今週のエンパワメントワード「昨日は何も感じなかった景色が、今日はちょっぴりキラキラして見えたのでした」ー『ひらやすみ』より_1

『ひらやすみ』真造圭伍 ¥715/小学館
Ⓒ真造圭伍/小学館・ビッグコミックスピリッツ連載中

平屋暮らしに満ちる、ちいさな幸せの粒

皆さんは幸せってどんなときに感じるだろうか。大島弓子のファンである私は、幸せについて考えると『ミモザ館でつかまえて』の「しやわせなんて〜ものは(略)ここちよーいお湯につかって最初に手足のばして気がついたいっしゅんのもの」というセリフをいつも思い出す。幸せはステイタスというよりは、湧き上がっては消えてゆくよろこびだ。おもしろいマンガを読んだ時。おいしいごはんを口に入れた瞬間。ふかふかのおふとん。

真造圭伍『ひらやすみ』は、そんな幸せが詰め込まれたマンガだ。主人公の「ヒロト」はひょんなことから阿佐ヶ谷にある古い平屋の家を譲り受け、イトコの「なつみ」と一緒に暮らすことに。二人の日常が、彼らを取り巻く人間関係とともに描かれていく。
アラサーフリーターのヒロトの飄々とした生き方もうらやましいが、私はなんといっても女性たちに共感しながら読んでいる。

例えば亡くなったばーちゃん。偶然知り合ったヒロトと仲良くなるうちに「ボロいけど大好きな花と木々に囲まれたあの平屋を、この青年に託したい」と考えるようになる。偏屈を自認するばーちゃんは、優しいことを言ったりするのは性に合わない。でも電灯の傘までぴかぴかの家を見れば、ばーちゃんが何を大切にして生きてきたかがよくわかる。

阿佐ヶ谷の不動産屋でばりばり働く「よもぎ」さんも好きだ。よもぎさんはタワーマンションに住んでいるのだが、仕事に追われて部屋が汚い。今年に入って9回もTVのリモコンが行方不明になっている。だからマイペースで楽しげなヒロトに遭遇するたびによもぎさんは情緒不安定になる。そんなよもぎさんの部屋の、かわいい小物とゴミが散乱した様子が、私はいとしい。
美大に進学したもののいけてるワカモノたちになじめず、部屋でマンガを描くなつみも応援したくなる。なつみの部屋にある本棚を「そのマンガ、いいよね」と思いながら見つめている。

書き連ねながら改めてすごいなと思うのは、一人一人の性格がにじみ出た暮らしぶりが、絵でいきいきと描写されていることだ。『ひらやすみ』は神が細部に宿りまくったマンガなのだ。
1巻では春、2巻では夏、とコミックスでは一冊ごとに季節が進む。〈昨日は何も感じなかった景色が、今日はちょっぴりキラキラして見えたのでした〉。そんなナレーションと一緒に描かれた春の夜の中杉通りの素敵なこと。街も人も、そのうつろいが奇跡みたいに輝いていて、生って美しいなとしみじみ見とれてしまう。

真造圭伍さんは、『悪性リンパ腫で入院した時のこと』というエッセイマンガ(『センチメンタル無反応 真造圭伍短編集』収録)で、『ひらやすみ』を描きはじめるまでのでき事を描いている。病気を患われたこと。これで次の作品が描けると不幸に感謝したこと。退院して帰宅する道すがら、うれしくて写真を撮りまくったこと。「やっぱり外はいい。」と思ったこと──。実は私自身も同じように大病をしたことがあり、退院してもう何年もたつのに、いまだに「外」のよさにびっくりしている。いろんな人たちの生活、つまりは命の美しさに引き込まれながらも『ひらやすみ』の多幸感に時々泣きそうになるのは、そんなこの世の仮住まいの感覚がどこかに潜んでいるからなのかもしれない。 

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。選考委員を務めた第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッションが公開中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works

文/横井周子 編集/国分美由紀