マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所 」。第1回目は、2023年10月5日からドラマがスタートする『天狗の台所』。作者の田中 相さんにお話を聞かせていただきました。

天狗の台所 横井周子 マンガ 田中相

●『天狗の台所』あらすじ●
自分が天狗の末裔だと知らされたアメリカ育ちのオンは、天狗一族のしきたりで14歳の1年間、日本で兄の基(もとい)と暮らすことに。無類の食いしん坊でもある基が、自分で収穫した作物から作る料理はおいしいものばかり。不思議な犬のむぎを加えた二人と一匹の生活を、四季とともに描く。 

寝る前に読んで、穏やかな気持ちで眠れるように

――『天狗の台所』は、コロナ禍中に考えたお話だと伺っています。

はい。実は全然違う案で準備をしていたのですが、コロナ禍になって、そのお話を描ける気がしなくなってしまったんですね。前作『LIMBO THE KING』を読んでくださった方はわかるかもしれませんが、もともと私はサスペンスとかスリラーが好きなんです。でも、コロナ禍と体調不良が重なって、人が死んでしまったりする作品を全然見られなくなってしまったんですよ。

――しんどい時期に受け取れる物語が変わるのは、すごくわかります。

その頃から、農村の日常とか料理を映した動画をYouTubeとかでたくさん見るようになって、「こういうマンガを描けたらいいな」と思ったんです。ハラハラするというよりは、落ち着けるもの。寝る前に読んで、穏やかな気持ちで眠れるマンガを描きたいと考えはじめたのが、『天狗の台所』のはじまりです。 

天狗の台所 田中相 ドラマ アフタヌーン-1

©️田中 相/講談社

――だから『天狗の台所』にはゆったりとした時間が流れている感じがするんですね。

だといいんですけど。世間にはとかく扇情的なものが多いし、私自身もそうですが、刺激的な作品にひかれることも多いですよね。でも今は少しゆっくりしたい。いろんなバイオリズムの中で、今の私のバランスはここなんでしょうね。

――基さんが自分で育てた作物で作る料理の数々もおいしそうで、じんわり温かい気持ちになります。

私自身は、基がしているような丁寧な暮らしは全然送っていないんですけどね(笑)。憧れなんです。 

「美しいもの」と「かわいいもの」を描きたい

――第1話、オンと基さんがキャラメルクルミを作って外で食べるシーンで一気に引き込まれました。作って食べることと、季節。このふたつに注目したのはどうしてですか。

とても美しいと思うんです、季節の移ろいとか料理って。スマホのカメラロールの中身は、その人が美しいと感じるものだと聞いたことがあるんですが、私の場合は食べ物と景色と友人、あとは推しとか(笑)。そういう美しいものを、描いて残しておきたいって思うのかもしれません。私は恋愛ものに興味があまり向かわないので、「描くに値するもの」と考えると、季節や自然や動物がまず挙がります。1話のクルミは、描くのが難しかったです! 

天狗の台所 田中相 ドラマ アフタヌーン-2

©️田中 相/講談社

――『天狗の台所』は、作画もポップですね。

この作品から全部デジタルで描くようになって、描き方も、志向する絵も、すごく変わりましたね。読んだ方にほっとしてほしいのもあって、リアルさは手放してかわいい絵を描きたくて。『天狗の台所』は今まで描いたマンガの中で一番画面を楽しくしたいと思っています。

――オンの目がキラッとしたり、とぼけた表情の基さんが出てきたり。

「ちびキャラ」って呼んでるんですけど、ギャグのシーンで頭身が小さくデフォルメされたキャラが出てくるとかわいいですよね。ちょっとマヌケな感じや隙が出るのもいいなって思って、『天狗の台所』では多めに描くようにしています。でもちびキャラってすごくセンスがいるというか、描くのが難しくて練習してます。和んでもらえたらいいなあ。

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©️田中 相/講談社

憧れを具現化して生まれたマンガ

――物静かで料理上手な基さんと、NY育ちで陽気なオン。天狗の兄弟のキャラクターはどうやって生まれたんですか?

