「人生の3分の1は睡眠時間」という言葉が示すとおり、私たちは人生の多くの時間を眠りに費やしています。眠りへの関心がますます高まるなか、最近話題となっているのが“寝香水(ねこうすい)”。出かける前にファッションの一部としてまとうのではなく、ベッドの上でゆっくりと過ごす自分だけの時間に優しく寄り添う、癒しの香りです。今回yoiでは、“寝香水”の知られざる魅力をご紹介。全国の香水ファンから絶大な支持を得る、京都のフレグランス専門店「ル シヤージュ」の米倉さんに、香りと眠りの関係を伺いました。
- 「ル シヤージュ」の米倉新平さんが語る、香りの役割って? 寝香水の正体を探る
- 自分だけのとっておきの“寝香水”の見つけ方とは?
- 香りのスペシャリスト、米倉さんがセレクトするとっておきの寝香水3選
- 明日の気分をエナジャイズしてくれる香り
- (左)「LES SOEURS DE NOE(レ スールドノエ)」の 『OUD ROSE(ウード ローズ)』
- 心身ともに疲れ切ってしまった日の香り
- (中)「ELLA K(エラ ケイ)」の『カラハリの叫び』
- ドラマティックな夢を見られるかもしれない香り
- (右)「MARK BUXTON PERFUMES(マーク バクストン パフューム)」の『Dreaming with ghosts』
「ル シヤージュ」の米倉新平さんが語る、香りの役割って? 寝香水の正体を探る
米倉さん:香水というと、出かけるときや、おしゃれをするときのものと思う方が多いと思います。でも、実はフレグランスが持つ役割はそれだけではないんです。僕が手がけるショップ「ル シヤージュ」でもご案内しているのですが、香水を使う理由、役割は3つあります。それは、「コミュニケーション(Communication)」「セラピー(Therapy)」「セダクション(Seduction)」。“寝香水”をはじめとした、シーンに合わせて香水を選ぶことを考える際に重要なキーとなるので、ご紹介しますね。
まず、「コミュニケーション」としての香水。これはファッションやヘアスタイルと同じような自己表現の方法のひとつです。日本ではなかなか浸透するのに時間がかかる思いますが、欧米圏ではキスやハグなど身体距離が近い挨拶の方法が主流です。その際に、「相手に自分がどのような人間か」を伝えるためにフレグランスを使うことが多いのです。日本でも「自分を象徴する唯一無二の一本を選びたい」と考えて香水を買い求められる方が増えてきていますが、それもこの「コミュニケーション」としての香水のひとつだと思います。
ふたつ目は、「セラピー」としての香水。今回のテーマである就寝時のための香水、“寝香水”もここに入ります。香りにリラックス効果を求めたり、自分の心に働きかけてモチベーションを上げたり……。心身にポジティブな効果もたらすいい香りのことですね。自分がご機嫌で、心地いい気分で過ごせるフレグランス。お気に入りの服を着てワクワクしたり、勝負服を着て、「よし今日も仕事を頑張るぞ!」と思う感覚に近いのではないでしょうか。
「セラピー」っていうのは自分が心地いいと思うものを探ること。例えば、「Aさんにとって心地いいというシチュエーションや香りは、Bさんにとってもそうである」というわけではないですよね。十人十色、それぞれが気持ちいいと思える香りをまとうことが大切なんです。“寝香水”というお題をひとつ掲げても、ウッドノートから、ずっしり重いグルマン系の香調まで、多種多様なタイプが上がってもいい。自分が居心地よくいられる香りが「セラピー」なのだと思います。
最後は、「セダクション」としての香水。直訳すると「誘惑」という意味になります。これは先にあげた、「コミュニケーション」と「セラピー」を組み合わせ、より強くしたものです。仲を深めたい意中の方や、パートナーの方にアピールとして用いる香りを示します。少しセンシュアルなムードのあるフレグランスの選び方ですね。“寝香水”もここに一部含まれることもあると思いますよ。
“寝香水”のように、香りに役割を与えたり、シーンに合わせて選んだりするのはとてもいいと思います。眠るときだけでなく、運動、仕事、デート、コンサートに行く場面や、春夏・秋冬などシーズンに合わせるのもより豊かなフレグランス経験ができると思いますよ。自分で香水に役割を与えるのって楽しいと思います。最近、“寝起き香水”っていうのも面白いんじゃないかなと思ってます。朝起きたら、コレをワンプッシュ! という感じで習慣にするんです。よくある“寝覚めの一杯”みたいな感じで。
自分だけのとっておきの“寝香水”の見つけ方とは?
