歌人・作家の東直子さんの作品を、娘である東かほりさんが脚本・監督を担当した映画『とりつくしま』が2024年9月6日から公開中。亡くなった人がモノにとりついて、モノの目線で大切な人を見守る…という設定のオムニバス映画です。映像化するにあたり東さん親子が感じたことや、制作の裏話などについてお話を伺いました。

映画 とりつくしま 東直子 東かほり

映画『とりつくしま』STORY
死んだ人の前に“とりつくしま係”(小泉今日子)が現れ、この世に未練があればモノにとりつくことができると告げる。マグカップになり夫を見守る妻、生前遊んだジャングルジムになった男児、孫にあげたカメラになるが売られていたおばあさん、野球少年の息子を少しだけ見守るために野球で使うロージン(滑り止めの粉)になった母。4つの短編から成るオムニバス。

東直子

歌人・作家

東直子

1963年生まれ。1996年第7回歌壇賞、 2016年『いとの森の家』で第31回坪田譲治文学賞を受賞。歌集に『春原さんのリコーダー』『十階』など。2006年に『⻑崎くんの指』で小説デビュー。著書に『とりつくしま』『さようなら窓』『ひとっこひとり』等。またエッセイ集『魚を抱いて 私の中の映画とドラマ』、詩集『朝、空が見えます』も。

東かほり

映画監督・グラフィックデザイナー

東かほり

監督作『湯沸かしサナ子、29歳』で第9回きりゅう映画祭グランプリを受賞。初⻑編映画『ほとぼりメルトサウンズ』は、第 17 回大阪アジアン映画祭、第22回ニッポン・コネクション(ド イツ)、第14回ソウル国際シニア映画祭(韓国)、第6回 JAPANNUAL(オーストリア)に選出。原作の東直子さんとは母娘。

どちらのアイディアか忘れてしまうほど、似ているところがあるのかもしれない

映画 とりつくしま 東直子 作家 歌人

——母親が原作、娘が脚本・監督という作品はなかなかないと思います。親子で作品を映画化する、されると決まったときにどう感じましたか?

直子さん:決まったときはすごくうれしかったですね。映像化されるということ自体の、自分の作品に広がりができる喜び。そしてもうひとつ、娘がやりたかった仕事と、私のやりたくてやっている仕事が交わることの喜び。「子どもが好きなことで生きている」という、親目線の喜びですね。

「モノにとりついて生前の場所に戻る」という少し変わったこの作品を娘がどう映像にしていくのかというところに楽しみもありました。

かほりさん:母だけでなく、いろいろな方から「モノ視点なのに、どうやって撮るの?」と何回も聞かれました(笑)。でも私は「普通に撮れるんじゃないかなぁ」と感じていて。視点についてはあまり悩んでいなかったですね。『とりつくしま』は母の小説の中でいちばん読まれている作品なので、そこに少しプレッシャーがあったくらいです。

直子さん:映像化された作品は、望遠レンズでモノから見た視点を一瞬撮っていて、「なるほど、こういう感じか」とスッと入れました。

——映画の中にはお二人が親子だからこそできた、という表現はあるのでしょうか。

かほりさん:脚本に起こす段階からいろいろと相談できたのはありがたかったですね。これは原作者が身近な人だからこそ出来たことだと思います。「ここの登場人物を増やしたいけど、どう?」なんて普通は原作者に気軽に聞けないですから。例えば、ジャングルジムになった男の子の話は、原作よりもかなり登場人物を増やしているんです。

直子さん:相談だけじゃなく、私からアイディアを出したりもしましたね。「お笑い芸人を出したら?」って言ったら、実際に出してもらえたり。

かほりさん:それは私のアイディアだよ! 私はずっと映画に芸人さんを出したかったんだから。最初相談したときなんて、「え?」って言ってたよ。

直子さん:そうだっけ……?(笑) 私も書きたいと思っていた気がするんだけど……。温めていたせいで、自分のアイディアだと思ってしまったのかな。

かほりさん:話しすぎて、どっちが出したのか忘れちゃってるかもしれない(笑)。似ている部分がある親子だからこそ、混ざっちゃったのかな? きっと、似ているからこそ、感じ取れた何かもあると思います。

映画 とりつくしま お笑い芸人

映画オリジナルの登場人物であるお笑いコンビ。二人のかけあいと、映像ならではの仕掛けが面白い。

気負わない関係だからこそ、アイディアがふくらんだ

映画 とりつくしま 東かほり 映画監督 デザイナー

——逆に、まったく感覚が違って驚いたことはありますか?

直子さん:夫を見守る亡くなった妻の物語の中で、新しい女性が現れるシーンですね。私は割と「地味だった妻と派手な女性」というわかりやすい感じで書いていたんですけど……、映画では、新しい女性が深夜にこっそりと、ペヤングをもりもり食べていた(笑)。私の小説の登場人物にペヤングのイメージがなかったので驚きました。「食べないと思うけどなぁ…」と思いながらも「やりたいんだろうなぁ」と感じてOKを出しましたね。

かほりさん:そう、やりたかったんです。個性のある人物像にして、ふくらみを持たせたかったんですよね。母からのNGは、「このセリフは削らないでほしい」という点が多かったと思います。映画にするうえでかなり削っていたので、いくつか復活させてと言われたセリフがありますね。

直子さん意見が違う部分について、気負わずにやりとりを密にできる関係だからこそ、ふくらんだ部分も多いと思います。

映画 とりつくしま 登場人物

原作とは違ったイメージとなった女性のキャラクター。メインではないキャラクターにも人間らしさが滲むことで、物語がグッとリアルに。

もし自分が何かにとりつくなら、壊れてしまうものがいい

映画 とりつくしま 東直子 自宅 マグカップ

直子さんのご自宅には、かわいい雑貨がそこかしこに。中には直子さん手作りのものもあり、映画に登場したトリケラトプスのマグカップも、実は直子さんが作ったもの。

——もしお二人が死後の世界で「モノにとりついて生前の場所に戻っていいよ」と言われたら、何にとりつきますか?

