マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第12回は『突風とビート』作者の椎名軽穂さんにお話を聞かせていただきました。
●『突風とビート』あらすじ●
霊が視える…高校1年生のニケにとってそれはずいぶん前から当たり前の日常。ある日最近学校に来ていない同級生・ネモの家を訪れると、そこはあまりにも元気な霊たちであふれていた…! 不意の再会から、運命の物語がはじまる──。おばけが視える“ニケ”と“ネモ”の、非日常浮遊感ラブコメディ!
オカルト×コメディは昔から描きたかったテーマのひとつ
──18年ぶり(!)の完全新作『突風とビート』の連載開始、おめでとうございます。8月に1巻が発売されたばかりですが、今のお気持ちはいかがですか?
もう、単純にうれしいですね。新しいマンガはやっぱり色んなことが新鮮で楽しいです。これまで描いてきたマンガとはキャラクターの性格やタイプが違うし、それが見た目にも自然と反映されているので、服を描く作業もわくわくするんですよ。
──『君に届け』や『君に届け 番外編〜運命の人〜』で直球のラブストーリーを描かれてきた椎名さんですが、今回の『突風とビート』はオカルト×ラブコメディ。メインキャラクターの「二家光(にけひかり/ニケ)」と「根元久楽(ねもとくらく/ネモ)」は霊が視えるうえに話すこともできる体質です。
オカルトにはずっと興味があったので、昔からいつかこういったテーマのコメディを描きたいと思っていました。
──そういえば、『君に届け』の主人公・爽子もホラーの『リング』シリーズにちなんだ貞子というあだ名でしたね。
そうなんです。爽子は見た目だけでしたが、『突風とビート』の主人公・ニケは自覚していないけれど霊感があります。私は手相占いとかも好きなんですが、詳しくないのでどう見たらいいのか全然わからないんです。なのに、自分の手をじっと見ていると「霊感が強い線がある気がする!」なんて思ったりして(笑)。まったく霊感はないんですけどね。そういう日常的な感覚が最初のアイデアになりました。
©︎椎名軽穂/集英社
──オカルト的な世界に興味を持つきっかけは何かありましたか?
やっぱりマンガですね。じんわり「おっかない…」ってなる話も好きだし、ホラー系も好きだし。ただ、物語を作るうえでは、私には「恐怖」を描く素養がないなとも感じていました。世界の不思議さや、そこからくる怖さに読者としてときめいてきたけれど、自分の内側からは湧き出てこない。じゃあ、ラブコメディと組み合わせようか、と。
ずっとラブストーリーを描いてきたし、恋する女の子たちはやっぱりすごくかわいいのでこれからも描きたいと思っていますが、私自身が年齢を重ねたこともあり、今の自分が好きなマンガは主軸があったうえで恋愛も進んでいくお話が多いんですね。だから『突風とビート』ではそこに挑戦したいと思っています。
©︎椎名軽穂/集英社
──愛読されてきた怖いマンガを教えてください。
たくさんありますが、『汐の声』『わたしの人形は良い人形』など、山岸凉子先生のマンガが大好きです。言葉にするのが難しいのですが、説明的じゃない部分に魅力を感じます。鏡に霊がうつったり、何もない床に突然頭があったり、見た瞬間「わあ!」と驚く描写がある。それってマンガの面白さのひとつでもあって、気づかなければ通り過ぎてしまうけれど、見つけた瞬間に湧き上がる感情がありますよね。
人にも霊にも同じように優しい「イケメンっぽい女の子」
──『突風とビート』も、マンガならではの仕掛けがある作品ですね。オカルトものは伏線的な描写に後からはっとすることも多く、ミステリーに似ていると感じることがあります。この作品も「これはなんだろう?」というシーンがいくつもあり、考察するのが楽しくて。特に「17歳になったら迎えにくるよ」というモノローグが印象的な1ページ目は、作品にとって大事なシーンになりそうですね。
伏線を張るというよりは、ストーリーとして決まっていることをどのタイミングで出すか探りながら描いている感覚があります。キャラクターにまつわるアイデアから考えていく作り方は、『君に届け』を描いていたときとあまり変わらないんですよ。連載冒頭のシーンは読んでいただくとわかるとおり過去の回想ではあるのですが、これから少しずつ明かしていくつもりですので楽しみにしていてください。
©︎椎名軽穂/集英社
──細部の遊びに気がつくと面白いです。ネモの家で出されたおやつの商品名が「反魂香(はんごんこう)」(※焚くと煙の中に死んだ者の姿が現れるという伝説上の香)だったり。
「銘菓 反魂香」ってお菓子の名前でありそうかなって(笑)。言葉自体も好きなので。
──食べたらどうなっちゃうんでしょう。
考えていませんでしたが、面白いですね。あの世の食べ物を食べてしまうと、確かに……。ただ、このマンガではたとえ「うらめしい」という気持ちでオバケが出てきたとしても、最終的にはヒューマンコメディになるんじゃないかなと思っています。優しいオバケを描いていきたいというか、普通に人として描くつもりでいるので。
©︎椎名軽穂/集英社
──ニケとネモは、椎名さんから見てどんなキャラクターですか?
