2022年9月1日、東京・高円寺に「蟹ブックス」をオープンした花田菜々子さん。「女性のための本屋」として知られる「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」店長を務めるなかで、さまざまな女性の生き方や幸せを知ったと言います。前編ではそんな花田さんが考え続けているフェミニズムのことや、「蟹ブックス」のコンセプトについてお話しいただきました。
今回は、「蟹ブックス」の“これから”について伺うとともに、花田さんがyoiのために本をセレクト。比べたり、迷ったり、悩んだりしがちなあなたにおすすめの4冊をご紹介します!
“小さな本屋”だからこそ、心にじんわりくる豊かな時間を過ごしてほしい
——「蟹ブックス」にはギャラリースペースもあり、展示や読書会、対話の会などイベントも行う予定とのことですが、花田さんはここがどんなお店になればいいなと考えていますか?
小さなイベントをやるのは夢だったかもしれません。これまで書店のイベントというと、ステージの上に著者が座ってマイクでしゃべっていただくものが多く、質疑応答のコーナーがあっても、観客はどうしてもかしこまってしまって、ステージと距離があったんですよね。でも「蟹ブックス」では、みんなで小さなテーブルを囲んで、お茶やお菓子を食べながら雑談みたいなことができたらいいなと思っているんです。著者の普段の顔が見られたら参加者もうれしいですよね。
ギャラリースペースは、今後、貸し出しも。現在は「蟹ブックス」メンバー當山明日彩さんの作品を展示中
先日、哲学者の永井玲衣さんとお話しさせていただく機会があり、彼女が活動を重ねてきた「哲学対話」の話を聞いて、そんな会もやってみたいなと思いました。答えのないことをみんなで考えて話すなんてすごくスリリングで面白そうだなと思って。あとは、決まった時間に集まって、ただ黙って本を読む会。家に帰るとスマホを見てしまったりして、集中して本を読めないときってありませんか? そういう会があれば意識的に本を読めるかなと。誰もが声をそろえて「有意義な会でした」というものではなくても、「何か心にじんわりくる」と思っていただける、小さな本屋ならではのイベントをやりたいと思っています。
Twitterで「小さすぎる!」と話題になった「蟹ブックス」の看板
花田菜々子さんおすすめ! 比べたり、悩んだり、不安になったり…そんなあなたをエンパワメントしてくれる4冊
最後に、yoi読者のために花田菜々子さんが本をセレクト! 恋愛や結婚、仕事に生活…。毎日一生懸命生きていたって、ついつい他人と比べたり、悩んだり、不安になったりしてしまうという人は多いのではないでしょうか。そんなときに読んでほしいおすすめの4冊を、花田さんのコメントとともにご紹介します。
まるで自分の話!? 痛みの伝わる「あるある」が盛りだくさんのマンガ
『まじめな会社員』1〜4巻 冬野海子 各¥715/講談社
「主人公の『菊池あみ子』は、いわゆる“こじらせ系”。地方から東京に出てきて、30歳現在、契約社員でアプリサービスのお客さま対応の仕事をしています。彼氏は5年おらず、結婚も遠そう。そんな彼女は、これまで親や先生の言うことを素直に聞いて“普通”になるように生きてきたのに、なんだか全然幸せじゃないことに気づきはじめるんです。そんななか、キラキラした友人に憧れて本屋の読書会のイベントに参加してみたり、ライターになってみたいと思ってみたり、だけどそんな気持ちを『何言っちゃってんの』と馬鹿にする人と出会ったり…。人生すごろく的に楽しいことや嫌なことを重ねつつ、あみ子はちょっとずつ変わっていきます。
一見、自虐的な話かと思いつつ、作者の視点は全然、意地悪なものではないんです。こういう人たちのどうにもならなさや「あるある」の痛みを本当によく観察・考察して描いていて、それでも次の一歩を踏み出すことを肯定してくれる感じがします。4巻で完結なんですけど、最後は『嘘…!』というまさかの展開も。面白おかしく、エンパワメントもしてくれる、いま私が一番好きなマンガです」
自分を生きる女性を心から称賛するファッションレポート
『百女百様 〜街で見かけた女性たち』はらだ有彩 ¥1,650/内外出版社
「これはファッション術の本ではなく、作者のはらだ有彩さんが世界中の街で見かけた、気になるファッションの…というより、むしろちょっと“変な格好”の女性たちをイラストと文章でレポートするという本。例えばパリで出会ったカフェ店員の女性は、黒いドレスにパールをジャラジャラつけていて、日本の固定観念でいったら『太っているし、おばさんなのにこんなにパールをつけちゃって』とバカにされるかもしれない。ですが、はらださんは彼女をかっこいいと絶賛します。
人と比べてしまうときって、一般的な基準とか、あるかないかもわからないものに惑わされてしまうと思うのですが、若くないからとか、美人じゃないからとか、そういうルッキズム的な視点を全部取り払って、自分を楽しんでいる人や自分を生きている人を、全力でほめてくれるから、読んでいて本当に元気が出るんです」
私たちはつながっていて、あきらめちゃいけない。自由を求める二人の女性の友情物語
『大邱(テグ)の夜、ソウルの夜』ソン・アラム 吉良佳奈江訳 ¥1,980/ころから
「描かれるのは、韓国の都市ソウルと大邱という地方に暮らす、友人同士であるふたりの女性の人生です。最初は二人ともソウルでかっこよく、華々しく暮らしたいと思っていたんです。だけど、結婚や出産、仕事、家庭など、絡め取られまいと思っていたはずのものに人生を変えられていってしまう。しだいに友情も引き裂かれていき、そのつらさとか、『なぜ女だけがこんな目にあうんだろう』という気持ちを抱えながら、二人はそれぞれの人生を生きていきます。
韓国と日本って、実はすごく男尊女卑の状況が似ていて、女たちは働いて男たちは座って飲んでいるのが当たり前とか、結婚して子どもを産んだら自分の時間なんかないのが当たり前とか、海外の物語を読んでいるんだけど、『全部知っているんだよなぁこの感じ』と、不思議な気持ちになりました。
いろんなことがあっても、時間や場所を超えて再び二人の友情ははじまります。感動だけに終わらない、私たちはつながっているし、私たちはあきらめちゃいけない、と思わせてくれる力強い物語です」
どうでもいいことを真面目に考えていると、自分の悩みのちっぽけさに気がつける
『水中の哲学者たち』永井玲衣 ¥1,760/晶文社
「この本を読んで、目からウロコだらけでした。作者である哲学者の永井玲衣さんによると、『愛って何だ』とか、『生きるって何だ』ということを考えるのも哲学だし、『お風呂でお湯をすくったとき手からあふれるのを見て、この現象はいったい何なのだろう』とか、『髪の毛は自分の頭に生えているときは何とも思わないのに、抜けて落ちていると気持ち悪いと思うのはなぜだろう』と考えることも哲学。どうでもいいことかもしれないけれど、真面目に考えてみると、それは瞑想のように自分を取り戻してくれる時間になるんです。私自身、フェミニズムや社会のことばかり考えていたけれど、この本をきっかけに、そこから離れてどうでもいいことを考えてみたら、すごく豊かな時間を過ごすことができました。
比べたり迷ったり不安になったりしているときは、悩んでいることで頭がいっぱいになっていると思うのですが、世の中そんな問題ばっかりでできてはいないし、ひとつの思考から離れてみたら、その悩みが本当に全体の一部のことでしかないと気づくはずです。一歩違う世界に目を向ければ、そんなことばっかりじゃない。そう思わせてくれる読書体験って、やっぱりいいなと思います」
撮影/寺内暁 企画・取材/秦レンナ