直子さん:この作品を書いていたころは「映画館の座席もいいな」なんて思っていましたが、今はこの映画のデータになりたいな、と考えていますね。未来の観客の表情を観てみたいな、と。

かほりさん:私は……難しいですね。そうなってしまうタイミングによるかなと思います。

この作品を撮る前は、祖母の水泳ゴーグルになりたいと思っていました。私は泳げないので泳げる人の視点で観てみたいし、おばあちゃんたちの会話も好きだし、ちょうどいいタイミングで壊れていなくなれそうだし。

今だとなんだろうな、母の家にある雑貨とかでしょうか。

——壊れないものではなく、ちょうどいいタイミングで壊れてしまうものがいいんですね。

かほりさん
寿命があまり長すぎないモノにとりついて、自分の予期せぬタイミングで壊れてしまうほうが潔くていいなと。

例えば、映画の最初のエピソードに出てくる、夫を見守る妻。夫に新しい相手ができるところまで見ているのですが、やっぱりつらいじゃないですか。とりつく期間が長ければ長いほどつらいものを見てしまうから、いきなり壊れて去れるモノがいい気がします。

直子さん:私も「長く残らないもののほうがいいな」という感覚で小説を書いていたんです。小説の序盤に、そういうセリフもあります。物語はユーモラスに表現しているんですが、書き進めているうちに私自身はどんどんつらくなってしまって……。

ただ、映画になった作品を観たときに「つらいだけじゃないんだな」と感じました。テキストだった世界が、家や公園のようなすごく現実味のある世界になっていて、リアルなものとして感じられた。おしゃべりすることはできないけれど、魂が響き合っているような温かみがあったんです。

モノにとりつくことで、生きている方と亡くなった方が、ちょっとずつ癒やされているような感覚もありました。自分が書いた小説ではありますが、これは映像化されて始めて気づいたことです。

いなくなるときが来る前に、伝えたい「ありがとう」

映画 とりつくしま 東直子 東かほり 母娘

——ジャンルは違えど、創作を仕事にされているお二人。クリエイター同士として、お互いにどのような刺激を受けていますか?

直子さん感情を動かされたものを共有できるのが楽しく、刺激になっています。面白い映画やかわいい雑貨など、なんでも。好きなものの傾向が似ているんですよね。

人もそうなんです。全然関係ないところで知り合った人が、実は共通の知り合いだった……なんてこともよくありますね。

かほりさん:でも、刺激し合えるようになったのは大人になってからかもしれません。幼い頃は、母の仕事が嫌だった時期もあるんですよ。「他のお母さんと違う!」って(笑)。反抗期が長くて、ひどい言葉をぶつけたこともあります。

でも、幼い頃から創作に近いところで育ったからか、何かを作りたいという気持ちは生まれやすかったかも。母の真似をして短歌を作ってみたり、小説の切れ端のようなものを書いてみたり……。短歌はうまく作れませんでしたが、小説は楽しかったんです。それが今につながっていると思います。

——作品に登場する魂たちは、風景は見えていても、大切な人に自分の思いを届けられずにもどかしい思いをすることがあります。お二人は、大切な相手であるお互いに、伝えたくてもうまく伝えられていない…という言葉はありますか?

直子さん:そうですね。「ケンカした時期もあったけれど、あなたが好きなように、かほりらしく生きてくれたらお母さんは嬉しいよ」ですかね。改めて言うのはちょっと恥ずかしいですね。

かほりさん:私は感謝を伝えたいです。実はこの映画ができ上がってすぐに、母が乳がんになったんですね。そのときに、身近な人の命が突然なくなるかもしれない……という現実をリアルに感じた。これって『とりつくしま』のお話でも描いていることなのですが、なぜか実感がなかったんです。

母が病気になってやっと本当に理解できました。「まだいなくならない」と思う人だって、いきなりいなくなることがある。だからこそちゃんと感謝を伝えなきゃいけない、と。

そう思ってはいるのですが、まだ言えていなくて……。今ご質問いただいて母に言いたいことを考えてみたら涙が出そうになってきたので、ちゃんと伝えたいなと思います。

……ありがとう。お母さんが原作を書いた映画を撮ることは、何か恩返しができればなという気持ちも少しありました。30歳くらいまで反抗期だった、私の親孝行です。

直子さん:私からも「ありがとう」。この映画が実現したのは、かほりを育ててきたことの成果のひとつでもあると思うんです。そんな作品を、映画のスタッフや役者さん、そして観ていただける方々と共有していけることは、娘からのちょっと変わった、素敵なプレゼントです。

映画 とりつくしま ポスター

映画『とりつくしま』
出演:<トリケラトプス>橋本紡 櫛島想史 小川未祐 <あおいの>楠田悠人 中澤梓佐 <レンズ>磯⻄真喜 柴田義之 <ロージン>安宅陽子 志村魁
小泉今日子

原作:東直子『とりつくしま』(ちくま文庫 刊)
監督・脚本:東かほり

公式サイト:http://toritsukushima.com/
公式X:https://x.com/toritsukushi_ma
公式Instagram:https://www.instagram.com/toritsukushima_movie/

©ENBU ゼミナール 

撮影/浜村菜月 取材・文/東美希 企画・構成/木村美紀(yoi)