できるかもしれません。
前編に続き、オーストラリアで発売された同意の入門書『こんにちは!同意 誰かと親密になる前に知っておきたい大切なこと』(ユミ・スタインズ、メリッサ・カン/著、ジェニー・レイサム/画)の日本語訳を手がけた北原みのりさんをゲストに迎え、長田さんとのスペシャル対談をお届けします。同意の際に直感を信じる大切さや、今日からできる同意の心得について、語り合います。
作家
シスターフッド出版社『アジュマブックス』代表で、性暴力根絶を目指す『フラワーデモ』の呼びかけ人。1996年に立ち上げた、女性のためのプレジャーグッズショップ『LOVE PIECE CLUB』の運営も行う。
「なんかいやかも」という直感はだいたい当たっている
長田:前編では、「いや」と言うことの大切さや難しさについて話してきましたが、北原さんはこれまで、「NO」と言えずにモヤモヤした経験はありますか? 北原さんははっきり意思を伝えるのが得意なイメージがあるので、そんな経験はないんじゃないかと思ってしまうけど…。
北原:全然そんなことない! 日々、違和感を感じることがあっても、そもそも何がいやなのかわからないままいろいろなことが起きて、「自分は本当にいいと思ってたのか?」とあとから考えることも多々あります。
長田:北原さんにもそういうことがあるんですね。! それを聞いてちょっと安心しました。私が今でもモヤモヤするのは学生の頃、授業中に男の先生から背中に文字を書いて教えられたこと。私はけっこう気が強いほうだけど、そのときは「いや」と言えなかったんですよ。今思い出しても悔しい。
北原:「いや」と思ったのに、相手に屈した感じになるのがいやで、むしろ「いいけど⁉︎」みたいに返答していたこともありましたね(笑)。その強がってしまった原因はなんなのかと振り返ってもモヤモヤする。「いや」と言いたくなかったということは、その場の雰囲気に飲まれてるってことじゃないですか。 そう考えると、自分が本当にしたいこと・したくないことを理解して、それを言葉にしてストレートに相手に伝えるのって本当に難しい。特に初めてのこと、性的なことって、何がいやかもわからないし、やってみなきゃわからないことも多い。でも、「これはいやかも」という直感はすごく大事。よく「直感はあてにならない」と言われるけど、この本では直感がいちばん大事と言ってくれている。これまでそう言いきってくれる本ってあまりなかったですよね。
長田:たしかに。直感とか感情って、優先順位が低くされがちですよね。
北原:そうそう。でも、「いやな予感がするな」って思うことって大体ヤバいじゃないですか。たとえばお酒を飲んでるときに、まわりの空気が変なほうに変わりはじめて「あ、帰った方がいいな」って直感が働いたりとか。そういうシチュエーションで実際に性暴力の事件が起こる、ということは多いんです。だから、直感を信じて、逃げていいということは知ってほしいですね。同意について知っていくと、そういう考え方や自分を守れる言葉にたくさん出合えます。
「いや」がありすぎると、自分の世界が縮まる?
長田:本の中には、「いや」と言うかわりに、何も言わずに逃げてもいい、とも書かれていました。
北原:何がよくて、何がいやなのかを説明するのってけっこう労力を使いますよね。だから、相手が話を聞いてくれそうにない場合は、頑張って説明しようとせずにその場から立ち去ってもいいと。「いや」の理由を伝えたことで相手に反論の材料を与えてしまうこともありますし。
長田:無理してコミュニケーションをとらなくてもいい、と。でも一方で、そうやって「いやだな」と思うことを避けているうちに、自分の世界が縮んでいってしまう気がすることがあって…。私はちょっと気難しいところがあるのを自覚しているから、「これは無理」というものが多すぎると、自分が居心地よく感じる場所が少なくなると感じることがあるんです。
北原:なるほど。でもそれなら、自分にとって居心地がいいと思える場所を深めていけばいいんじゃない? 拒絶したり、逃げちゃダメって考えがいちばん怖いですよ。だって、いやな場所にとどまらなきゃいけないってことでしょう? とどまって理解してくれない相手と会話しつづけて、自分が壊れていくかもしれない。そんなことしなくていい。
長田:そうか…! 「置かれた場所で咲きなさい」という言葉があるけど、置かれた場所が合わなくて苦しければ、別のところに行けばいいですよね。
北原:自分が気持ちよく生きようと思ったら、だいたい世界の6割ぐらいは敵になるかもしれない。でもだったら、残り4割の人と深くつながればいいですよ。
その人の身体はすべてその人のもの。だから同意が必要
長田:本の中には、「バウンダリー」と「ボディリーオートノミー」という言葉が出てきますが、バウンダリー、ボディリーオートノミー、同意はそれぞれどういう関係だと思いますか?
北原:バウンダリーは境界線と訳されます。なので「バウンダリーを引く」と言えば、"ここは越えてほしくない一線"ということを、相手に伝えること。そしてその前提に、ボディリーオートノミーの考え方があります。これは、“自分の身体のボスは永久に自分で、相手とどんなに親しくても自分の身体に関することは拒否する権利がある”という考え方。その権利は相手もまた同じです。だから、誰かとかかわるときには同意が必要になる、という関係です。
時々、赤ちゃんを急に触る人がいますが、「触っちゃダメかな」と気にするのは、その子の親に対しての配慮であって、赤ちゃん本人に対しての尊重ではないことが多い。たとえ、本人がいやかどうかわからなかったとしても、畏れは持つべきです。そこが理解できると、バウンダリーやボディリーオートノミー、同意の概念が腑に落ちる気がします。
気持ちはいつ、なんどきでも変わっていい
長田:では、同意という概念をより深く理解して実践するために、今日からどんなことができるでしょうか。私は、自分を尊重し、自分の心の声に耳を傾ける練習からかなと。心の中にある欲求を我慢せず、できるだけかなえてあげることで、自分とのあいだの同意を大事にする。自分の心の声にまずは自分が耳を傾けられなければ、他の誰かに聞いてもらうのはもっとハードルが高いかなって。
北原:自分に向き合うことも大切だし、気持ちはいつでも変わっていい、ということを知ってほしい。日本では、一度決めた意見は変えちゃダメというような教育を受けがちじゃないですか。
長田:"武士に二言はない"みたいな(笑)。
北原:そうそう。でも人間なんだから、気持ちが変わることってあります。子供の頃、会う約束をしていた友達に「今日やっぱり行きたくない」と言われて、怒ったり傷ついたりしてたけど、「それが人だよね」ってわかっていたら、もっとラクだったはず。
長田:誰かや社会からいつの間にか「いや」と言うはずがない存在とされ、「NO」って言わないなら「"YES"ってことなんだろう」と受け取られ、そして、意見を変えたら、「一度"YES"って言ったのに」と、意見を変えることすら許されなくなってる。幼い頃から、「気分は変わっていんだよ。"いい"を"いや"に変えてもいいんだよ」って教わっていたらどれだけよかったか。
北原:これからでも大丈夫。そのときの自分にとって心地よいほうを選んでいけばいいんです。
(右)こんにちは! 同意 誰かと親密になる前に知っておきたい大切なこと
(左)こんにちは! 生理 生理と仲よくなるために大切なこと
著者:ユミ・スタインズ、メリッサ・カン 画:ジェニー・レイサム 翻訳:北原 みのり
文/浦本真梨子 撮影/花村克彦 ヘア&メイク/広瀬あつこ 企画・編集/種谷美波(yoi)