NHK連続テレビ小説『虎に翼』をはじめ、アロマンティック(他者に恋愛感情を抱かない)・アセクシュアル(性的に他者に惹かれない)を描いたドラマ『恋せぬふたり』など、今の社会にもつながっている社会のさまざまな問題や、社会ではいないことにされがちな人たちに光を当ててきた、脚本家の吉田恵里香さん。物語を紡ぐうえで大切にしていることを伺いました。
NHK連続テレビ小説『虎に翼』
2024年4月〜9月放送。日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、一人の女性の実話に基づくオリジナルストーリー。伊藤沙莉演じる猪爪寅子とその仲間たちが、困難な時代に立ち向かい、道なき道を切り開いてきた情熱あふれる姿を描く。
ヒロインは笑わなくて、利己的だっていい
——吉田さんの中に、描きたい女性像というのは、はっきりとありますか?
吉田さん:そうですね。朝ドラのヒロインのイメージとして、特に普段朝ドラをご覧になっていない方は漠然と“いつもにこにこ笑っていて天真爛漫”というものがあると思います。そういうテンプレートから離れた真逆のヒロインを描きたいと思っていました。
笑わないし、自分の意見をはっきりと言う、感情を剥き出しにするし、野心もある。そして利己的でもある。そんな性格の女性が主役であることに意味があると感じています。今まで敬遠されてきた女性を描いてみたいという気持ちはずっとありますね。
——『虎に翼』の主人公・寅子の行動や言動に否定的な意見も散見されました。現代においても、はっきりと意見を言う女性は大人気ないとされてしまうような風潮を少しでも変えていくためにはどうしたらいいでしょうか。
吉田さん:私自身は、声をあげようとしている人、実際に声をあげて行動している人を否定せずになるべく賛同し、手を取り合うようにしています。100%意見が一致しなくても、声をあげてくれていることを重要視しています。
もちろん「この人の言い方、感じ悪くて少し嫌だな」と思うこともありますが、人間誰だって間違えることはあるし、間違うことで成長していくので、寄り添うべきかなと。
先日、私が行ったヘアドネーションも、「そんなことをしても意味がない」とか「髪が余っていて手間を増やしているだけだ」という批判もあります。でも批判をしている人たちを気持ちよくさせても意味がないから、私は自分の意思でやるほうを選びます。
寅ちゃんが生きた時代と今はリンクしている
——『虎に翼』の感想はリアルタイムでチェックされていましたか?
吉田さん:放送中はあまりエゴサーチをしないようにしているんです。批判的な意見を読みたくないというのではなく、応援してくれている人たちの意見や希望を知ってしまったら、無視できなくなってしまうので……。
放送終了後に読んだ「学歴のある人が優れているという話になりすぎてしまっていたのでは」という意見は、印象に残っています。私としてはそうならないようにさまざまな登場人物を描いてきたつもりでしたが、もっと物語を広げる必要があったのかもしれません。
昭和に存在していた社会問題は、現代にもつながっているということに重きを置いていたので、物語にカタルシスをあまり持たせてはいけないという気持ちがありました。観ていて気持ちのいい話にしすぎてはいけないのではないだろうかと。
でも、人それぞれエンターテインメントに求めるものが違うので、どのバランスが正解だったのかは、今でも悩み、考えています。2024年の私にはこれがべストだったけれど、3年後はどうかわからない。もしかしたら違うものが見えているのかもしれないです。
——男女差別の問題など、物語に登場するトピックの多くが、今を生きる私たちにも共通していることにグッとくる反面、現在まで改善されていないことも多くあるのだなと暗澹たる気持ちにもなりました。
吉田さん:当時のことを調べれば調べるほど、今と変わらないことが多いことに気づきました。作品でも女性が検事や裁判官をするのは難しいのではないかと言われる描写を入れましたが、寅ちゃんたちの晩年(1970年代後半から1980年代前半)には、「男女平等なんて無理があるのではないか」という揺り戻しがすごかったらしいんです。
別の国の話ですが、アメリカでは人工中絶の権利が脅かされていますし、現代でも揺り戻しが起きてしまっています。だからこそ、特に物語の後半では、ドラマの時代と現代はリンクしていることを強く意識して描きました。
エンターテインメントの中で、社会問題を扱う決意
——吉田さんは以前から、「エンターテインメントの中で、社会ではいないことにされがちな人たちに光を当てていきたい」という旨の発言をされていらっしゃいます。そう思われたきっかけを教えてください。
吉田さん:学生の頃は今みたいにNetflixなどのサブスクがなかったので、TSUTAYAで海外ドラマを片っ端からレンタルして観ていたんです。当時から海外のドラマには、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが登場していましたし、人種もバラバラ。そこにすごく魅力を感じました。
一方、日本のドラマは文化的背景が大きく違うとはいえ、ごく一部の人たちしか出ていないことにじわじわと疑問を抱くようになっていきました。 当時の肌感ですが、海外のものは社会派と銘打っていないドラマでも、当たり前のように家族や宗教の問題を描いていたように思います。そのことに惹きつけられましたし、大きな影響を受けていると思います。
社会的な問題をシリアスに描くことだけが正解ではない。あくまでもエンタメの中で、描くことが私に向いている気がします。さらに言うなら、シリアスが上で、ラブコメが下、というヒエラルキーにも一石を投じたいです。
——吉田さんが、作品の中で光を当てている対象は、ドラマ『恋せぬふたり』で描いたアロマンティック・アセクシュアルの方々だったり、同性愛者の方々だったりとさまざまです。マイノリティの方を描く際に意識していることはありますか。
吉田さん:思い込みで描かないということが大前提。ある程度知識を持っていると思っていることこそ、よく調べますし、当事者の方々にお話を聞いて、監修に入ってもらうこともあります。思い込みで描くと、どうしても自分の都合でキャラクターを動かしてしまうので。
——マイノリティの方に光を当てる一方で、エンターテイメントとして利用してしまっているのではないかというジレンマはありますか。
吉田さん:それはもちろんあります。マイノリティの方に限らず、物語を作る行為は、搾取の構造から抜け出せません。その中で、いかにマイナスの面を減らせるのかは常に意識しています。決してすべての人を救うことはできないけれど、観ていて嫌な気持ちにはならない物語を作っていかなければいけないと思っています。
——最後に「yoi」読者に向けて、ぜひエールをお願いします。
吉田さん:20代後半から30代って、まわりの友人たちのライフスタイルもどんどん変わっていくし、生きづらさを感じる時期ですよね。そもそも女性ってだけで、いろんなことのあいだに挟まれてしんどい思いもすると思います。
私から言えることは、失敗や後悔は100%するので(笑)、そこは恐れずにいてほしい。同じ後悔でも、人に言われてしぶしぶやったことで後悔するのと、自分が選択したことで後悔するのではまるで違います。
自分が決めて、正しいと思ったことで多少叩かれても反省できるので、意外とダメージは少ないもの。どんなことでも自分の意思を大事にすれば、悔しくて悪夢にうなされるようなことは減ると思います。
撮影/SAKAI DE JUN 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子