繊細な感情の揺れを、リアルな演技表現で魅せる俳優の芳根京子さん。6年ぶりの舞台出演となる『先生の背中〜ある映画監督の幻影的回想録〜』では、昭和の映画界を舞台に、とある“先生”を取り巻く女性の一人を演じます。緊張と期待が交錯する今の心境を伺いました。
俳優
1997年、東京都出身。2013 年にドラマ 『ラスト♡シンデレラ』 で俳優デビューを果たす。その後、連続テレビ小説『花子とアン』 (2014・NHK)や『表参道高校合唱部!』(2015・TBS)に出演し注目を集め、2016 年に連続テレビ小説『べっぴんさん』(NHK)でヒロインに抜擢され る。2018 年には映画『累-かさね-』、『散り椿』での演技が評価され、第 42 回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近年の主な 出演作に、【舞台】『幕が上がる』(2015)、『母と惑星について、および自転する女たちの記録』(2019)【映画】『カラオケ行こ!』(2024)、『雪の花ともに在りて』(2025)、【ドラマ】『波うららかに、めおと日和』(2025・CX)『まどか26歳、研修医やってます!』(2025・TBS)など。
舞台は6年ぶり。自分の経験値をさらに高めるチャンスだと決心しました

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——6月8日よりPARCO劇場で幕を開ける舞台『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』。日本が誇る名匠・小津安二郎監督をモデルとした“先生"と、彼を取り巻く5人の女性との繊細な人間模様が描かれます。本作で重要な役どころを演じられますが、出演が決まった際の心境は?
芳根京子さん(以下、芳根さん):以前出演させていただいた舞台で「やりきった」という気持ちがあったんです。でもきっとその当時は、舞台が得意なのか不得意なのか、まだはっきりわかっていなくて。その後、映像作品への出演が増えてきて、2年ほど前から「新しいことに挑戦して、経験値を上げたいな」と思うようになっていったんです。
この『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』のお話をいただいたのはそのタイミングです。中井貴一さんが主演、行定勲さんが演出を務められて、そして以前共演させていただいたキムラ緑子さんも出演されると聞き、ぜひもう一度舞台に挑戦したい!と心に決めたんです。
——今回、芳根京子さんは、主人公の小田昌二郎(演:中井貴一)が娘のように思う食堂の看板娘・幸子を演じられますね。お芝居をされる際に楽しみにしていることはなんでしょうか?
芳根さん:やはり小田昌二郎を演じる中井さんとの二人だけ、じっくりと向き合うシーンが多いことだと思います。映像作品では味わえない時間をこれから過ごせると思うと、稽古期間も含めてワクワクしています! もちろん緊張もしていますが、稽古の雰囲気も含めて、新鮮な気持ちで臨みたいですね。今回の舞台の出演者の中では若手だからこそ、先輩方の背中を見て学び、追いかけたいと思っています。
そして、やはり昭和を舞台にしていることも楽しみのひとつ。今出演しているドラマも含めて、今年は昭和という時代と深くかかわることが多い一年だと思います。作品を通じて、昭和の空気を目いっぱい楽しみたいです!
——中井貴一さん演じる小田とのシーンをはじめ、作中では一対一の掛け合いが多く描かれていますよね。
芳根さん:台本を読んでいて、“こう進んでいくのかな”と想像するんですけど、それが稽古や本番でどう裏切られていくのかも楽しみなんです。その瞬間にしかない空気を大切にしたいし、温かいシーンが多いので、その“ぬくもり”をしっかり味わいたいなと思っています。 自分の心がどう動くのか、1ケ月、2カ月と続けていく中でどう変化していくのかも楽しみです。
話は変わるんですが、最近南部鉄器にハマっていて(笑)。使い続けることで少しずつ色や質感が変わっていく、その“育つ感じ”に魅力を感じていて。舞台もきっとそれに似ているのかなと感じるんです。時間をかけて、大切に育てていけたらと思っています。
——今作の主人公のモデルである小津安二郎監督の作品で好きな作品はありますか?
芳根さん:小津安二郎監督の作品には“日常を淡々と描く”という場面が印象的に思いました。日常の中のちょっとした出来事がすごくリアルで、「そうそう、人間ってこういうところあるよね」と気づかされることが多いんです。今はスケールの大きな作品もたくさんありますが、小津監督の作品はいつも日常に寄り添っていて、時代が違うだけで、描かれている感情や関係性は今と変わらない、そんなふうに感じさせてくれます。

