マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第4回は、『日に流れて橋に行く』作者の日高ショーコさんにお話を聞かせていただきました。

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●『日に流れて橋に行く』あらすじ●
時は明治末。老舗呉服屋「三つ星」の三男・虎三郎は、本場のデパートメント経営を学ぶため留学。帰国すると、失踪した兄の代わりに急遽さびれた三つ星の当主になることに。イギリスで出会った謎の実業家・鷹頭や、三つ星初の女性店員・時子らとともに店の再建に挑む。日本橋からのスタートアップ!百貨店誕生の物語。

流れ変わるものと、残るもの

──明治末から物語が始まる『日に流れて橋に行く』。日高ショーコさんには、同じく明治時代の家令と子爵の恋を描いた傑作BL『憂鬱な朝』もあります。もう一度この時代を描こうと思ったのは、どうしてだったんですか?

『憂鬱な朝』はBLなので、主従関係のラブストーリーという枠組を最初に決めて「主従が恋に落ちるなら明治時代かな」と時代を設定したんですね。あとから歴史を調べはじめたら、もう面白くて。明治って、少し前まで江戸時代。明治維新で西洋化したけれど、人々の頭の中はまだ封建制度のままなんですよね。そのギャップに興味が湧いて、「次の連載を」と言われたときに自然とこのテーマが出ました。

──舞台は老舗呉服店から百貨店へと変化していく「三つ星」です。

日本初のデパートといわれる三越には、高橋義雄、日比翁助といった天才的な実業家たちがいて、流行を発信していたんです。そんな史実を知って男二人のストーリーを考え始めましたが、先が読めないほうが面白いので架空のお店とキャラクターを創りました。明治末にはたくさん呉服店がありましたが、その後15年ほどで一気に減っていきます。そのスピード感も今の時代と合っているんじゃないかな。

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©︎日高ショーコ/集英社

──時代ものではありますが、お仕事マンガとしてどこか現代の自分に引き寄せながら読んでいます。

疫病やインフレがあったりして、時代背景に今と通じるところがあるんですよね。主人公の虎三郎は三男で家を継ぐ予定じゃなかったから、東京でも留学先のイギリスでも、いろんなところをぶらぶらして世の中の変化を見ています。朝から晩までまじめに働いていたら気づかない時代の流れを、虎三郎は感じていた。だから革新的なことができるんですね。

──虎三郎が従業員の「薮入り」(休日)の期間や手当を拡充して、世の中の動きを見てまずは自分の欲望を知るんだと語るシーン、とてもワクワクしました。タイトルの『日に流れて橋に行く』には、そうした変革への思いを込められたんでしょうか。

タイトルには流行や日本橋のイメージも含まれていますが、それだけじゃなくて。歴史ではこのあと世界大戦が起き、厳しい時代がやってきます。でも、今も日本橋は残っているんです。

──流れ変わるものだけではなく、残るもの。その象徴としての日本橋だったんですね。

はい。だからこのお話は1911年の日本橋開橋式から始めようと考えていました。第1話で描くつもりが、描きたいことが増えて、結局2巻でようやく描けたんですが(笑)。

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女性が抱える悩みは今も昔も一緒

──1911年には帝国劇場もでき、エポックな年ですね。

そう思います。今後女性の権利についても描きたいと思っているんですが、平塚らいてうを中心に結社された青踏社が出てきたのも1911年なんですよ。

──時子ら女性たちの活躍が見どころでもあるので楽しみです。

時子は結構難しいんですけどね。自分の意思で三つ星に来たわけではなく、運よく居合わせて気づいたらそこにいた子なので。今はストレスフルな時代だから、マンガの中までつらいと読むのが大変。だから、うまくいかないことがあってもあまり堪えないタイプにしました。でも、失敗したときにまわりに支えてもらえるぐらい真摯に仕事をしているところは、ちゃんと描きたいなと思っています。

