今週のエンパワメントワード「あの時そばにいてほしかった誰かに そんな誰かに私が」ー『うちらきっとズッ友 ―谷口菜津子短編集―』より_1

『うちらきっとズッ友 ―谷口菜津子短編集―』
谷口菜津子 ¥880/双葉社 ©谷口菜津子

すべてが違っても“友達”になれる面白さ

友達って不思議なものだ。「友達ってなんだろう? 友情ってどんな情?」。改めて考えてみるとよくわからない。大人になれば、ずっとべったり一緒にいるわけじゃない。連絡を取らなくなる時期だって全然ある。それでも、うれしいときやしんどいときに友達とおしゃべりすることは、人生のごほうびだとも思う。

そんな“友達”にまつわるストーリーばかりを集めた作品集が、『うちらきっとズッ友 ー谷口菜津子短編集ー』だ。谷口菜津子は2022年に『教室の片隅で青春がはじまる』『今夜すきやきだよ』で「多様性を柔らかな筆致で描いたことに対して」第26回手塚治虫文化賞新生賞を受賞したばかり。この最新短編集でも、型にはまることなく、みずみずしい感性でさまざまな形の友情をとらえている。

例えば「砂糖と塩」で描かれているのは、嫁と姑。「勝子」は、離婚後女手ひとつで育ててきた「俊介」とその妻「杏奈」と同居中。キツイ性格の勝子とブリブリ系の杏奈はお互い本音を言わずに暮らしてきたが、ある日、俊介の浮気疑惑が勃発する。自分が苦労する姿を見てきた息子が浮気なんてするわけがない、と最初は半信半疑だった勝子だが、浮気現場に杏奈と乗り込むと息子を一喝する。そこから杏奈と勝子は「友達」になる。

ひとりぼっちで大変だった自分自身の過去を思いながら〈あの時そばにいてほしかった誰かに そんな誰かに私が〉と勝子のモノローグが流れるシーン。お茶を飲む杏奈と勝子のほんわかしたやりとりの中でさりげなく描かれた心の声だからこそ、なんだか胸が熱くなる。

本作が最初に発表されたのは『フォアミセス』(秋田書店)の「嫁姑 言えないホンネ」特集なのだそう。いがみ合うイメージで語られがちな嫁と姑で、しかも砂糖と塩みたいに正反対の人間同士だったとしても、友達になることがある。そんなミラクルが凝縮された、素敵な短編だ。

そのほかの収録作も設定にパンチが効いている。虚言癖(などという雑な括り方は作中で絶対にされないところもいい)のある小学校時代の同級生との思い出を描いた「卯月ちゃん」。お互いを「ガリ」「ブタ」と呼び合う、男女を超えたゲーム友達の話「おい、豚。」。同じ男を好きだったために知り合ったのに、気がついたら男そっちのけで仲良くなってしまった女の子たちが主人公の「コトハとエマ」。どの作品にも友情の中にある苦い部分や痛みがしっかりと描き込まれているのだが、読後感はあたたかく、清々しい。

そういえばコミックスのカバーに使われているイラストが、私はすごく好きなのだ。この作品集の雰囲気をそのまんま表していると思う。学校帰りにアイスを食べながら語り合う男子高生たち、タイプの違う女の子たち、笑う子どもら。いろんな二人組がすれ違う、夏の夕暮れ──。普遍的で、しかもオリジナルな関係性や瞬間が鮮やかに切り取られている。

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。選考委員を務めた第25回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『女の園の星』トークセッションが公開中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works

文/横井周子 編集/国分美由紀