コロナ禍、震災と復興、過疎化に悩む地方など、現在進行形の社会問題を織り込みながら、人と人との出会いがもたらす悲喜こもごもを描いた映画『サンセット・サンライズ』。南三陸で空き家問題に取り組む関野百香を演じた井上真央さんと、プロデューサーを務めた佐藤順子さんにお話を伺いました。
俳優
神奈川県出身。映画『八日目の蝉』(2011)で第35回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。主な出演作は『謝罪の王様』(2013)、『白ゆき姫殺人事件』(2014)、『焼肉ドラゴン』(2018)、『カツベン』(2019)、『一度も撃ってません』(2020)、『大コメ騒動』(2021)、『わたしのお母さん』(2022)など。
プロデューサー
東京都出身。劇場支配人を経て配給会社スターサンズに入社。初プロデュース作品『かぞくのくに』(2012)が米アカデミー賞日本代表作品に選出。主な担当作品は映画『宮本から君へ』(2019)、『MOTHER マザー』(2020)、『ヤクザと家族 The Family』『空白』(ともに2021)、『新聞記者/The Journalist』(Netflix)など。現在は、映像企画プロデュースLabel murmurで『1122 いいふうふ』(Prime Video)などを手がける。
『サンセット・サンライズ』STORY
新型コロナウイルスのパンデミックで世界中がロックダウンに追い込まれた2020年。リモートワークを機に東京の大企業に勤める釣り好きの晋作(菅田将暉)は、4LDK・家賃6万円の神物件に一目惚れ。何より海が近くて大好きな釣りが楽しめる三陸の町で気楽な“お試し移住”をスタート。仕事の合間には海へ通って釣り三昧の日々を過ごすが、東京から来た〈よそ者〉の晋作に、町の人たちは気が気でない。一癖も二癖もある地元民の距離感ゼロの交流にとまどいながらも、持ち前のポジティブな性格と行動力でいつしか溶け込んでいく晋作だったが、その先にはまさかの人生が待っていた──⁈
「井上さんがいた!」全員が納得したキャスティング
──この作品は、プロデューサーである佐藤さんの実体験から生まれた企画だと伺いました。
佐藤さん コロナ禍を経て2年ぶりに夫の地元に里帰りをしたんです。そうしたら若い働き手が減っていたり、タクシー会社がつぶれていたりしていて。でもその一方で、近隣の人たちの買い物をサポートする移動スーパーを軸としたコミュニティができているという話を聞きました。私自身は生まれも育ちも東京ですが、地方で暮らす人たちの力強さやコミュニケーションを映像化できないかなと考えたのが発端でした。
私が2021年に独立するまで在籍していた会社での最後の作品が、最初の非常事態宣言が出るか出ないかという時期に撮影をしていたことも大きかったですね。当時は「無事に撮影を終えられるだろうか」と不安を感じながら仕事をしていたし、この業界や仕事はどうなるのか、自分自身はこれからどんな作品を作っていくべきなのかを考える日々でした。そんなときに知人から紹介された楡周平さんの小説『サンセット・サンライズ』を読み、異なる環境で生まれ育った二人が出会うことで生まれるカルチャーギャップの物語に「今までの日本映画とはちょっと違う、新鮮な作品を作れるんじゃないか」と感じたんです。
──映画の時代設定もまさにコロナ禍で、「ディスタンス」という言葉に当時の記憶が蘇りました。魅力的な登場人物ばかりですが、特に町役場で空き家問題に取り組む関野百香を演じた井上真央さんの存在感がとても印象的でした。
佐藤さん 実は、百香のキャスティングはいちばん悩んだんです。監督の岸善幸さんや脚本の宮藤官九郎さんとの共通認識として、映画ではあまり多く語られない彼女の過去や土地に根付いて生きてきた日常のリアリティと重みを、説得力をもった芝居で体現できる人でなければこの役は務まらないだろうと。誰のアイディアだったかは覚えていないのですが、井上真央さんの名前が挙がったときに、「井上さんがいた!」ってみんな納得でしたね。そこから他のキャラクターを検討していきました。今となっては、百香役は井上さん以外ありえなかったと思います。
百香が背負うものを“表現しすぎない”ことの難しさ
