宝塚歌劇団星組のトップ娘役を約5年間務め、2024年12月に退団した舞空瞳さん。幼い頃から大ファンだったという宝塚の舞台を退くことを決断した理由や、新境地に一歩を踏み出す今の気持ちを語っていただきました。

“舞空瞳”ではない自分の時間も大切にしていきたい

——2024年12月に、9年間在団していた宝塚歌劇団を卒業された舞空さん。退団を決めたのはいつでしたか?
舞空さん:私は幼い頃から宝塚の大ファンで、ずっと舞台を見てきたので、娘役のトップに就任後は次が卒業ということも理解はしていました。とはいえトップになってすぐに卒業を意識したわけではないですし、昨日の公演よりも今日の公演をよくしたいという気持ちで毎日、芸事に向き合っていました。
ただ、芸事はゴールがない世界なので、舞台人としての自分に満足できる日は永遠に訪れない。どんな自分だったら大好きな宝塚を卒業する決断ができるんだろう?と考えていくうちに、私が尊敬する宝塚の創設者、小林一三先生に、心の底から「宝塚に入れていただき、ありがとうございました!」と言い切れる自分になれたら卒業しようと決めました。
——宝塚の大ファンであるからこそ、卒業したくない、娘役を手放したくない、といった気持ちになることはありませんでしたか?
舞空さん:娘役を極めた方々に憧れて入ったファンの一人として、限りあるからこそ美しいものもあると思っていました。私にとっては、5年間も礼さん(現星組トップスター礼真琴さん)の相手役を務めさせていただき、その時間は、私の宝塚人生はもちろん生涯の中でもすべてといえるほど尊い時間になると確信できました。だからこそ、悔いなく次のステップに行こうと決断できたのだと思います。
——現在は栄養学の学校に通っていらっしゃいますが、退団後の人生については、いつ頃から、どのように考えていましたか?
舞空さん: 在団中は毎日を必死に生きていたので、それ以外のことを考えられなくて、初めてちゃんと考えたのは退団発表をしたあと。次の人生を歩むってことは、次にすることを決めなきゃいけないよね、と。でも、やりたいことが見つからなくて……最後の公演中も悩み続けて、決まっていませんでした。
——舞台や映像作品などで活動する道を選ばなかったのは、なぜでしょうか。
舞空さん:私が突き詰めてきた“舞空瞳”は、宝塚の娘役として作り上げた人物なんです。本名の自分が娘役に憧れて、舞台の上では舞空瞳として役の人生を生きてきた感覚。だから、今は本名の自分にフォーカスを当てて育てていきたいなって。そうすることで自分の人生がより豊かになるんじゃないかと感じて、“舞空瞳”ではない自分の時間も大切にすることを選びました。

自分らしさを探している旅をしている感覚
——本名の自分として生きると気持ちを切り替えることは、難しくはなかったですか?
舞空さん:想像していたよりも難しくはなかったです。宝塚に対して、そして娘役に対して、やり切った!って心から言い切れる、悔いのない状態だったからだと思います。そう思えたのは、まわりの人やファンの皆さんが自分の決断を受け止めて、背中を押してくれたからです。
「ここからが第二の人生」という感覚もありますが、同時に、娘役としての自分が頑張ってきたから今があるとも思うんです。本名の自分を育てながら、将来的には“舞空瞳”と一緒に次のステップに行きたい。今は自分を見つめ直して、自分らしさを探している旅をしているような感じです。
——こんな自分もいたんだ!という気づきはありましたか?
舞空さん:今はまだ、宝塚時代の生活の影響を感じることのほうが多いかもしれません。例えば、予定がない日が耐えられないんです! 稽古と稽古の合間にセリフを覚えたり、限られた時間の中でタスクをこなすために常に計画的に行動していた生活が、抜けていないんですよね。
この日、予定がないなって気づいたら、何かできることを考えて入れちゃう。なんだか、泳ぐのを止められないマグロみたいだなって(笑)。そんな私らしさに気づけたのも、退団して自分を客観視することができるようになったからだと思います。
——日々の中で、「自分はもう“舞台の上”にいないんだな」と実感する瞬間はありますか?
舞空さん:今は、朝早く起きて学校に向かう毎日。満員電車に乗って通学しているとき、“舞台に出ていたときとは全然違うな〜”という気持ちにはなります(笑)。 宝塚時代の仲間の舞台を見に行くこともありますが、もともと宝塚が純粋に大好きだった気持ちがそのまま継続して、ファンに戻った気分ですね。寂しさよりも懐かしさに近くて、宝塚はずっと私の側にいてくれる存在です。
やらないで後悔するよりは、やって後悔しよう!と考える

——何かをやめて新しい環境に飛び込むことに不安を感じたり、怖くて躊躇してしまったりする人は多いはず。そういった人に、どんな言葉をかけたいですか?
舞空さん: 何かを決断するとき、やらないで後悔するよりは、やって後悔しよう!と考えるようにしています。もちろんトライすることが怖い気持ちも、痛いほどわかります。私自身、いつでも“よし、やるぞ!”とポジティブに取り組めるわけではないし、一歩踏み出すまでにすごく時間がかかったりもするので。
どれだけ悩んだり躊躇したりしてもいいから、心の準備ができたら、勇気を出して踏み出すことが大事なのかなって。心の声を聞いて、後悔しない選択をしてほしいなと思います。
——“やらないで後悔するよりは、やって後悔しよう!”という精神は、どこで身についたのでしょうか。
舞空さん: やっぱり、宝塚ですね。舞台は、自分の状況を問わずに毎日やってきます。ひとつの舞台を一回しか観られないお客様もいらっしゃるので、一回一回をしっかりやり切らなければいけない。自信がないとかは言っていられないし、やるんだ!と思って生きてきたら、自然と身についていました。
もちろん 、挫けそうになることもありました。在団中も、思うように成長できない自分に対して悔しい思いをたくさんしましたが、同時に、できないことから逃げないことも学びました。 それを身近で体現してくださっていたのが礼さん。諦めずに、つねに自分を超えるために挑戦し続ける姿を見て、たくさん刺激を受けたからこそ、自分も逃げずに前を向けたと感じています。
——それぞれの道に進んでご活躍されている先輩方と自分を比べてしまったり、それによって自分の選択に不安を抱いてしまったりすることはありますか?
舞空さん:もちろん、まったくないわけじゃありません。人と比べて自分の幸せを測ったり、前の自分と比べて今の幸せを測ってしまうことも……。情報に溢れている環境で生きる中で、マイナスな影響を受け取ることもあれば、プラスの影響を与えてくれることもある。心に余裕がないとマイナスに受け取りがちだし、自分を守るために、すべての情報や影響を遮断したいと感じてしまうこともありますね。
でも、そうするとプラスの影響も弾いてしまい、自分で自分の可能性や成長を止めてしまう。そう気づいて、それはしたくない!とも思いました。自分とは違う道を歩む人から刺激を受けたり、アイディアをもらったりといったポジティブな影響をしっかり受け取ることができたら、人生がより豊かになると感じますし、そうするように心がけています。
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撮影/東京祐 ヘア&メイク/岡田知子 スタイリスト/大園蓮珠 取材・文/中西彩乃