スウェーデン留学をきっかけに、「なぜ世界と同レベルの避妊法や性教育がないのか」と疑問を抱き、2018年に「#なんでないのプロジェクト」を立ち上げて活動してきた福田和子さん。日本にはない、世界のさまざまな避妊法とそれに遅れをとっている日本の現状について聞いた前編に続き、後編では、最近SNSで「#緊急避妊薬を薬局で」のハッシュタグも話題になった「緊急避妊薬(アフターピル)」について、また、同時期によく耳にするようになった「経口中絶薬」の問題についても伺いました。
スウェーデン留学をきっかけに、性と生殖に関する健康と権利の実現を目指す『#なんでないのプロジェクト』を開始。国連機関勤務等を経て、『#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト』、W7Japan共同代表等として政策提言等を展開。共訳に「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(2020、明石書店)。女性の権利のための国際的ムーブメントWomen Deliver、She DecidesよりSRHRアクティビスト世界の25人、 Women Deliver Young Leade r2020に選出。2022年秋、非常勤講師として「東大で性教育を学ぶゼミ」を開講。WebFRaU×現代ビジネス等で連載中。
今話題の緊急避妊薬とは? その役目と日本の実情について
万が一避妊に失敗してしまったときや、性暴力などを受け、望まない妊娠の恐れがある場合、性行為から72時間以内に服用し、妊娠を防ぐことができる緊急避妊薬(アフターピル)があります。飲むのが早ければ早いほど効果の高い緊急避妊薬だからこそ、よりアクセスしやすい社会にしたいと、福田さんは共同代表として「緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」も立ち上げました。世界と比較した日本の緊急避妊薬の状況とは?
福田:予期せぬ妊娠と聞くと、「避妊もせずに遊んだせいだ」という見方をする人が多いのですが、実際に緊急避妊薬を必要とするケースを私たちが調べたところ、約8割がコンドームの破損によるもので断トツトップ。ちゃんと避妊をしていたにもかかわらず、失敗してしまったことが原因です。つまり、コンドームが避妊法の主流である日本では、予期せぬ妊娠は誰にでも起こりうるできごとだといえます。
緊急避妊薬はアフターピルとも呼ばれ、性交後72時間以内に服用することで、妊娠阻止率は約85%。24時間以内であれば95%と、飲むのが早いほど効果が高くなります。緊急避妊薬は、WHO(世界保健機関)の必須医薬品であり、必要とする誰もが手に入れられるべき薬として認められています。海外では、約90カ国で医師の処方箋なしに薬局などで購入することができ、金額は数百円~5,000円程度。なかには無料で提供している国もあります。
福田:一方、日本では医師の診察と処方箋がなければ入手できず、価格も1~2万円と高額で、非常にアクセスが悪い状況です。そうしたなかで、例えば、週末やお正月やゴールデンウイークなどの長期休暇中に緊急避妊薬が必要となった場合、対応してもらえる病院を探すのは容易ではありません。ほかにも、郊外に住んでいて、近くに緊急避妊薬を扱う医療機関がなく、手に入れるのが難しいという場合や、性被害の場合無料になる可能性もありますが、病院ではなかなか言いにくいといったこともあります。
避妊法がコンドーム一辺倒ともいえる今の日本で、せめて中絶前の砦として、緊急避妊薬が必要な人に届くようにしたいと、産婦人科医の遠見才希子先生、性教育を通じて自分らしい生き方をサポートしている団体「NPO法人ピルコン」の代表・染矢明日香さんと「#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」を立ち上げ、スイッチOTC(処方箋の必要なく薬局で購入できる市販薬)化の必要性を訴えてきました。
緊急避妊薬を薬局で。パブリックコメントを募った際にはトレンド入り
「#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」は、2020年に緊急避妊薬のアクセス改善を求める11万件を超える署名と要望書を、厚生労働省に提出。検討会議が開かれることになりました。さらに、2022年12月〜2023年1月には、「緊急避妊薬のスイッチOTC化に係る検討会議での議論」に関するパブリックコメントが募集され、SNSでは「#緊急避妊薬」がTwitterのトレンドワードにもなりました。
福田:通常、OTC化に関してパブリックコメントを集めても、10件に届けば多いほう。それが、パブコメ受付終了直前の受付番号は4万5000を超えており、正式発表はまだですが、いずれにしてもかなりの数が集まったと思われます。めったにないことです。
福田:今、厚生労働省で行われている議論のなかで、しきりに言われているのが、 “悪用・乱用”の心配について。しかし、実際にネットで転売するようなケースを見ても、悪用・乱用するのは、緊急避妊薬を必死に手に入れようとする当事者の女性ではなく、その気持ちを利用しようとする人間です。悪用を防ぐために「薬局の薬剤師の前で飲んでもらう」という意見すら挙がっていますが、そんな薬がほかにあるでしょうか? なぜ不安を抱え、苦しんでいる女性がそこまでしないといけないのかと、憤りを感じます。
