芸歴13年目を迎えたお笑いトリオ・ハナコの秋山寛貴さんは、意外にも子どもの頃から「人前に立つのが大の苦手」だと言います。そんな秋山さんがお笑いに魅了され、芸人の道を選んだきっかけや、現在もお仕事を続けられている理由はどこにあるのでしょうか。「いまだにMCや司会は苦手です」と語る秋山さんに、人前に立つことについて、お話を聞かせていただきました。

 秋山寛貴

お笑い芸人

秋山寛貴

1991年岡山県生まれ。ワタナベエンターテインメント所属。2014年、同じくワタナベコメディスクールの12期生だった岡部大、菊田竜大とともにお笑いトリオ・ハナコを結成。「キングオブコント2018」優勝。「ワタナベお笑いNo.1決定戦 2018/2019」2年連続優勝。数多くのネタ番組や情報番組に出演するほか、文化放送の「レコメン!」の火曜パーソナリティーを努めるなど、活動の幅を広げている。

子どもの頃から人前が大の苦手。「学芸会の主役」なんてありえなかった

ハナコ 秋山寛貴 インタビュー 人前に立つのは苦手だけど

──先日、エッセイ集『人前に立つのは苦手だけど』を上梓された秋山さんですが、タイトルのとおり、子どもの頃から人前が大の苦手だったそうですね。


秋山さん 本当に小さい頃から苦手でしたね。例えば小学校で、日直になると朝の会とか帰りの会の司会をさせられたりするじゃないですか。ああいうのも嫌で嫌でしょうがなかったです。それから、お盆とかお正月に親戚たちが集まって会話をしている場で「ヒロくんはどう?」と話を振られたりしても、全然喋れないんですよ。自分に注目が集まっていることに緊張してしまって。そのくらいずっと人見知りだった記憶があります。 

──芸人さんを目指すような方は子どもの頃から目立ちたがりなんだろうなと勝手ながら思っていたので、ちょっと意外でした。

秋山さん 僕は心を許しきっている人の前でだけはしゃぐみたいなタイプでしたね。絵を描くのはずっと好きだったので、描くたびに親に見せて、褒めてもらおうとしてましたし。でも、例えば学芸会で自分が主役を演じたいみたいなことはまったく思わないタイプでした。初対面の大勢の人の前で演技をするなんて絶対に無理だなと。そういうのはもう、クラスの真ん中にいるいつものにぎやかなチームでやってください、と思ってましたね(笑)。

「M-1甲子園」でついた“恥ずかしさへの免疫”

ハナコ 秋山寛貴 インタビュー 人前に立つのは苦手だけど2

──そんな秋山さんですが、学生向けのお笑いコンクール「M-1甲子園」に、高校生のときに3回出場されています。お笑いの道に進むきっかけになったコンクールだと思いますが、何故出場しようと思ったのでしょう?

秋山さん 当時からお笑いは大好きだったので、同じくお笑い好きだった同級生が誘ってくれたのをきっかけに、じゃあネタを書いてみようかなと軽い気持ちで応募したんです。ただ、いざ本番前になったら信じられないくらい緊張しちゃって……。人前でネタをしなきゃいけないなんて何かのまちがいだろって思いましたし、後悔しかなかったです。

で、どうにか勇気を振り絞って漫才をしてみたら、面白くないどころか「声が全然聞こえなかった」って客席で見ていた家族に言われて。大失敗でしたね。

でも、数カ月後だったか半年後だったか、それからしばらくたって初舞台のことを思い出したときに、「もう一度出てみたら、客席に声を聞かせるくらいはできるんじゃないか」と思ったんです。思いっきりスベってたらもっと心が折れてたかもしれないけど、そういう折れ方さえ経験できなかったのが悔しいなと思って。恥を一度さらしたことで免疫がついたというか……。


──失敗したからこそ、恥ずかしさに対する免疫がついたと。

秋山さん そうだと思います。それで1年後、「M-1甲子園」に2回目に出場したときは客席に声を届けることだけを意識したんですが、そのせいで僕も当時の相方も不自然な動きになっちゃって。ただ、声は聞こえたよと家族に言われたので、それだけでも自分からしたら大きな進歩だったんですよね。チェックリストにひとつチェックがついた感覚があった。そこで舞台に立つ面白さを感じられたのが、お笑いの道に進もうと思えたひとつのきっかけだったんだろうなと、いま振り返ると思います。

失敗のパターンを経験し尽くしたおかげで、緊張しづらくなってきた

ハナコ 秋山寛貴 インタビュー 人前が苦手 エッセイ

──芸歴13年目を迎えられた秋山さんですが、お仕事でいまだに緊張されることはありますか?

