ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによるセクシャルハラスメントが告発され、世界に激震が走った2017年。人気俳優や映画関係者が次々と実名で被害を訴え、数十年にわたってハラスメントが行われてきたことが判明。性暴力の撲滅を訴えるMeToo運動が世界的に広まるきっかけとなりました。

数十名にも及ぶ被害者を生んだワインスタインの性暴力は、なぜ長年にわたって見過ごされてきたのか。そんな疑問をきっかけに、映画『アシスタント』を完成させたキティ・グリーン監督。6月16日の公開に向けて、オンラインインタビューが実現しました。

映画業界で働く女性を中心に、監督自らが100人以上にヒアリングした末にたどり着いた、大企業にはびこる性差別の根源とは? 自身も驚いたというハラスメントの実態や、仕事におけるジェンダーバイアスの常態化を、作品に対する世間のフィードバックなどを交えて語ってくれました。

#MeTooの悪者は、加害当事者だけだったのか? 気鋭の監督キティ・グリーンが映画『アシスタント』で突きつけた“現実”【スペシャルインタビュー】_1

映画監督

キティ・グリーン

オーストラリア出身。メルボルン大学美術音楽学部在学中に発表したショートフィルム『Split』が複数の賞を受賞。2013年、ドキュメンタリー『Ukraine Is Not a Brothel』で監督デビュー。ウクライナのフェミニスト運動を描いた同作はオーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞の最優秀長編ドキュメンタリー賞に輝き、世界的な知名度を獲得する。2017年に公開されたドキュメンタリー『ジョンベネ殺害事件の謎』が再び高評価を得て、日本を含む世界各国で上映される。現在、『アシスタント』の主役を務めた俳優ジュリア・ガーナーと再びタッグを組んだ作品を製作中。

MOVIE STORY
名門大学卒の「ジェーン」は、映画プロデューサーになる夢を抱いて有名映画プロダクションに就職。業界の大物である会長のもと、ジュニア・アシスタントとして働く。早朝から深夜まで事務作業に追われ、殺風景なオフィスではハラスメントが常態化。しかし彼女は、自分が即座に“交換”可能な下働きでしかないということも、将来大きなチャンスを掴むためには会社にしがみついてキャリアを積むしかないこともわかっている。ある日、会長の許されない行為を知ったジェーンは、この問題に立ち上がることを決意するが――。

ハラスメントが見過ごされてきた背景には、より大きな問題が潜んでいるはずだと感じた

――これまでドキュメンタリーを制作されてきた監督にとって、本作は初めてのフィクション作品。フィクションを作ろうとしたときにMeToo運動やハラスメントをテーマにしようと考えたのか、それとも、MeToo運動やハラスメントをテーマに映像を作りたいと考えたときにフィクションが最適であると判断したのか、どちらの要素が強いでしょうか?

後者ですね。このテーマに興味を抱いたのは、ハーヴェイ・ワインスタインのセクシャルハラスメントが明るみになり、ハリウッドのMeToo運動が盛んだった頃。制作を決めた当初はドキュメンタリーを予定していましたが、リサーチを行う中でフィクションのほうが合っているんじゃないか、と気づきました。

というのも、映画業界における女性の環境や状況をリアルに伝えることを目的としたときに、ドキュメンタリーでは描ききれない、些細な要素がたくさんあったんです。微妙な表情の変化や動作はフィクションのほうが表現しやすいので、途中で変更しました。

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「ジェーン」は、日本でいうところの「山田花子」のような、匿名の人物を指すときに使う名前だという。多くの人へのリサーチから紡ぎ出された共通点を体現するキャラクターとして生まれたジェーンの心情を、3度にわたるエミー賞助演女優賞に輝いた俳優ジュリア・ガーナー(左)が細やかな演技で表現する。

――映画業界でのセクシャルハラスメントやパワーハラスメントをテーマにした動機を教えてください。

MeToo運動に関する連日の報道を見ながら、ハラスメントを行なっていた張本人だけを加害者とし、悪者ととらえていることに違和感を覚えたんです。彼らを排除しただけで、果たして問題は解決されるのだろうか? 彼らの行動がこれほど長い間、見過ごされてきた背景には、より大きな問題が潜んでいるのではないか? 

そう感じて映画業界に携わる人々へのインタビューを遂行したところ、劣悪な労働環境や日常的な性差別が明らかになった。それらを問題の根本的な原因ととらえ、組織の構造など、より大きな問題に焦点を当てた作品を作ろうと決断しました。

コーヒーや上司の子守りを頼まれるのは決まって女性。 性別で与えられる仕事が違い、昇進にも影響していた

――当時は映画業界で働く女性たちの正直な解答を引き出すのが難しかったと、過去のインタビューでおっしゃっていましたね。彼女たちの解答を引き出すために、工夫したことや気をつけたことはありますか?

