ライター海渡理恵さんによる、音楽を入り口に世界を見つめる連載「世界は鳴っている」。世界中のアーティストから発信される、個人の内面や社会のムードを反映した音楽シーンの躍動をお届けします。現在進行形で世界各地から生まれている音楽に耳をすませて、自分や世の中の内側をのぞいてみませんか?
世界を席巻中! グローバルスターが続々と誕生しているタイエンタメ
タイのフェス会場の熱気(海渡撮影)
街や産業などの新陳代謝が激しい東南アジアの中で、今最も多くのグローバルスターを輩出し、エンタメが盛り上がっている国といえば、タイだろう。BLACKPINKのLISAや、GOT7のBamBam、NCT/WayVのTEN、(G)I-DLEのMINNIEといったタイ出身のK-POPアーティストや、世界的ヒットを連発しているBL/GLドラマに出演した俳優の活躍は目を見張る。
タイエンタメといえば、ドラマの印象が強いかもしれないが、音楽もグローバルに注目されつつある。その証拠に、俳優が歌うドラマ主題歌が諸外国でヒットしたり、米国最大級の音楽フェス「コーチェラ・フェスティバル」にMILLIや、Phum Viphuritが出演したりしている。さらには、アメリカ・マイアミ発の世界最大級ヒップホップフェス「Rolling Loud」が、タイに上陸(2023年4月開催)したこともそれを象徴している。
คั่นกู Ost.เพราะเราคู่กัน 2gether The Series - ไบร์ท วชิรวิชญ์
タイカルチャーブームのきっかけとなったBLドラマ『2gether』(2020年)。主演は、現在のエンタメシーンを牽引するBrightとWin。日本にもファンが多く、彼らが出演する来日イベントは毎回大盛況! ちなみに、日本のBLが源流にあるタイのBLは、男性同士の恋愛を描いた創作物を指す日本語の「やおい」の頭文字を取って、「Yシリーズ」と呼ばれている。
“画一的な美”に一石を投じ、“性的同意”を取る大切さを気づかせるMILLI
西洋からLGBTQという言葉が流入する前から多様な性のあり方が浸透しているタイ。そんな国で生まれ育ったアーティストは、ジェンダーやセクシャリティに対する意識が高い傾向にある。また、グローバルな活躍を目指していることもあり、国際的な視野を養うことにも積極的で、その結果、世の中の価値観のアップデートを促す楽曲を数多く生み出している。
そんなタイ出身アーティストの中で、今最も関心を集めているのが、タイヒップホップ界に彗星のごとく現れた2003年生まれのラッパー・MILLI。彼女が生み出す現代社会への批評性とウィットに富んだ作品は、国内外から高い評価を得ており、2022年には、BBCが毎年年末に発表している社会にインパクトを与えた女性のリスト「100 Women(100人の女性)」に選出された。
そんな新世代のアイコン、MILLIの代表曲のひとつが、画一的な美の基準から私たちを解放する「สุดปัง (Sudpang!)」。この曲で彼女は、〈美のスタンダード? そんなの気にしない。私たちの美しさは無限〉と力強くラップし、自らの美しさを讃える。また、標準語やタイ各地の方言、さらには、タイのLGBTQコミュニティで使用される“ルー語”や英語といった多様な言語でラップをすることで、美の概念の多様性を表現している。
MILLI - สุดปัง (Sudpang!) (Prod. by SPATCHIES) / ENG + TH SUB | YUPP!
MILLIが2年前に発表した『Not Yet! (Prod. by SPATCHIES)』は、“性的同意(セックスはもちろん、キスやハグなど、性的な行為をする際に、お互いが積極的に望んでいるか気持ちを確認すること)”を取ることの大切さを啓蒙する。
この作品は、ストレートなリリックとポップな視覚表現のバランスが秀逸。MVのラストに映し出される、欧米ではポピュラーな性的同意に関するフレーズ「No Means No(嫌だは嫌だの意味)」にはハッとさせられると同時に、この概念をまわりにシェアして広めていきたいと思わせるパワーがこの作品には宿っている。
MILLI - Not Yet! (Prod. by SPATCHIES) | YUPP!
泣いてもいい。7人組グループATLASが告げる、従来の“男らしさ”の終焉
MILLIだけでなく、親しみやすいキャラクターと、確かなボーカル&パフォーマンスで支持を集める7人組ボーイズグループ・ATLAS (アトラス)も注目だ。今年10月にリリースしたポップロックの失恋ソング『Boys Do Cry』は、メンバーのMuon(ミュオン)が制作に参加。自分の中にあるステレオタイプのジェンダー観に向き合うきっかけになる作品に仕上がっている。
ATLAS - Boys Do Cry | Official MV
Erwin(エーウィン)、Jet(ジェット)、Junior(ジュニア)、Muon(ミュオン)、Nice(ナイス)、Poom(プーム)、Tad(タッド)の7人で構成されている。
MVでは、メンバーが大粒の涙を流しながら感情をむき出しにする姿が映し出される。そして、私たちに向かって、〈なぜ泣いてはいけないのですか?〉と繰り返し問いかける。その瞬間に、自分の中にいつの間にかインストールされていた、“泣いてはいけない”、“強くないといけない”など、旧来の“男はこうあるべき”という固定観念が打ち砕かれていくのが分かる。
MILLIやATLASだけでなく、タイには、さまざまなアンコンシャスバイアス(無意識の思い込みや偏見)を自覚する機会をくれるアーティストがほかにも数多く存在する。2組を入り口にタイエンタメの奥深き世界に一歩足を踏み入れてみてはどうだろうか。
ガネーシャ神は、あらゆる障害を除去して成功に導く神とされる(海渡撮影)。
取材・文/海渡理恵