秋山さん 大勢の人が苦手だったり人見知りだったりする根本の性格は変わらないです。ただ、テンパることは減りましたね。人前が苦手な自分の性格を受け入れられるようになってきて、「こういう場面は僕は苦手なので、得意な方どうぞ」みたいなことを思えるようになってからは、そこまで焦らなくなりました。

例えば、コントをつくって演出したり細かいことを考えたりするのは、僕は苦じゃないし楽しいんですよ。一方で苦手なのはMC。ときどきMCを任せてもらうことがあって、うわー下手だなと自分でも思いながらやるんですけど、出番が終わったあとはもっと貢献したかったなと反省しつつ、これは自分の得意分野じゃないからな」とも頭のどこかで思ってますね。反省半分、あきらめ半分というか。

──得意不得意は誰にでもありますよね。ひと言で「人前」と言っても、人によって苦手な人前とそうではない人前もありそうですし。

秋山さん そうですよね。僕の場合、コントは10年以上続けてきたおかげで、役に入ってしまえばほとんど緊張しなくなりました。たぶん、経験していない失敗のパターンが少なくなってきたからなんでしょうね。自分がどんな瞬間に「やばっ!」と焦るかもわかっているので、焦ったとしても「あ、このパターンか」と思えるようになってきた。苦手な場面を経験し尽くしたおかげで緊張しづらくなってきたというのはひとつあると思います。

でも逆に、経験値の低い人前はいまだにめちゃくちゃ怖いです。つい最近は、単独ライブの東京公演が終わって制作チームの20名くらいで打ち上げをしたんですが、その飲み会のシメの挨拶を頼まれて、本当に嫌でしたね(笑)。ライブの打ち上げの挨拶とかパーティーでのスピーチとかって、たまにしか機会がないから経験値が低いんですよね。でも、そういう場が苦手な芸人って意外とたくさんいると思います。

──周りの芸人さんと接していても、人見知りだったり人前が苦手だったりする方は意外と多いんでしょうか?

秋山さん そう思いますよ。うちの相方でいうと、菊田は根っから明るいんですが、岡部はけっこう僕寄りで、シメの挨拶みたいな場では露骨に緊張していることが多いですね(笑)。岡部はトーク番組でも緊張してあたふたしがちなんですが、芸風としてそれが笑いにつながるタイプなのでいいなと。

芸人を見ていて思うのは、人前が好きな人ってやっぱり余裕がありますよね。たとえ緊張していたとしても、それを見ていてこちらが不安にならないというか、どっしりしている。僕は焦っていると「大丈夫……?」と周りから心配されてしまうタイプなので、焦りも緊張も笑いにつなげられるタイプの人は羨ましいなと思います。

どうしても避けられない人前は、まずは“テンプレ”から

ハナコ 秋山寛貴 インタビュー エッセイ

──芸人さんに限らず、社会人として仕事をする上では、「人前に出ること」をできるだけ好きになったほうがいいと秋山さんは思いますか? 


秋山さん 好きになれるならなったほうがいいと思いますけど、根本の性格を変えるのってしんどいですよね。僕はそれを無理に変えようとするくらいなら、自分にとって苦じゃないことを探して、そっちを頑張ればいいと思うタイプです。


ただ、どうしてもやらなきゃいけないときもあるじゃないですか。会社員の人であればプレゼンとか会議の進行ですかね、そういう機会から逃げられないことも時々あるから……。例えば僕の場合は、自分が仕切らないといけないときは、一旦“テンプレ”でいいかなと割り切ってやってましたね。 


──テンプレでいい、というと?

秋山さん 得意な先輩方の映像を見返して、まずは割り切ってこれを真似ようと。進行中って、予想外のタイミングで言葉に詰まったりするんですよ。「あれ、こういう場面ってなんて言って締めるんだっけ?」って急にわからなくなったり。そういう焦りを何度か経験したので、まずは真似からでいいやと思って、仕切りが上手な人がクッションとしてよく言っているフレーズをまるまる使わせてもらったりしてましたね。 


──なるほど。最初は秋山さんのように、「上手な人の振る舞い方をそのまま真似よう」と心がけるだけでも少し緊張しづらくなるかもしれませんね。 


秋山さん そうですね。まずはある程度の量をインプットすると自分の手札も増えてくるので、それだけでちょっと安心できる気もしますし。苦手だけどどうしても人前に出なきゃいけない、という機会があるときは試してみてもいいやり方じゃないかなと思います。

撮影/酒井優衣 スタイリスト/川崎英治 構成・取材・文/生湯葉シホ 企画/福井小夜子(yoi)