2023年6月、父の日にXに投稿されたnoteの「パパと私」というエッセイが「創作大賞2023」でメディアワークス文庫賞を受賞。一躍今をときめく書き手となった伊藤亜和さん。文筆家としての今の心境や家族との関係性について伺った前編に続き、後編では家族にされてつらかったことから自分の心を守る方法などを伺います。

伊藤亜和 存在の耐えられない愛おしさ

伊藤亜和
伊藤亜和

文筆家。1996年横浜市生まれ。学習院大学 文学部 フランス語圏文化学科卒業。noteに掲載した「パパと私」がX(旧Twitter)でジェーン・スー氏、糸井重里氏などの目に留まり注目を集める。各種連載やラジオなどで、物事を独自の視点で表現している。デビュー作は『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)。

話し合いのできる家庭をつくりたい

伊藤亜和 ポートレート

——家族とケンカしそうになったとき、ヒートアップしないように心がけていることはありますか。

伊藤さん:母親も私もヒステリーなタイプなので、何かがあるとどちらかが暴れてしまうんです。特に母親が大暴れしちゃうタイプで。昔、大学の奨学金のことで揉めたとき、わけがわからなくなるくらいヒートアップして、母親が自分の指をドアで挟んでしまって指がとれかけてしまったことがあったんです。そうなったときに話し合いで解決することは私たちには難しいと思って、なるべく怒らせないようにしています。

——家族とのコミュニケーションにおいて、理想や目標はありますか。

伊藤さん:会員制のレストランでアルバイトをしているのですが、家族で来ているお客さんが今日あった楽しいことなどを話している光景に、いつもハッとさせられます。我が家は、爆発型の両親、照れ屋の祖父、そしてちょっと話がかみ合わない祖母…という家族構成なので、話し合いという文化がまったくない。家族で会話を重ねて理解を深めていくというコミュニケーションがうまくとれないので、そういう家族を見ると憧れるし、驚かされます。

私も母親に似て、たまに感情をコントロールできなくなることがあるので、カウンセリングに通っています。それは母親とのコミュニケーションの方法を変えたいからというわけではなく、今後自分が家族を持つことになったら、感情的にならずに話し合いができる環境をつくりたいから、というのが大きな理由です。

あと最近、子どもを褒めているお母さんがよく目に入るようになってきて。それを見て、もし子どもができたらちゃんと褒めてあげられるお母さんになりたいという目標が生まれました。自分の母親のことは、人としてミステリアスで魅力的だと思っているし、とても好きだけれど、私は違うタイプの母親になりたいです。

親を特別視しなくていい。「お母さん」を増やしてみては?

——yoi読者の中には、「毒親」とまではいかなくとも、親が「ちょっとしんどい」と感じる方もいると思います。大人になって振り返ってみると悲しかったと気づく人も。伊藤さん自身、親とのやりとりで「あれ嫌だったかも」と感じた際、どのように心の整理をしていますか?

伊藤さん:大学時代、毎日重い辞書を2冊抱えて、満員電車で2時間近くかけて通学していたのですが、それがすごく体力的にきつくて、貧血で倒れかけたことがありました。そのとき、その大変さに寄り添ってほしいという気持ちで、母親に愚痴をこぼしたら「なに?じゃあ大学辞めるの?」って言われてしまって。

そのときは「そんなことを言ってほしいんじゃない。ただ、大変だねって寄り添ってほしかっただけなのに」って泣きながら外に飛び出したんです。それについて母親が反省している様子もないので、それからはもう何も言わず、一人で気が済むまで泣いて発散する方法をとることにしました。嫌だったことを伝えたところで、もうどうにもならないので。

伊藤亜和 エッセイスト

——母親に「お母さんらしさ」を求めるから、さらにしんどくなってしまうこともありますよね。

伊藤さん:そうですね。私自身、母親のことは人として好きだけど、「お母さん」としてはそこまで愛着があるわけではありません。だから、自分を産んでくれたことに対して、特別視しなくていいというか。“お母さんらしさ”を求めるのに、そこまで労力を使わなくていいと思ってしまうんです。「産んでくれてありがとう!」くらいでちょうどいい。

優しくて面倒見がいいお母さんを求めるなら、実際に血縁関係のある人だけでなくてもいいかもしれませんよね。最近、意識的に「お母さん」を増やすようにしているんです。担当編集者さんだったり、私のエッセイを読んで、それ以来お世話になっているジェーン・スーさんだったり。

みんな少しずつ「お母さん」的な役割をしてくださるので、自分の情けない顔もまわりの人に見せられるようになり、強がっても意味がないんだと思えるようになりました。小さな子どもに戻ったかのように、まわりの「お母さん」たちに靴をはかせてもらったこともあります(笑)。


——母親にしてもらえなかったことを、まわりの方に少しずつしてもらうっていいですね。してもらってうれしかったことで、自分にも取り入れていることはありますか。

伊藤さん:言葉にして感謝を伝えてくれる人や、「今日もかわいいね」って言ってくれる友人、自分を肯定してくれて「今日も素敵だよ」ってさらりと言える人がまわりにいると、心が満たされるのを実感するので、自分もそういうことをまわりの人に言えるようになりたいです。

逆に、負の感情は口に出すとどんどんヒートアップしてしまうので、自分とは異なるキャラクターを憑依させて話すようにしています。「むかちゅく」とか「踏んづけてやるわよ~」みたいに、普段の自分とは違う口調で話すだけでポップな雰囲気になって、笑えてきます。一度笑えれば、負の感情も成仏してくれるはずです。

「親ガチャ」という連鎖を断ち切るために

伊藤亜和 インタビュー

——SNSを中心に「親ガチャ」という言葉が使われるようになりました。親ガチャという言葉を使わなくてはいけない環境にいる方や、その言葉自体に思うことはありますか。

伊藤さん:親ガチャという言葉自体に対して共感したことはないですが、親ガチャって実際にあるよね、とは思います。私の親ガチャは、「開けてみたらヘンな練り消しみたいなのが出てきたんだけど……。何に使うのこれ」みたいな。

実際に深刻な状況に置かれてしまっている方々に、私から何かを言うのはおこがましいのですが、親を親だとそんなに真剣に思う必要はない、ということだけは伝えたいです。

親に「親らしさ」を求めすぎてしまうと、父親があんなだから、母親がこんなだから、私もこうなってしまったんだという方向にどんどん引っ張られかねないので、そこは歯をぐっと食いしばって、連鎖を立ち切れたらいいなと思います。私自身も、強い言葉に頼らずに自問自答できる力を持って生きたいです。

存在の耐えられない愛おしさ 伊藤亜和 エッセイ

『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)

8月16日(金)刊行記念イベント「下北沢とコアファンと女友達」
著者の伊藤亜和さんと、エッセイ内に何度も登場するお友達、「山口」さんとのトーク(公開雑談)イベント。参加者には書き下ろしエッセイをプレゼント。オンライン配信チケットも発売中。

日時:2024年8月16日(金)19:30~21:30
会場:本屋B&B(東京都世田谷区代田2-36-15 BONUS TRACK 2F)
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撮影/玉村敬太(TABUN) 取材・文/高田真莉絵