『まじめな会社員』作者 冬野梅子が考える、“あみ子”という主人公とネガティブなりの人生の進め方_1

コツコツとまじめに暮らしながらもクリエイティブな世界に憧れる契約社員・あみ子のままならない日々を描いたマンガ『まじめな会社員』。卑屈で痛々しいのにどこか自分と重ねてしまうあみ子の「理想の自分」と「現実」の乖離、そして過剰ともいえる自意識をリアルに描ききった本作に今、ハマる人が続出!

「まるで私を見ているみたい」「こういう知り合い、いる!」「この気持ち、わかりすぎる」
細やかで解像度の高い心理描写に、SNSではさまざまな感想が飛び交いました。

まじめに生きているつもりなのになんだかうまくいかなくて、自分を好きになることも、やりたいことを見つけることも、どうして自分には難しいんだろう…? そんな気持ちになってしまう夜に欲しかったのは、ハッピーなメッセージよりも、こんな物語だったのかも。

人生を前に進めるために必要なのは、必ずしもポジティブな発想だけじゃない。「私を置いていかない、ダメな主人公が描きたかった」と語る作者・冬野梅子さんが考える、ネガティブだからこそ見つけた人生論。

『まじめな会社員』作者 冬野梅子が考える、“あみ子”という主人公とネガティブなりの人生の進め方_2

マンガ家

冬野梅子

2019年、『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞『普通の人でいいのに!』がTwitterを中心に話題となった。その後、「コミックDAYS」で連載された『まじめな会社員』は登場人物のリアルさやその自意識描写が話題となり人気に。

まじめな会社員(全4巻)各¥715/講談社
主人公の「菊池あみ子」は東京に住む30歳の契約社員。マッチングアプリでデートを重ねるも彼氏は5年できておらず、仕事も楽しいとは言い難い。周りからの目を気にしながらもコツコツとまじめに働くあみ子だが、心の底では「やりたいことをやりたい」「アナーキーに生きたい」とクリエイティブな職業や界隈に憧れている。しかし、いわゆる“ワナビー”などこか痛々しいあみ子の努力は空回りし、自分の理想に自分が追いつかない。憧れの世界に少し近づいては遠ざかり、“向こう側”にいる人をうらやましがる、そんなままならない日々が続いていき…?

ダメな人間がダメなまま生きていくところを描きたかった

話題と共感を呼んだあみ子というキャラクター。その誕生の背景には、冬野先生がこれまでの物語に対して感じていた思いがあった。

――自意識が強く、理想が高い…けれど空回りしてしまうあみ子にヤキモキしながらも共感する読者が多い作品ですが、主人公・あみ子はどうやって生まれたキャラクターなのでしょうか。

マンガ、ドラマ、本の主人公はひたむきで一生懸命な「いい子」が多いですよね。私はそういう物語にあまり乗れないんです。ダメだとされている主人公でも、勝手にどんどん成長していって、見ている私は置いていかれちゃうじゃないですか。最初は「このダメさわかる!」と共感していたのに…と寂しくて(笑)。ラストで別人のように立派になった主人公を見て「世の中にはこんなにいい子ばかりなのか」「こうならないと幸せになれないのか」と感じると卑屈になってしまう。


だから私は、そうならない「ずっと成長せず、読者よりも後ろを走り続ける主人公」を描いてみたいと思ったんです。なので、よこしまな部分や甘い決断、次につながらないリアルな失敗のようなものをしっかり描くようにしています。あみ子にある選択肢の中で、「浅いな」「甘いな」と感じるものをあえて選ばせていますね。

『まじめな会社員』作者 冬野梅子が考える、“あみ子”という主人公とネガティブなりの人生の進め方_3

図や細かいセリフで表現されるあみ子の頭の中の描き方も、作品の魅力。読者がなんとなく抱えていた思いを解像度高く言語化する描写に「わかる〜!」の感想が続出した。

――あみ子というキャラクターのリアルさ、そしてその心理描写の解像度の高さが『まじめな会社員』の魅力です。「あみ子の頭の中」を描くときに気をつけていたことはありますか?

実はあみ子が考えていることを細かく描こうとしていたわけではないんです。そういう感想をいただいて初めて「細かいんだ」と気づいたくらい(笑)。私自身が、頭の中でずっとしょうもないことを考えていたり、愚痴ばかり言っていたりするキャラクターが好きだから、自分のマンガのキャラクターもそうなっているのかもしれません。

ただ、“描かない”ように気をつけていたことはあります。例えば、物語の中に「一般的な“正しい”の目線」が入らないようにすること。正統派の創作物には描かれないような「本当に卑屈なキャラクター」を描きたかったので、物事に対する「前向きな気づき」みたいなものはあみ子の頭の中には一切入れないようにしています。また、「卑屈を直して頑張るぞ!」という奮起や「卑屈なあなたでもいいんだよ」という自己許容の要素も、物語に入れていません。ダメな人間のダメなまま変わらないところをそのまま描くと決めていました。

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あの人が自由に見えるのは、選択肢が少ないからかもしれない

誰かのことをうらやむ気持ちを手放すのは難しいこともあるかもしれないけれど、その誰かだって、全部うまくいっているわけじゃない。視点を変えれば見えてくる、誰かが見つけた“居場所”のこと。

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あみ子の元同僚の「綾ちゃん」。美人でモテて、好きなことをやっていて…と、あみ子の中では“完璧な女の子”だが…?

