2023年、気鋭の新人作家に贈られる「すばる文学賞」を受賞、続いて2024年5月に第37回三島由紀夫賞を受賞した、大田ステファニー歓人さん。トリッキーな口語体を繰り広げながら、ドラッグビジネスに手を染める高校生たちを鮮烈に描いた『みどりいせき』は、大きな話題を呼びました。インタビューの後編では、大田さんに、自分を大切にすることや人との関わりについて伺いました。

みどりいせき 大田ステファニー歓人 インタビュー セルフケア 人間関係 すばる文学賞 三島由紀夫賞

大田ステファニー歓人

作家

大田ステファニー歓人

1995年東京都生まれ、東京都在住の作家。『みどりいせき』で2023年第47回すばる文学賞、2024年5月には第37回三島由紀夫賞を受賞。2024年5月に第一子が誕生したばかり。最近では、SNSなどでパレスチナ問題についても積極的に発信している。

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『みどりいせき』大田ステファニー歓人(集英社)
学校になじめず不登校ぎみの高校2年生の「僕」は小学校時代にバッテリーを組んでいたピッチャーの 春と再会し、知らないうちに怪しいビジネスの手伝いをすることに。隠語と煙で充満する隠れ家でグミ氏やラメちたちとつるみ、不健全で抗いがたい、鮮烈な青春にまみれていく——。

人に笑われる前に誰かを笑い者にすることで、自分を守っていた

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——大田さんは過去のインタビューで「人生を豊かにしてそこからあふれてくるフレッシュなものを真空パックにして届けたい。(中略)友達には親切にして、親には感謝を伝え、彼女と同棲を始めた」とおっしゃっていました。人と関わる中で作品のアイデアが浮かんでいるのかなと想像したのですが、これまで人間関係の中でつまずいたり、難しいと感じることはありましたか?

大田さん
 むしろ、つまずいたことしかないですね。学生時代は人のことを見下してたし、話しかけてくんなオーラがあるらしくて、相当とっつきにくかったみたいです。でも、実は傷つきやすいだけで、人に笑われる前に誰かを笑い者にすることで自分を守ろうとしていた時期もありました。必要以上に笑い者にして傷つけまくって、人が離れてやっとそんな自分が嫌になって。それで自分と気の合う人は最低限大事にしようって思うようになったっすね。


あと、自分が傷ついてもいいかなって割り切れるようになったのもあるかもしれない。傷つけられたら「傷ついたよ」って伝えればいいんです。理解してもらえたらその人とそれからもつき合えるし、相手がピンと来なかったら距離を取ることもできるし。

——パートナーのかおりさんの話も、よくされていますよね。パートナーシップを築く上で大切にしていることはありますか。

大田さん
 自分たちはよく話し合いをします。というか、しょっちゅう揉めるんですよ(笑)。それぞれに言い分がある時は言い争いも激しくなるんだけど、ケンカした後しばらくして、冷静な状態で話すようにしています。それで、お互いが何で怒っていたのかを言う。


感情的になっていると相手の言うことがきちんと聞き取れないし、お互いに都合のいい誤解で揉めてる場合もあるし。自分が思ってる以上に強い言葉が出るときもあるから、「さっきはごめん。言いすぎた」って謝る。妻が自分をすべて受け入れてくれる安心感もあるから、正直でいられる感じですね。

人との関わりは鬱陶しいけど、人と関わることでしか生まれないものもある

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——現在28歳でいらっしゃる大田さん。yoiの読者にも、同世代の方が多いです。読者からは、「ライフステージの変化とともに、友達と疎遠になってしまうことに悩んでいる」という声もよく聞くのですが、大田さんが友達関係を育む中で意識していることはありますか?

大田さん
 結婚したり子どもができたり、ライフステージが変化すると、環境が変わって会いづらくなるのは当然のことですよね。でも、「疎遠になるかもしれない」っていう意識を共有している者同士だったら大丈夫じゃないかと思います。少なくとも自分の場合はそうすね。

大学時代は損得勘定で人とのつき合いを考えたし、話しかけてくんなオーラを出してたので、相当とっつきにくかったと思うんすけど、そんな自分ともちゃんと向き合ってくれる人は大事にしたいと思っている。と言っても、大学時代の友達で今でも仲良いのは2、3人で、出会った人全員と仲良くなるなんて無理だし、しようとも思ってない。

そもそも自分は、あんまりたくさんの人と遊ぼうっていうエネルギーがないんですよ。遊びに誘われたら行くけど、こちらから連絡するのは苦手。自分の場合、誘われると3回に1回ぐらい余裕なくて鬱陶しく感じるから(笑)、相手にその鬱陶しさを感じさせていないか心配になっちゃって、こっちからは誘えないすね。

——時々人を鬱陶しいと思いながらも、人との関わりでしか物語を生み出せないとおっしゃっているのが相反するようで、併存している感じがします。

大田さん
 そうっすね。自分の場合は、他人と関わらずに一人で黙々と何かを作ろうとしても、必ず行き詰まるんです。人と関わってるとイラついたり傷ついたりすることもあるけど、そうじゃないと人生のドラマも生まれない。

それから、他人と過ごすと自分自身が見えてくるというのもありますよね。「この人と一緒にいると楽だな」とか、反対に「なんでこの人といるとダルいのかな」と思うと、自分にもそういう部分がないかなと振り返る。「話を聞いてもらえるだけで安心するな」と思ったら、今度は俺も人の話をちゃんと受け止めようと思うこともあるし。

人に対して刃を刺すと、自分にも刺さるっす

——過去のインタビューでは、「自分のことを大切にするようになった」とおっしゃっているのが印象的でした。大田さんにとって自分を大切にするとはどういうことなのでしょうか?

大田さん
 シンプルに自分の「快」「不快」に敏感になること。寒いときに薄着のままでいたら風邪ひいちゃうじゃないですか。そんな感じで不快だなと思ったらその状況を変える。イヤなやつとはつき合わない。自分の場合、イヤなやつでも傷つけるとその後ずっと「傷つけちゃった」って落ち込むんですよ。人に対して刃を刺すと、自分にも刺さるっす。だから、傷つけたくなるぐらい嫌な人とは会わない。人に刃を向けなければ自分にも刺さらない。


自分自身を大切にするようになったのは、まわりから「ストイックだよね」と言われるようになって、これまでは意味なく自罰的で、無意識に自分自身を責めることが多かったと、そう言われて気がついたからです。でも今は、例えば徹夜をしようとしている自分に対して、「別に明日やればいいじゃん」って思えるようになりましたね。ストイックな自分が、寝たいと思ってる自分を大切にしてあげるようなイメージです。


——自分を大切にすることができない、人と比べて自分はダメだと落ち込んでしまう、という人が自分を大切にするためには、どのようなことから始められると思いますか。そんな人に大田さんなら、どのような声をかけますか?

大田さん 自分を無理に好きになろうと思わなくていいと思います。意味なく自己愛デカくしたら成長できない。その代わりに、誰も踏みつけずに楽しく過ごすことを考える。人生の中でそんな時間が増えれば大丈夫なんじゃないかなって思います。

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撮影/Saeka Shimada 取材・文/浦本真梨子 企画・構成/種谷美波(yoi)