8月3日から開催されるyoiでのオンライン試写会に先立ち、映画『セイント・フランシス』の脚本家であり主人公の「ブリジット」を演じたケリー・オサリヴァンさんのスペシャルインタビューが実現! 生き方に対する社会的圧力、作中で生理を“自然に”描いたこだわり、議論が高まっている中絶の権利まで、多くの社会課題に向き合う骨太なインタビューでしたが、リモート画面越しの彼女はとてもポジティブなエネルギーと優しさにあふれていました。私たちと同じ時代に生き、体の変化に向き合う一人の女性として、この作品に込めた思いを伺いました。

女性あるあるを描いた映画『セイント・フランシス』主演&脚本のケリー・オサリヴァン氏インタビュー _1

俳優/脚本家

ケリー・オサリヴァン/Kelly O'Sullivan

アメリカ合衆国アーカンソー州ノースリトルロック出身。ノースウェスタン大学、ステッペンウルフ・シアター・カンパニー付属の演劇学校を卒業し、俳優の道へ。「ステッペンウルフ・シアター」や「グッドマン・シアター」など多くの舞台に立ったほか、TVドラマ「Sirens」や映画「Henry Gamble’s Birthday Party」「Olympia」「Sleep with Me」などに出演。俳優であり映画監督や脚本家としても活躍するグレタ・ガーウィグの監督作品である映画『レディ・バード』の女性の描き方に触発され、「セイント・フランシス」の執筆を開始。本作が初の長編映画脚本となる。

誰かが決めた“幸せのチェックリスト”に縛られないで

ベッドに寝転ぶブリジット

(C) 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED

yoi 映画の冒頭シーン、ある男性が主人公「ブリジット」に、自分が見た“悪夢”について話す場面から物語は始まります。その内容は、現実世界では妻子を持ち、順調にキャリアを築いている男性が、「家族がいない」「資産がない」「キャリアがない」夢を見て絶望的な気持ちになった、というもの。結婚して、家族を持って、資産やキャリアを築くことが幸せである、という画一的な生き方のプレッシャーは、現代のアメリカ社会にも根強くあるんでしょうか?

ケリーさん “幸せのチェックリスト”というプレッシャーが存在していると思います。「キャリアがある」「家を持っている」「パートナーや子どもがいる」「友達が多い」など、人生において“持っている”ことが理想とされる事柄がいくつもあり、これらのチェックリストにひとつでも多くチェックを入れるために頑張るべきという社会的圧力です。これらを持っていないと「成功していない人」と勝手にレッテルを貼られてしまう。

でも、私がこの映画を通して伝えたいのは、「チェックリストのために生きる必要はない」ということ。幸せとは、結婚していて、子どもがいて…という表面的なものではないというメッセージを込めています。私にとっては、人に優しくできたり、恐怖にも勇気を持って立ち向かえたり、そういう人間になることが目標であり幸せなんです。

yoi そうした社会的圧力は日本にいる私たちも非常に共感できますし、主人公のブリジットと自分を比べたり、自分を重ねて観る人も多いのではないかと思います。今作は、ケリーさんご自身が20代の頃にベビーシッターをしていた経験と、30代で中絶を経験したというふたつの経験が盛り込まれている自伝的要素を持った作品とのことですが、ケリーさんが主人公のブリジットに重ねた思いはなんでしょうか?

ケリーさん いちばん大事なことは、自分を受け入れること。そして、他者に対して共感を持って考えることだということです。ブリジットは、大学を中退してレストランのウエイトレスとして働く34歳の独身女性。そして、物語の中で中絶を経験します。そんな自分が選んできた道にブリジットは自信が持てず、どこか恥だと感じている部分があるけれど、6歳のフランシスに出会うことで少しずつ自分を受け入れられるようになっていきます。

そして私自身も、「ありのままの自分を受け入れること」、そして「自分に対して優しくなること」に今も取り組んでいます。自分に厳しくありすぎないって大事なことだと思うんです。社会が決めた人生の“幸せチェックリスト”にチェックが入っていなくても恥じる必要はないし、リストが達成できたとしても「本当にそれが自分にとっての幸せ?」という疑問もありますよね。たとえ人生のどん底にいるような気持ちになっても、その経験が糧になることもありますから。

映画で暴力の血は見せて生理の血は隠すのはおかしい

女性あるあるを描いた映画『セイント・フランシス』主演&脚本のケリー・オサリヴァン氏インタビュー _3

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yoi 本作の特徴のひとつとして、生理にまつわるシーンや経血のリアルな描写が出てくることが挙げられると思います。ケリーさんは「女性に生理がなかったら地球には誰も存在しないのに、若い頃から生理のことは隠すように教育されている」と、生理をタブー視したり美化したりする現状に疑問を呈する発言をされていますが、作中で生理を扱うこと、それを日常の光景として見せるうえでこだわった点について教えてください。

ケリーさん まさに、生理を恥ずかしいものではなく“日常のこと”として描きたかったんです。これまで経血をリアルに見せる作品はなかったかもしれないけれど、私たちは映画やドラマで血を見ることには慣れているんですよね。バイオレンスシーンとかホラー映画とか。暴力で血を流すシーンを見せていいなら、生物学上、自然に出る血を見せてはいけない理由はないはず。中絶したブリジットの体に起きることも、事実を描いています。生理も中絶も話してはいけないことではないし、それらをストーリーのごく一部として描くことで、少しずつスティグマ(差別や偏見)や恥という意識から抜け出せるのではないかと思っています。

yoi ケリーさんのおっしゃるとおり、生理はごく自然のことですが、日本では生理用品を買うと紙袋に入れて隠したり、CMでは経血がブルーの液体で表現されるたりといった現状があります。

ケリーさん 生理用品を紙袋で隠すなんて...! CMで経血をブルーの液体で表現するのはアメリカも同じですね。

yoi 日本では近年になってようやく、「生理は自然なことであり、もっとオープンに語るべき」という議論が出てきました。ケリーさんが暮らすアメリカではいかがですか?