そうなんです。従業員は企業と秘密保持契約を結んでいるため、内情を話すことに躊躇していました。でも報道が加熱するにつれて、自然と一人、また一人と口を開いていき、結果的に問題なくヒアリングできました。

――最終的に、100人以上へのインタビューを行なったとか。インタビューでは、どのような質問を投げかけたのでしょうか?

映画プロダクションで働く女性たちの実体験はもちろんですが、職場でミソジニーやセクシズムがはびこっているのはなぜか、という大きな視点で問題の原因を探るべく、さまざまな質問を投げかけました。なかでも、自分と比べて男性のほうが早く昇進しているか、また、自分がなかなか昇進できないのはなぜだと思うか、という質問は必ず聞きました。

――彼女たちの解答に共通していたことや、特に印象的だったことを教えてください。

彼女たちの1日のルーティンが印象的でしたね。劇中でも描かれているように、コーヒーを頼まれたり、上司の子どもの面倒を見たりするのは、決まって女性。性別によって割り当てられる仕事が違い、それが昇進にも影響している、という構造が共通していました。

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女性たちへのリサーチをもとに作り上げられていった、ジェーンの1日のスケジュール。華やかな映画業界のイメージとは程遠く、雑務に追われる様子が描かれる。

――そういった職場での性別役割分担意識は、映画業界に限った特徴なのでしょうか?

映画業界が特に顕著だと思っていましたが、上映後に寄せられたフィードバックにより、ほとんどの業界で同じような文化が残っていることがわかりました。IT、金融、観光業、レストランなど、さまざまな業界で働く女性たちが同様の経験を持ち、普遍的な問題であると痛感しました。

自分の意見を真剣に受け止めてくれるだろうか。そんな不安を、私も常に感じてきました

――監督ご自身は、映画業界に長く携わる中で、そのような違和感や不安を感じたことはありますか?

私自身が被害を受けたことはないけれど、噂話はたくさん聞いてきて、「あの人とは関わらないほうがいい」といった助言を受けたこともあります。本作のためにヒアリングをして、聞いてきた噂は本当だったんだと知り、驚きました。また、彼女たちが日々、漠然と感じている不安には共感しましたね。声を出して意見すること自体や、自分の意見が通るのか、男性のように昇進できるのか、自分という存在を真剣にとらえてもらえるのか…。そういった不安は私も感じてきましたし、作品にも反映しています。

――本作は主人公のジェーンを筆頭に、登場人物の台詞の少なさが印象的でした。会話を最小限に抑えたのは、そういった不安を描くためでしょうか。

台詞を抑えようとは意識していなくて、映画プロダクションで働く女性の1日をドキュメンタリー風に描いたところ、自然と会話がなくなったんです。ヒアリングした女性たちは日々、タスクに追われ、同僚と話す機会もほとんどなかった。ハラスメントが起きていることに人々が気づけなかったのも、そんな環境が影響していると言えるでしょうね。退屈なルーティンをこなし続けていれば、人は鈍感になりますから。

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映画では、ジェーンが早朝に出勤してから夜遅くに退勤するまでの1日を追っている。上司からのパワハラ、地味な雑務、片手間に済ます食事、無愛想な社員とのコミュニケーション…。自分が彼女だったら、何を思いどう行動するだろうか?

――物語をある1日に絞って描いたのには、どんな意図があったのでしょう?

冒頭でも少し触れましたが、私のいちばんの疑問は、ハーヴェイ・ワインスタインのような加害者がなぜ長年にわたって見過ごされてきたのか? ということでした。その原因に劣悪な労働環境があるとわかり、そこで働く人たちの日々をリアルに再現することにしたんです。早朝から深夜まで業務がとめどなく舞い込んできて、何か問題を起こせばすぐさま全社員に知れ渡る。1日に絞る代わりに些細なでき事や心情を丁寧に描くことで、加害者が守られてしまう構造がより明確に伝わると感じました。

――最後に、本作とともに届けたい監督の願いや想いを教えてください。

性差別やハラスメントがはびこる、企業の環境や構造が見直されるきっかけになればうれしいです。実際に、アメリカでの上映後に大企業の上層部の方々より、「部下に対する態度を改めようと感じた」というフィードバックがありました。すべての人が平等な機会を与えられ、意見を言えるような環境が整えられたらいいな、と思います。

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映画『アシスタント』
6月16日(金)より全国公開
配給・宣伝:サンリスフィルム
監督・脚本・制作・共同編集:キティ・グリーン
出演:ジュリア・ガーナー、マシュー・マクファディン、マッケンジー・リーほか
公式HP:https://senlisfilms.jp/assistant/

取材・文/中西彩乃 企画・編集/木村美紀(yoi)