──井上さんが百香役に決まったことで物語が動き出したのですね。井上さんは、百香という女性に対して、どんな思いで向き合われてきたのでしょうか。
井上さん 彼女が経験したことや抱えてきたものって、どれだけ想像しようとも追いつかないほど重くて、痛みを伴うものなんですよね。でも、彼女の背景は本人の口からではなくまわりの人たちの言葉によって語られていくので、百香自身があまり表現しすぎないように意識していました。やっぱり百香を掘り下げれば掘り下げるほど苦しくなるというか、彼女が背負っているつらさを表現にのせてしまいたくなることが多かったので…。すごく難しかったです。
佐藤さん さっき思い出したのですが、私たちが机上で考えた想定と、井上さんが百香の背景を想像しながら脚本を体に入れたときに感じるイメージとの違いをチューニングしながら脚本に落とし込んでいったこともありましたよね。例えば、私たちは井上さんに対する勝手なパブリックイメージから、「百香は自転車に乗っているだろう」と想定していたんです。ところが、井上さんが「百香は軽トラに乗っているのかも」「一人になりたい時間がすごく多いんじゃないか」と言ってくださって。そこから車の空間を使った演出が生まれたり。
──百香が一人、車の中で過ごすシーンはとても印象的でした。井上さんにとって印象的だったシーンやセリフもぜひ教えてください。
井上さん うーん、いろいろあるんですけど…最初に脚本を読んだときに、百香が家のカーテンを開けて、ずっと見てきたはずの海に見惚れて思わず「きれい」ってつぶやくシーンがすごく印象に残っていて。このセリフを言う瞬間は、本当に純粋な、澄みきったシーンにできたらいいなと思いながら演じていました。
自分はどう思うか。素直な気持ちに耳を傾ける
──百香が暮らす町は震災があった南三陸地方ということもあり、海を見つめるシーンはハッとさせられました。
井上さん 気仙沼でロケをしていても、「きっとこういう場所だったのかな」「こんなに新しくなったんだ」「あそこはいまも工事しているんだな」とか、いろいろ感じることが多くて。昔からの景色と、震災が起きたとき、そして現在に至るまで、百香はずっとその変化を見ながら過ごしてきたと思うんですよね。それでもやっぱり変わらない景色や変わらない人たち、変わらないものもある。
だから彼女はそれをすごく大事にしたいというか、「守りたい」みたいな想いがあったんだろうなって。一方で、空き家問題への取り組みや晋作との出会いを経て、大事なものを守るためには、ある程度の変化を受け入れることも必要だと気づいていく。そんな彼女が大事にしているものを、私も大切に演じられたらいいなと思っていました。
佐藤さん 百香が海を見てつぶやくシーンはすごく美しいですよね。小さな町かもしれないけど、百香たちは誇りを持って暮らしている。宮藤さんが書く脚本には、地方に生きる人たちへのフェアな視点や優しさがあるなと感じます。
──本作には真偽不明な噂が一瞬で町中に伝わるなど、小さなコミュニティならではの人間模様が描かれていますが、井上さんご自身が人間関係や人との距離感で大切にされていることはありますか?
井上さん 人間関係においても、仕事においても、距離感ってすごく大事だし、なんというか人生のテーマですよね(笑)。でもみんなそれぞれ違うからこそ、そこは失敗したり学んだりの繰り返しなんだろうなって。
「事がうまく進むためには」とか「いまの時代はこうだ」とか、ネットなどを通じて「こういう流れが普通」という"一般論”や“正論”みたいなものを無意識に浴び続けているうちに、本当はどう思っているのかっていうことを案外見失いがちな気がして。自分自身がどう思うのか、どう感じるのかという素直な気持ちに耳を傾けることを大事にしたいですね。
『サンセット・サンライズ』
2025年1月17日(金)より全国ロードショー
出演:菅田将暉、井上真央、中村雅俊、三宅健、池脇千鶴、竹原ピストル、山本浩司、好井まさお、小日向文世ほか
脚本:宮藤官九郎
監督:岸善幸
原作:楡周平『サンセット・サンライズ』(講談社文庫)
配給:ワーナー・ブラザース映画
Ⓒ楡周平/講談社 Ⓒ2024「サンセット・サンライズ」製作委員会
撮影/垂水佳菜 ヘア&メイク/秋鹿裕子(W) スタイリスト/皆川bon美絵 画像デザイン/前原悠花 構成・取材・文/国分美由紀