ケリーさん アメリカでも変化の兆しはあります。よりオープンに話す人が増えているし、私は意識的にタンポンなどを隠さずに持ち歩くようにしています。テレビや映画で生理を描く場面も徐々に増えていますね。経血を赤い液体で表現した広告を初めて見たときは、私自身も驚きました。どんなに時間はかかっても、確実に変化していることに勇気づけられます。

以前、競技中に生理が始まってしまったマラソン選手が、ショーツを経血で染めながらも完走したことがありました。彼女が足を止めずに走る姿は注目を集めたし、物議も醸しました。「気持ち悪い」という人もいれば、「走っているんだから仕方ないでしょ」という声もあったけれど、オープンに話すようになってきたこと自体は本当にいいことだと思います。

世界的に議論が高まっている中絶の権利

女性あるあるを描いた映画『セイント・フランシス』主演&脚本のケリー・オサリヴァン氏インタビュー _4

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yoi 生理については、アメリカでも日本でもオープンに語られるようになってきていますが、中絶については日本とアメリカでは異なる部分が多くあります。作中にも出てくる経口中絶薬は、日本ではまだ承認されておらず、配偶者がいる場合は人工中絶手術を受けるにも配偶者の同意が必要という現状です。

ケリーさん 私も日本の状況を調べて初めて知ったのですが、中絶に配偶者の同意が必要なのはとても不気味というか…。「合意」がなければ手術を受けられない現状は、まさに家父長制という社会構造がもたらしたものだと思います。経口中絶という選択肢が奪われているのも、本当に残念なことです。実際、私が中絶を経験したときも自宅で経口薬を服用したことで、外科手術を受けるよりも心身の負担を軽減することができたと思います。

yoi アメリカでも今年の6月24日、米連邦最高裁が人工妊娠中絶の権利を認める「ロー対ウェイド判決」を覆し、中絶を憲法上の権利として保障しないという判断を示しました。これにより、州によって中絶を禁止したり制限することが可能になるというニュースは、日本でも大きな話題となっています。このニュースに関して、ケリーさんはどう感じていらっしゃいますか。

ケリーさん これはまさに「悪夢」です。本当におぞましいことだと思います。私の出身地であるアーカンソーでは、すでに中絶が非合法になりました。私が住んでいる州ではまだ合法化されているし、非合法の州から中絶手術の希望者を受け入れるという州もあります。けれど、もうなんていうか…まさにディストピアというか、世界の終末を迎えているような気分にさえなります。プロチョイス(中絶という選択肢を支持する考え方)の私としては、「自分の体の主権が奪われるのではないか」という恐怖にさらされています。そのうち、非合法の州から越境してきた人の中絶手術をサポートした人が追及されるケースも起きるのではないかという不安もあります。中絶以外にも、アメリカでは今いろいろなことが起こっていて、時代が逆戻りしているように感じます。

yoi 置かれた状況に違いはあれど、私たちの体・心・性について考えたり話すことに国境は関係ないことに、ケリーさんのお話、そして映画「セイント・フランシス」を通して気づかされました。最後に、ラストシーンについて伺いたいのですが、この作品の魅力が凝縮されたあのシーンは、最初から決めていたのでしょうか?

ケリーさん シチュエーションはある程度決めていましたが、具体的にどうやって締めくくるかをずっと考えていたんです。いろんなバージョンの脚本を書いてみたものの、どれもしっくりこなくて。そこで、パートナーでもある本作の監督のアレックス(アレックス・トンプソン氏)に相談したら、私がこれだけ思い悩んでいたのにもかかわらず、さらっと完璧なプランを提案してくれたんです。自分で思いつけなかったのはとても悔しい気持ちでしたが(笑)、これは彼の功績として心から賞賛したいと思います。

ケリーさんも「完璧」と言うラストシーンは、ぜひ本作でお楽しみに! ちょっぴりビタースイートなラストシーンを含め、作中で交わされる言葉の数々は、社会の価値観に縛られがちな私たちの視野を広げ、心をほぐしてくれるものばかり。観終える頃には、自分の心と体、そして人生がいつもより愛おしく感じられるはずです。

セイント・フランシス
8月19日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町・新宿武蔵野館・シネクイントほか全国ロードショー!

監督:アレックス・トンプソン 脚本:ケリー・オサリヴァン
出演:ケリー・オサリヴァン、ラモーナ・エディス・ウィリアムズ、チャーリン・アルヴァレス、マックス・リプシッツ、リリー・モジェク 2019年/アメリカ映画/英語/101分/ビスタサイズ/5.1chデジタル/カラー 字幕翻訳:山田龍
配給:ハーク 配給協力:FLICKK (C) 2019 SAINT FRANCES LLC ALL RIGHTS RESERVED
公式HP:www.hark3.com/frances/

取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)