今週のエンパワメントワード「理解できなくても 見守っていて欲しいものだね」ー『今夜すきやきだよ』より_1

今夜すきやきだよ』谷口菜津子 ¥704/新潮社(バンチコミックス)

“普通”を押しつけられない心地よさ

「今日のごはんは?」と聞かれたら、あなたは何を思い浮かべるだろうか。もちろん、選択肢は無限にある。だが自宅で、「それは特別!」と思える食事となると、候補はぐんっと狭まってくる。家で作れるけれど日常的なものではなく、ちょっと心が躍るようなメニューを一つ、選んでみるとするならば──。


その意味で『今夜すきやきだよ』というタイトルは私にとって、「まさにそれ!」というセレクトだった。そのうえ、誰かから言われたセリフ調である。自分で決めたり作ったりするわけではない。食事も料理もメニューを選ぶことも好きだけれど、同時に、常に「少し面倒くさい」と思い続けている身としては、テンションの上がる理由しかないひと言だった。


そんなタイトルから始まる物語の主人公は、家事一般が苦手なものの結婚はしたいキャリアウーマン「あいこ」と、料理も家事も得意だが結婚願望はまったくない無名の絵本作家「ともこ」。真逆にも見える二人は高校時代の同級生で、友達の結婚パーティをきっかけに再会する。あいこは結婚観の違いによる婚約破棄をしたばかり。そしてともこは収入の少なさから、自分の仕事にくじけかけていた。お互いの近況を語り合うことで意気投合した二人は、家事と家賃をバーターにした共同生活を開始する。


全12話と番外編2話からなる本作は、当初はweb小説誌『yom yom』(新潮社)で、その後は同社のwebマンガサイト『くらげバンチ』と扶桑社の週刊誌『SPA!』にて掲載された。1話が10~18ページと短めのつくりで、一般的なコミック雑誌の作品よりもページ数はやや少なめに感じられる。でもその短さが、時として重くなりがちなテーマを軽やかに、すっきりと読ませる。


さて、ルームシェアを始めて2年後。あいこは新たな彼氏との結婚を考えつつも、家事が苦手という悩みや名字を変えたくないという思いは抱えたままだった。あいこいわく“あちら側(=既婚)”になるためには、自分を変えなくてはいけない。でも、ふと考える。なぜ変える必要があるというのだろう。今の時代、家事代行や夫が改姓するなど、いくらでも方法はある。しかしあいこが結婚したい相手は、「家事育児は女性の仕事」という昔ながらの固定観念を持っていた。疑問と違和感に対する答えが見つからない。


一方のともこも、あいことの共同生活に満足しつつも、恋愛感情も仕事の成果もないままの自分に自信が持てずにいた。そんな中、ともこの長年の男友達が家に遊びに来る。その様子を眺めていたあいこは、自分の経験をもとに「男女の友情なんてありえない」と断言し、ともこの怒りを買う。


その後あいこは自分の非を認め、ともこに詫びる。〈理解できなくても 見守っていて欲しいものだね〉と語るあいこの言葉は、そのまま自分が言ってほしい言葉でもあった。「〇〇だから」「〇〇でなくちゃ」という枠が当てはめられる苦しさを誰よりも知っているあいこの気づきは、読み手である私にまで響く言葉であり、世間や自分に対する呪縛からそっと離れるための呪文のようにも聞こえた。


社会人として今を生きる、すべての人に届けたい1冊。二人のやり取りやモノローグが、うまく言語化できない迷いや悩みにも気づかせてくれる。世間も自分も少しずつしか変わらないが、でも、着実に変わっていくはず。そう信じて、タイトルからもらったときめきを抱えながら、ページをめくってみてほしい。

田中香織

女性マンガ家マネジメント会社広報

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行なってきた。現在は女性漫画家・クリエイターのマネジメント会社であるスピカワークスの広報として働きながら、小さな書店でもアルバイト中。

文/田中香織 編集/国分美由紀

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