私はプロット(物語の構想)を文章で作るんですが、『天狗の台所』は連載前に何度も練り直しました。最初は天狗の話ですらなかったんですよ。私、『魔女の宅急便』が大好きなんです。映画の冒頭に出てくるキキのお母さんの家が素敵だなとずっと思っていて、そこから「魔女みたいな男の人ってなんだろう?」と考えて山伏から天狗にたどり着きました。

――何百年も天狗たちを見守る不思議な犬・むぎもかわいいですよね。 

編集さんが「犬が喋ってもいいですよね」と言ってくれて、「それいい!」って。基はちょっと不器用な人で、言いたいことしか話さない。むぎが横から解説してくれるので、いてくれて本当によかったです(笑)。もともと動物が大好きなので、賃貸の事情で飼えない気持ちをマンガに描くことで消化しています。この作品は、本当に自分のいろんな憧れを具現化していく中で今の形になったんですよね。

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©️田中 相/講談社

――少女マンガにとって憧れは大切な要素ですが、そのDNAを感じます。 

はい、私は少女マンガにすごく影響を受けていると思います。昨日も、大好きな成田美名子先生の『ALEXANDRITE』を読みはじめたら、(前日譚の)『CIPHER』も読まずにはいられなくなって一気に読みました。 

――『CIPHER』や『ALEXANDRITE』で知ったアメリカ文化のように、『天狗の台所』で描かれる食文化にもときめきます。最新刊となる3巻の「父のブレックファスト」に出てくるアメリカの朝食もおいしそうですね。 

そのシーンには、まさに『CIPHER』への憧れが表れているかもしれません(笑)。『天狗の台所』に出てくる料理は、描く前に一応全部自分で作っているんですが、お父さんのブレックファスト、すごくおいしいですよ。簡単なので、ぜひ作ってみてください。 

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©️田中 相/講談社

ドラマ化と、作品のこれから

――3巻では、オンと基が温泉で手作りのアイスクリームを食べるシーンにも癒されました。 

ああ、このシーン…このマンガは1冊ごとに季節が巡っていくんです。1巻が秋、2巻が冬で、3巻では春を描いています。桜も咲いていて、むぎもかわいいし、気持ちのいいシーンになりました。 

天狗の台所 田中相 ドラマ アフタヌーン-5

©️田中 相/講談社

――14歳の1年間だけという約束ではじまった同居なので、最新刊では少し切なさもにじみますね。

このお風呂の回には今後にもかかわる大事なシーンがあるので、ぜひ楽しみにしていてください。 

――はい! そして、この秋からは『天狗の台所』がドラマ化されます。 

脚本をしっかり読ませていただきました。細かい要望も聞いてくださり、どうしても原作と同じにできない部分はあるんですが、作品を大事にしてくださっているので後はおまかせしています。先日初めて予告編を見せていただいたんですけど、すごくきれいでびっくりしました。私も楽しみにしています。 

――最後に、yoiの読者へメッセージをいただけますか。 

1巻が出たときに、ある読者の方が「天狗の台所、寝る前に心を穏やかにして寝たいから、しまわず手もとに置いておきたい」ってSNSに書いてくださっているのを発見して。その画面をキャプチャーして保存したくらいうれしかったです。社会全体も変化しているし、みんなが大変な時代。私も考えなくてはいけないこと、心配ごと、実践したいことで潰れそうになります。でも、少し息抜きしたいときに、もしこのマンガが助けになれたらうれしいです。

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©️田中 相/講談社

田中 相

漫画家

田中 相

たなか・あい●2010年デビュー。2012年『千年万年りんごの子』(講談社)で第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞受賞。ほかにも『その娘、武蔵』『LIMBO THAE KING』(ともに講談社)がある。現在、講談社の「アフタヌーン」にて『天狗の台所』を連載中。最近は将棋観戦を趣味としている。

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。選考委員を務めた第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッションが公開中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works

天狗の台所 田中相 ドラマ アフタヌーン-7

『天狗の台所』 田中 相 ¥781/講談社(アフタヌーンKC)

取材・文/横井周子  構成/国分美由紀