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──時子といえば、鷹頭と横浜のテーラー(洋服店)に行く回が心に残っています。「服を着る時に大切なことは “自分”を知ること」という店主のミス・イネスのメッセージも印象的でした。

毎回展開を決めてから、すごく調べるんです。結果、描いているほうも時子がメインの回が印象深くなることは多いですね。洋装の回はまさにそう。ミス・イネスはある文献の「マダムがやっていた店をミス・イネスに譲った」という一行から創ったキャラクターです。集められる資料をできるかぎり見て、そのあとはひたすら空想します。

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──時子もミス・イネスも働く女性ですが、逆風もあります。

当時はイエ社会。時子は女学校を出たばかりの18歳ですが、当時の慣習で考えると、もう結婚しなければいけない年齢なんです。結婚して家庭を築くのもひとつの幸せな生き方ですが、他にやりたいことがある人たちだって当時もいっぱいいたはずなんですよね。全然違う時代だけど、彼女たちの抱える悩みは今と一緒だと思います。

好きなことは、絶対に自分の中で残るから

──「日高ショーコ」さんはユニットで、原作と作画のお二人でマンガを描かれていますが、お二人にも悩んだ経験がありますか?

「yoi」でもさまざまな考え方を紹介されていますが、「クォーターライフクライシス」(※20代後半から30代半ばの人生について思い悩む時期)という言葉がありますよね。結婚か、仕事か、そもそもこの仕事でいいのか。女性には出産の適齢期もあり、産むならパートナーの同意も取らなきゃいけない。人生のタスクが山積みの時期で、私たちもたくさん悩みました。結局一番「好き」だと思うこと、続けたいと思うことを追求しようと思って、30代も半ばになってから完全にマンガの道を選びました。気づいたらラクになっていて、そこからは光の速さです(笑)。

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──そもそもユニットはどのように組まれたんですか?

同人誌からのスカウトでデビューしたんですが、最初は基本的に一人で描いて、オチやセリフの相談をしていたんです。そのうち連載が始まって「もっと話作りに入ってきてもらえると助かるから、二人で描きませんか」と。片方は会社員もしていたんですが、体を壊したことをきっかけにマンガの仕事に専念しました。『憂鬱な朝』の連載中に初めて担当編集さんに「実は二人でマンガを創っていて、お話を考えている人がいます」と言ったんですよ。

――ユニットであることを明かすまでにも時間が必要だったのですね。自分たちにとっての幸せを追求されたお二人の話に背中を押される読者も多いのではないかと思います。

しんどいときでも、楽しいことを突き詰めて自分を知っていくことってすごく大事だと思います。やっぱり「好き」は、絶対に自分の中で残っていくから。読者の皆さんにもつらいことを我慢しすぎないで、自分に優しくしてほしいですね。

――『日に流れて橋に行く』にも好きな仕事の楽しさが詰まっています。最後に少しだけ今後の見どころを教えてください。

もうすぐ明治が終わり、大正時代に入ります。明治44年から大正にかけては安定した時期で、人々の消費活動が発展します。不穏な世界情勢もありつつ、新しい時代が始まるワクワク感は大きかったはず。歴史を調べると「へえ、面白いな」って思うことがたくさんあります。そこをできるだけ描きたいですし、読者の方にも面白がっていただけたらうれしいです。

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日高ショーコ

マンガ家

日高ショーコ

ひだか・しょーこ●作画・日高ショーコと原作・タキエの二人組ユニット。2004年に『リスタート』(リブレ)でデビューし、『花は咲くか』(幻冬舎コミックス)、『憂鬱な朝』(徳間書店)など多数の作品を執筆。

横井周子

マンガライター

横井周子

マンガについての執筆活動を行う。ソニーの電子書籍ストア「Reader Store」公式noteにてコラム「真夜中のデトックス読書」連載中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works

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取材・文/横井周子  構成/国分美由紀