――「自分のやりたいことをして生きる」人生が素敵であるという風潮もある中で、自分の状況やポテンシャル不足によってうまくいかず悩んでいる人も多いと思います。作中でも「自分のやりたいこと」でうまくいく人といかない人が描かれていますが、どのような違いを意識してそれぞれのキャラを作っていきましたか?

登場人物で「自分のやりたいこと」でうまくいっているのは、例えばあみ子の友人の綾ちゃんですね。最初はあみ子の同僚として登場しますが、自由な生き方をしていて、おしゃれで、楽しそうな仕事を始めて…。

でも実は、私の中での綾ちゃん像は少し違うんです。作中ではあみ子の卑屈さに焦点を当てていたので「ほかの人にも大変なことがある」「努力している」ということはまったく描いていません。なので綾ちゃんについてもポジティブな面しか描いていませんが、私は彼女を「最初から選択肢が少ない人」として描いています。

綾ちゃんは早起きや集団行動ができないような、いわゆる「普通のこと」が苦手な子。いつもニコニコしているけれど、きっと彼女には一度メンタルが限界を超えてしまっていくつかの選択肢を諦めた経験がある…そんなイメージなんです。その時期があったからこそ、「無理な世界には行かない」と決めている。きっと彼女は正社員になる道は早い段階で捨てていて、だからこそ自由に見える。綾ちゃんは仕方なく、クリエイティブで自由そうに見えるコースを進んでいたらたまたまうまくいった人なんですよ。

そんな綾ちゃんとあみ子の差は、シンプルに「環境」ではないかなと。自分がうまくいく環境を選べているか、です。綾ちゃんは標準的な認められ方を捨てて、「みんなが当たり前にできることができない自分」が許される環境をしっかり選んでいる。

現実でも環境選びが得意な人はうまくいっている印象があります。例えば「9時出社」の会社と「11時出社」の会社では、それだけで社内の雰囲気は違うもの。11時出社のほうがラフなことが多いです。どちらのほうが自分の価値観に合うかって、出社の時間からでもわかるんです。そうやって小さなことからでも自分が許容されそうなもの・場所を選んでいくことは大事だと思います。

『まじめな会社員』作者 冬野梅子が考える、“あみ子”という主人公とネガティブなりの人生の進め方_6

あみ子が憧れるクリエイティブな世界の人々も、自分のできること・できないことを基準にうまく環境を選んでいる様子が描かれる。

器用貧乏なら、まずは何でもやってみるといい

「自分のやりたいこと」を見つけている人はキラキラ輝いて見えるけれど、「やりたいこと」をポジティブな理由で選ばなくたっていい。「できないこと」を捨てて選んでいくのだって、ひとつのやり方。

――自分に合う環境を選んだうえで、「自分のやりたいこと」を探して努力していく…ということでしょうか?

そうですね。綾ちゃんみたいなタイプは、「好きなことしか向いていない」という人なのでそれがやりやすいと思います。最初からいい意味で選択肢が狭まっているので、ひとつの分野に集中しやすく、突出することもあるでしょう。

逆にあみ子のように平均的に何でもそこそこ対応できるというタイプのほうが難しいですよね。「自分にはこれしかできない!」ということがないので、得意なことも好きなこともわからない。堅実な選択肢も選べるがゆえに、その道を捨てることで後悔する可能性もある。あみ子タイプが綾ちゃんタイプに憧れると本当に大変だと思います。

綾ちゃんは綾ちゃんで狭い道一本しかないから、大変なんですけどね。一生懸命考えて、悩んで、頑張っているんですが、あみ子からはそれが見えていない。だから「好きなことを楽しそうにやっていていいな」とうらやんでしまう。

あみ子のような、ずば抜けて好きなことやできることがないタイプは、期間を決めていったん目についたものすべてをやってみるといいのになぁ…と思います。そんな選択させませんでしたけど(笑)。1年くらい期間を決め、少しでも興味があるものを手あたりしだいにやって、どんどんやめていく。すべて同時進行させるのは難しいので、興味がない順か能力がない順で捨てるんじゃないでしょうか。

器用貧乏で何でもできちゃうのなら、「人が喜んでくれたもの優先」「自分の環境に合うもの優先」のように、判断の基準を作るとよりわかりやすいかもしれません。そうやってあれこれ試してみて、一番最後まで残ったものが「やりたいこと」であり「やれること」だと思います。

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冬野梅子さんへのインタビューはまだまだ続きます! 後編では、あみ子と冬野さんの共通点や、「自信がないことは自分のせいだけじゃない」と話す冬野さんのセルフラブ観についてお話しいただきました。

『まじめな会社員』作者 冬野梅子が考える、“あみ子”という主人公とネガティブなりの人生の進め方_7

取材・文/東美希 撮影/井手野下貴弘 企画・編集/木村美紀(yoi)