『クリスマス★ホーリー(『きみは3丁目の月』所収)』岩館真理子 ¥440/集英社
©岩館真理子/集英社
曖昧で、ちょっぴりビターな大人の聖夜
毎年クリスマスが近づいてくると、ジョニ・ミッチェルの「River」やジャズアルバム『A Charlie Brown Christmas』などの音楽と一緒に静かに思い出す名短編がある。岩館真理子『クリスマス★ホーリー』(『きみは3丁目の月』所収)だ。
近年新作を発表していない岩館真理子だが、今は彼女のコミックスのほとんどを発売当時の素敵なカバーイラストのまま、電子書籍で読むことができる。1973年に『落第します』でデビュー。初期の乙女ちっくな作品群からOLのけいとと編集者の英太郎の結婚をめぐるドタバタを描いた『うちのママが言うことには』などの代表作まで、ロマンチックコメディの名手である。
思わずふふっと笑ってしまうコミカルなテイストの一方で、アンニュイさやビターな不安感も岩館真理子の少女マンガの魅力だ。にじむように繊細に描かれた瞳と細い線が醸し出す雰囲気やおしゃれなファッションがあいまって、主人公の年齢をとうに超えた今読んでも「大人っぽいなあ」と思うことがある。
『クリスマス★ホーリー』は、1988年、岩館真理子がデビュー以来描き続けてきた『週刊マーガレット』を出て『ぶ〜け』(ともに集英社)で発表した初めての作品だ。「(『ぶ〜け』で)描き始めてからすごい解放感」「(コミックスについて)できればこっちを表題作に持ってきたかった」(岩館真理子、小椋冬美、大島弓子『わたしたちができるまで』角川文庫、1993年)と語られていることから、それまでとは違った“大人向けの少女マンガ”を描けたことに自身でも手ごたえがあったのではないだろうか。
物語は「12月 クリスマスが やって来る 女たちは 皆 赤い服を着る」というセリフで始まる。主人公は売れっ子作家の「阿木武夫」。武夫の父・明は俳優で、何人もの恋人がいた。たくさんの女性たちとともに集団生活を送った明は、結局それがスキャンダルとなって表舞台から消えた。武夫は8歳までその集団の中で育てられており、その頃の生活と女たちについて書いた本がベストセラーになったのだった。
ある日、武夫のもとに妹を名乗るモデルの「早穂子(さほこ)」が現れ、家にいつく。そして早穂子を皮切りに、次々妹だという女たちがやってくる──。さまざまな要求をする「妹」たちに応えながら、武夫は何も求めない早穂子を訝しく思う。いつしか彼女に惹かれ「妹であってほしくない」と思い始めるが…。
これは多分、正しさとは別のものに触れるお話だ。武夫いわく「無類の女好きのスケベ野郎」の阿木明も、不思議な集団生活も、早穂子と武夫の疑似兄妹的な関係も、違和感がないと言ったら嘘になる。
私が好きなのは、「お母さんから教わった」とか言いながら作る早穂子の料理がよく見るとめちゃくちゃでかいおにぎりで、彼女がそれをもりもり食べているところ。本を読みながらげらげら笑って〈こういうの ささやかな幸福(しあわせ)っていうのよね〉とか言う。クリスマス・ホーリー(西洋ひいらぎ)を買うシーンでは、デニムとタートルネックにビッグシルエットのコートを羽織っていて、なんだか今すぐ真似してみたくなる。
でも、二人のかわいいやりとり以上に心に残るのは、ある光景だ。物語の終盤、クリスマスの夜、武夫のもとに「妹」たちが集まってくる。ちょっと長いのだけれど、モノローグをそのまま引用する。
「この中に古ぼけた赤い服を着た女たちが何人かいた だが 僕は黙ってた 本には書かなかったことなのだが 阿木明と女たちが別れたクリスマスの夜に 女たちは皆 赤い服を着たのだ 目立たないようにひっそり暮らしていた女たちが 最後の夜には華やかに 装いたかったのだろうか それともそれが父の一番好きな色だったからだろうか クリスマス・ホーリーの実が落ちて バラバラに散って ころがってゆくのを 僕は 見まちがえたのだろうか」
このシーンは断片的な絵で描写されていて、描かれているのが過去なのか現在なのか、はっきりしない。白黒のマンガを読みながら、緑のツリーと赤い実のような女性たち、その場所に流れる感情を私はいつも想像する。切なかっただろうか、やさしい気持ちだっただろうか。
本当のことは誰にもわからない。クリスマスの愛のお話にこめられた、この曖昧で複雑な味わいがあとをひいて、いつまでも忘れられないのだ。
今年もクリスマスがやって来る。みなさま、どうぞ素敵な休暇をお過ごしください。
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。選考委員を務めた第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッションが公開中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works
文/横井周子 編集/国分美由紀