WHOでは、緊急避妊薬をより効果的に使える形として、常備薬として手元に置いておくことを推奨しています。予期せぬ妊娠は、女性にとって誰しもあり得ること。一人一人が自分を守る権利として、緊急避妊薬にアクセスできるよう働きかけを続けます。
「#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」作成
時代遅れな日本の中絶事情。待たれる経口中絶薬
緊急避妊薬と同時期に、審議が行われているのが経口中絶薬です。妊娠の進行を止める「ミフェプリストン」、子宮を収縮させ妊娠組織を体の外に排出させる作用がある「ミソプロストール」を服用する中絶薬もまた、海外には当たり前にあるのに、日本では認められてきませんでした。
福田:厚生労働省の2020年度報告によると、日本では年間約14万件(1日換算で約398件)の人工中絶が行われています。その手法の中に、「そうは法」という、金属製の器具で子宮の中の妊娠組織を掻き出す手術があります。しかし、WHOでは2012年にすでに、そうは法は、“時代遅れ”の外科的中絶方法であり、別の方法に切り替えるよう推奨しています。
同じ手術でも、比較的体への負担が少ないとされるのが「手動真空吸引法(MVA)」です。細く柔らかい管を使って妊娠組織を吸引します。安全な中絶の方法がありながら、今でも「そうは法」を使っている場所もあります。
福田:日本では、こうした中絶手術はすべて保険適用外で、負担額は妊娠時期によって、10万円〜20万円にもなることがあります。日本の中絶は、海外と比べてかなり遅れている状況です。そんななか、2021年にようやく日本でも承認申請された「経口中絶薬」は、WHOの「必須医薬品リスト」のひとつで、心身への負担も少なく、安全な中絶法として推奨されています。現在は世界65カ国以上で使われています。
例えばスウェーデンでは、中絶の90%以上に経口中絶薬が用いられていて、無料で提供されています。また各国で、オンライン診療も広まっていて、自宅で利用することも可能になっています。
現在、日本で経口中絶薬の審議が進められていますが、認められたとしても利用は妊娠9週までと限られ、入院が必須。金額も高額になることが予想され、その運用方法や金額は、海外とはかけ離れたものとなりそうです。
2023年2月、経口中絶薬についてもパブリックコメントが募集されましたが、その際には約1万2000件が集まり、6割以上が承認を求める声だったそう。今後の行方に注目が集まっています。
SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ)とは?
こうした動きのなかで、最近よく耳にするようになった「SRHR=セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」という言葉。日本におけるSRHRの状況について聞きました。
福田:性と生殖に関する健康とは、性感染症の回避など病気にならないことはもちろん、性に関して、心、体、社会的にウェルビーイングな状態が守られることを目指します。そして性と生殖に関する権利とは、子どもを産む・産まない、産むとすればいつ、何人産むかを自分で決められることも含め、性、セクシュアリティ、体に関する自己決定に必要なケアや情報へアクセスできる権利のことをさします。それらをすべて合わせた概念がSRHRです。
世界では長年の女性運動の末、中国・北京で1995年に開催された「第4回世界女性会議」で、リプロダクティブ・ヘルス&ライツが、各国が取り組むべき事柄としてついに明記されました。それ以降、セクシュアルヘルスライツの概念も発達し、今や欠かせない重要な人権のひとつです。日本では、2000年に「男女共同参画基本計画」が策定され、「リプロダクティブ・ヘルス&ライツに関する意識の浸透」も重要な事項として挙げられたものの、避妊についても中絶の問題にしても、SRHRが十分に普及・実現しているとはいえない状況です。ただ、最近ではSNSの情報やSDGsの広がりもあり、SRHRの重要性に多くの女性が気づきはじめているように感じます。
自分の体のことは自分で決める。誰もが当たり前の権利を大切に、心地よく生きられるように
「#なんでないのプロジェクト」「#緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」などの活動を通じ、SRHR実現のために活動を続ける福田さん。一人一人ができることについて教えてもらいました。
福田:やっぱり、「自分の体のことや人生は、自分で決める」ということだと思うんですよね。それはわがままじゃなくて権利なんだと意識すること。そうすれば自然とまわりも「避妊は恥ずかしいことじゃないんだ」「それって、主体的に決めていいことなんだ」と気づくことができるかもしれません。必ずしも何か発信しなければならないということではなく、一人一人の意識の変化が世界を変えるはず。そして、それができる時代だと思うんです。
私は学生時代、「遊廓」の研究をしてきたのですが、その時代の女性たちは、安全な避妊法も中絶法もなく、それこそ命がけ。つらく苦しい思いをたくさんしていました。今は、そんな思いはしなくていいはず。相手によって自分の人生が左右される必要はないんです。いつだって、女性が自分の人生に主体的に、心地よく生きられる社会にしたいですね。
取材・文/秦レンナ 撮影/山本佳代子