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——今回舞台に出演される俳優の皆さんは錚々たるメンバーですね。共演者の方々とは、稽古前に何かコミュニケーションは取られましたか?
芳根さん:中井貴一さんとは、稽古前に別の撮影スタジオでご挨拶する機会があったのですが、その際に「体調に気をつけてね。体が本当に大切だから」と優しく声を掛けていただいて。その優しいお気遣いにとても感激しました。
今回ほとんどの方と初共演なので緊張しているのですが、キムラ緑子さんがいらっしゃるということがとてもうれしくて、うれしくて! 以前共演した際は怖いお母さん役だったので、また違う世界線で一緒に舞台の中で過ごせることを楽しみにしています。プライベートでも食事に連れて行ってくださったり、とても大好きな先輩です。

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当たり前に過ぎる日常にこそ、変えられない魅力がある
——芳根さんが今回舞台で演じる幸子にとって、中井貴一さん演じる小田はどのような存在だったと思いますか?
芳根さん:新しい世界を見せてくれた恩人、でしょうか。恩人と呼べる存在って、人生の中でもそう多くはないと思うんです。今回の作品のように、もしその人に出会っていなかったらどうなっていたんだろう……と感じるような人との出会いって、実際にはその瞬間にはなかなか気づけないものなんですよね。
日常って、当たり前に流れていくからこそ、時間がたってふと気づくことがある。そんな気づきを、舞台上でどう感情として表現していけるのか、今からとても楽しみです。
——10代の頃から芸能界の第一線で活躍されてきた芳根京子さん。芳根さんにとっての恩人はいらっしゃいますか?
芳根さん:10代の頃から7年間お世話になったマネージャーさんは、大喧嘩するほど私に真剣に向き合ってくれました。まだ未熟だった私に対して本気で怒ってくれたこと、あの時はわからなかったけど、今になってすごく感謝しています。
そのときの言葉が今の自分のやる気につながっていたり、人としてのベースを作ってくれたんだなと思うんです。“ちょっとやそっとじゃ折れない心”や、“足りない自分をどう埋めるか”と考えるメンタルの強さも、あのとき厳しく接してもらった経験から培われましたね。
——演出を手がけられた行定勲さんについての印象はいかがですか?
芳根さん:どの作品でも、女性を本当に美しく描かれている印象があります。今回の舞台では、さまざまな個性の女性5人をどのように表現されるのか注目しています。行定監督とは映像作品ではご一緒したことがなかったのですが、舞台という形で全力を出せることもすごくうれしいですし、今回参加したいと思った大きな理由のひとつです。
——6年ぶりの舞台ですが、お芝居の稽古への取り組み方、監督やスタッフの皆さんとのコミュニケーションはどのようにされていますか?
芳根さん:演じるにあたり、疑問やモヤモヤが残ったままにしないように、わからないことがあれば監督やスタッフの皆さんに積極的に質問しにいって解決し、ブラッシュアップしたいと思ってます。そのためにも作品以外の話も含めて、自分がどういうタイプなのかを知ってもらえることが大事だと思っています。
私は器用なタイプではないので、監督やスタッフの皆さんが私のことを理解してくれているという安心感が、演じるうえでとても大きいんですよね。普段の何気ない会話から関係性が深まっていくことで、演出の意図もより理解しやすくなる。だからこそ、何気ない時間や会話もすごく大切にしたいです。
舞台『先生の背中 ~ある映画監督の幻影的回想録~』

パルコ・プロデュース2025『先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~』
6月8日(日)~29日(日)東京(PARCO劇場)、大阪、福岡、熊本、愛知にて上演
作 鈴木聡
演出 行定勲
出演 中井貴一、芳根京子、柚希礼音、土居志央梨、藤谷理子、升毅、キムラ緑子 ほか
撮影/Tomoyo Tsutsumi(ende) スタイリスト/杉本学子(WHITNEY) ヘア&メイク/猪股真衣子(TRON) 構成・取材・文/岡島みのり