河合優実さんの主演でも注目を集め、2024年に大きな共感を呼んだ映画『ナミビアの砂漠』の監督・山中瑶子さん。「以前は自分の思考にがんじがらめになっていた」と語る山中さんが最近手放したものとは? 現在27歳の山中さんの“今”を伺いました。

山中瑶子 インタビュー ナミビアの砂漠

山中瑶子
山中瑶子

1997年、長野県生まれ。自主制作した初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017で観客賞を受賞。最新作『ナミビアの砂漠』がカンヌ国際映画祭の監督週間に出品され、女性監督として史上最年少で国際映画批評家連盟賞を受賞。その他、数々の映画祭にノミネート、受賞している。

マイルールを手放したことで見えてきたもの

山中瑶子 映画監督 ナミビアの砂漠

——初監督作品から最新作まで、山中監督の作品は国内外で広く評価されています。『ナミビアの砂漠』について、周囲からの反応はいかがですか?

山中さん:
本当にいろいろな方から「観たよ」と言ってもらえて、広く届いたんだなと思えました。作品を観てエネルギーをもらえたと言ってくれる人もいるし、逆にエネルギーを浴びすぎたのか、鑑賞後「疲れた」と言っている方もいて、面白いなと。観た後に走ったり作ったりしたくなった、というアクティブな感想もあってうれしいです。

以前は、自分の考えとまったく異なる解釈をされていたら訂正したい気持ちがあったんですが、今はよっぽどのものじゃない限り気にならなくなりました。い意味でどうでもよくて、作品と適度な距離がとれてきたんでしょうね。

——『ナミビアの砂漠』の主人公・カナは、七転八倒しながらも、したいと思ったことに一直線に行動する人として描かれていますが、山中監督自身はいかがですか。

山中さん:
気を抜くと狭く深く考え込んじゃうタイプなんです。でも最近は、以前よりものごとを広くとらえられるようになってきていると思います。自分の思考にがんじがらめになってしまって、ずっと同じ場所に留まっていることは、あまり誰にもいい影響を及ぼさないのではないかって気づけたんですよね。

以前は4手先くらいまで予想して、人と会話をしていたので、疲れ切っていたんです。でもそれって、自分のコントロールの範疇に相手を入れているってことにもなりますし、傲慢ですよね。相手の気持ちを慮ったつもりで先回りして行動する、ということをやめてみたら、だいぶ生きやすくなりました。

——経験を重ねると、いい意味で小さなことは気にしなくなっていく気がします。

山中さん:
子どもの頃から「これはやらない」というような“マイルール”をたくさん持っていました。でもコロナ禍で仕事がストップして長い休暇を得たのをきっかけに、「そもそもこれってなんのためのルールだったんだっけ?」って、一度見直してみたんです。そしたらどれも大したことではなかったので、今はどんどんマイルールを手放している最中です。

——どんなマイルールをお持ちだったんですか?

山中さん:たとえば、メイク表面的他者からの評価につながる行為だから無駄だと思っていたんです。何のために1時間もかけてメイクするの? そのぶん寝たいって。だから、メイクやスキンケアにお金や時間はかけないというマイルールがあったんです。

でも、そもそも自分がわからないものを無駄だと思い込んでいるのはどうなんだろう?と気づいたんです。自分の気分がアガるからメイクするという人もたくさんいるでしょうし。

そしたら友達と話していて「メガ割」とか、「レチノール」とか、今まで聞いたことないワードが飛び込んできたことに興味がわいてきて、ちゃんとスキンケアをはじめてみたら、意外と楽しいし癒される

これまで拒否していたものが、自分の中に入ってくるということは意外と気持ちがいいなと気がついて。10代の頃から「私ってこういう人間なんです!」と温めてきたものを壊す作業をしています。

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山中瑶子 映画監督 ポートレート ナミビアの砂漠

自分の機嫌は自分でとらなきゃいけないって本当?

——過去のインタビューで「なんで自分の機嫌を自分でとらないといけないことになっているのか。とらなくてもいいのでは」という旨のお話をされていたのが印象的でした。どのようにしてこの考えに行き着いたのでしょうか。

山中さん:
私の母親が、不機嫌を隠さない人で。こっち(子ども)にそれが来るのは理不尽だなぁと思うことも多かったのですが、でも彼女が不機嫌でいてくれたからこそ、何を考えていたのか今になってよくわかるというか。

父親が家庭に不在であること、自分の人生を生きられないこと、それって本来母だけの問題ではなく、社会の問題なんです。でも、「自分が子ども産んだんでしょ」って言われて見放されてしまう現状がありますよね。

皆が自分の機嫌を自分でとる社会になってしまったら、まわりの人とのコミュニケーションが生まれず、相互理解が深まりません。それは自己責任論者を喜ばせるだけのような気がするんです。「自分が欲しくて子どもを産んだんだから、ワンオペでも文句言うな。みんな大変なんだからまわりに頼らず頑張ってよ」って考えにつながってしまうというか。

そもそも人って自分という存在をそこまできちんと理解できていないですし、個人の苦しみは自分一人に還元せずに、まわりの人と共有していけるほうが世の中がよい方向に進んでいくのではないでしょうか。

——山中さんは苦しみを感じたら、どうしていますか?

山中さん:無理に悲しみや苦しみを見ないようにしたり、小さなものにせず、「本当につらい!」という感情が自分の中にあることを認識して受け止めます。ノートに思っていることを書き出して気持ちを整理する、みたいな方法もありますけど、いっぱいいっぱいのときに私はそんなことできなくて。

だから、布団の中で丸まって過ごしていますね。あとは、たくさん泣きます。昔から大きなストレスを感じると勝手に涙が出ていたんですが、自分の感情を見つめるようにしてからは、あまりそういうこともなくなって。でも本当に泣きたいときは、思い切って泣くだけで、落ち着きますね。

撮影/松本直也 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子