先ほどお伝えした通り、癒しは千差万別のため、寝香水におすすめの香りのトーンを決めきるのが難しいんです。自分の気分がグッと上がれば、どの香りも“寝香水”に適していると言えると思います。なので、今回のおすすめは香水選びの参考、ナビゲーターのようなものと思っていただけたらと思います。
まず、挑戦してほしいのが、森林のようなイメージや、柔らかな甘さがある香り。お香文化との距離が近い日本人の方にはインセンスのような香調もおすすめです。また、1本目の“寝香水”を選ぶ際は、強すぎる香りを避けるといいと思います。パワフルなアニマリックやレザー、スパイスなどは少しは少しハードルが高いかもしれません。アグレッシブな気持ちになる傾向があるので、まず就寝時に香りをまとうことに慣れるまでは避けてもいいと思います。
そして、“寝香水”の魅力は夜寝るときに身につけたときと、朝起きた瞬間の香りの変化の幅を楽しめる点。起きた瞬間、すぐに自分のお気に入りの香りが鼻をくすぐる幸福感を堪能できますよね。個人的には、ドリーミーな気分に浸れるキャンディ、チョコレート、ミルク、キャラメルのような甘い香りや、チューベローズが含まれるものもいいと思いますよ。自分が気分よく就寝できて、翌日起きるのが楽しみになるような存在だったり、ストレスに満ちた生活と就寝時間を切り分けるムードチェンジャーこそが“寝香水”だと思うので、ぜひ皆さんもお気に入りの香りを見つけてほしいです。
香りのスペシャリスト、米倉さんがセレクトするとっておきの寝香水3選
“寝香水”の魅力を語った米倉さんが、眠りのシチュエーションに合わせて3つの香りをセレクト。初めて“寝香水”に触れる方から、“2、3本目を探し中”な香水ラバーの方までぜひチェックを。
(右)LES SOEURS DE NOE OUD ROSE(100mL)¥30800/ル シヤージュ (中)ELLA K カラハリの叫び (100mL)¥37400/フォルテ (左)MARK BUXTON PERFUMES Dreaming with ghosts(100mL) ¥25300/ル シヤージュ
明日の気分をエナジャイズしてくれる香り
(左)「LES SOEURS DE NOE(レ スールドノエ)」の 『OUD ROSE(ウード ローズ)』
米倉さん:翌日、大切な仕事がある夜、また頑張りたい用事がある夜に。ワンプッシュでラグジュアリーな気分に浸れて、エナジャイズしてくれるのがベルギーのフレグランスブランド「LES SOUERS DE NOE」の『OUD ROSE(ウード ローズ)』です。
東洋と西洋、それぞれにルーツを持つ香りのもとを組み合わせ、構成する香水ブランドの一本です。この「OUD ROSE」は華やかなローズや、フリージアが軸となり、トップにはインセンスやサフランなど、オリエンタルなムードを醸し出す要素がプラスされています。
そして、ベースにはウッドやレザーなど、どっしりとした香りを仕込んでいます。香りを作り上げている要素がパワフルではあるものの、バランスよく組み合わせているので凛とした美しい香りが印象的。翌朝にはウードとローズがふんわりと香り、その日を頑張るあなたに寄り添ってくれると思いますよ。
心身ともに疲れ切ってしまった日の香り
(中)「ELLA K(エラ ケイ)」の『カラハリの叫び』
ヘトヘトに疲れている夜、ゆっくり眠りたい時はなるべく刺激が少ないフレグランスを選ぶのがおすすめ。“癒しを得る”ことよりも、“刺激をなるべく減らす”ことに注力してください。その点では、この「ELLA K」の『カラハリの叫び』はぴったりです。スパイシーウッドの香調なのですが、香り立ちはあくまでマイルド。シダーやグリーンペッパー、サンダルウッドなどで構成されているのですが、棘はまったくなく、鼻からスッと体の中に入り込み、疲れに優しく寄り添ってくれます。例えるならば、上質な、毛布で優しく包まれるような感覚。バサッと無造作にかけられるのではなく、高品質な毛布をふんわりとかけてくれる感じですね。ウッド系のフレグランスに挑戦したいと思っているビギナーの方にも適した香りです。
また、この「ELLA K」というブランドは、20世紀を代表する冒険家エラ・マイヤールの名前にリスペクトを捧げています。冒険家エラから、現代社会で頑張る人々へのエールのような香りのコレクションなんですよ。
ドラマティックな夢を見られるかもしれない香り
(右)「MARK BUXTON PERFUMES(マーク バクストン パフューム)」の『Dreaming with ghosts』
眠りの時間をより充実した、楽しいものにしようとするとき、マットレスを上質なものに変えたり、シルクのパジャマを身につけたりする人がいますよね。よりスペシャルなものを身につけて、気分を高めるのが大切だと思うのです。寝る前にひと吹きすれば、“ドラマティックな夢”を叶えてくれそうな香りを提案しているのが、「MARK BUXTON」の『Dreaming with ghosts』。コムデギャルソンの初めての香水コレクションなど、名だたるメゾンのフレグランスを手がけてきたレジェンド調香師のブランドです。少しおどろおどろしいネーミングですが、唯一無二の香りの組み合わせが楽しめるフレグランスです。
ベースにはレザーやバニラなどの重厚感があるものを仕込みつつ、一方トップには爽やかなカリンやマリーゴールドを添える。フレッシュだけど、マチュア。滑らかだけど、どこかエッジィ。反発し合いそうな要素を組み合わせることで、類を見ない香りを生み出しています。これ一本だけで、いくつもの顔を持っている感覚でしょうか。個人的な感想ですが、前半と後半でまったく展開が異なるファンタジックな夢が見られそうな素晴らしい香りです。
問い合わせ先
・フォルテ 0422-22-7331
・ル シヤージュ lesillage-kyoto.shop
撮影/Kei Sakakura スタイリスト/佐々木 桃子 取材・構成・文/堀江 ともみ(yoi)