主人公のニケは、以前から描いてみたかった「イケメンっぽい女の子」です。アニメ『アドベンチャー・タイム』に出てくるマーセリンというかっこいい吸血鬼の女の子が大好きで、その影響もあるかもしれません。
──ニケは人にも霊にもさりげなく優しいですよね。
頭で考えるより、感覚的な部分が鋭い。それでいて意外とまわりが見えている感じが、イケメンっぽいんじゃないかと思います。少しいたずらな一面があるところとか。
ネモのほうは、第1話を描き終えた後で構想メモを見返したらクールで賢いメガネ男子の設定だったので「えっ、普通にかっこよく描くつもりだったんだ⁈」と我ながら衝撃を受けました。ニケとの相性もあるのかもしれませんが、すごくユニークな人になっているので(笑)。この二人の信頼関係は、しっかり描いていきたいです。
©︎椎名軽穂/集英社
心臓のビートを感じながら駆け抜けていく夏
──椎名さんが気に入っているシーンもぜひ教えてください。
第1話でニケがネモの家から帰るところを描いていたら、ニケが自然と跳んだんです。「ああ、きっとすごく楽しかったんだなあ」と思って、気に入っています。お互いに遠くから見ていた相手と、何かがはじまる感覚が生まれた瞬間。ネモの「見てられなくて見ちゃうのさ」というセリフも好きですね。
©︎椎名軽穂/集英社
──椎名さんの作品ではセリフやモノローグも心を揺さぶりますが、どのように書かれていますか?
思いついたときにメモ帳に書き留めたりもしますが、流れで出てくる場合もあります。執筆中のライブ感で出てきた言葉には、それまで思いつかなかったようなキャラクターの心情が出る場合があって、気に入ることが多いですね。
──創作の過程でメモ帳にはかなり書き残されるのでしょうか。
私はメモ書きがすごく多いほうだと思います。ぐちゃぐちゃな断片がいっぱいあって、それをパズルのように組み合わせて話の筋を作ります。「この筋に持っていきたいけど、エピソードをどの順番で組んでいったらそうなるのかな?」というところでいつもすごく悩みますね。エピソードを前後させたらまったく話が変わるという経験も多々あり、特に物語のはじまりは組み立てにすごく時間がかかります。
──『突風とビート』というタイトルにはどのような意味が込められているのでしょう?
まずは鼓動のイメージです。BLANKEY JET CITYの「赤いタンバリン」やeastern youthの「時計台の鐘」の歌詞が好きで、心臓がドキドキしている音を色々考えたときにやっぱり「ビート」だなと。それとブワッっと勢いのあるものが欲しくて考えた結果「突風」になりました。
──今を生きている疾走感がありますよね。
そうですね。それにときめきもあります。愉快に駆け抜けていきたいです。
©︎椎名軽穂/集英社
──まだ物語ははじまったばかりですが、今後の見どころを少しだけ教えてください。
夏のムードを楽しんでもらえるとうれしいです。『突風とビート』は夏をメインに、作中では約一年間のお話として描きたいと考えています。夏祭りとか神社とか、夏らしいものをたくさん描きたいです。
──楽しみにしています。最後に、yoi読者の皆さんへメッセージをいただけますか。
20代から30代にかけては色んなことがあって忙しい時期ですよね。私自身、30代は『君に届け』を描いて、出産して、仕事も家庭のこともあって眠る時間を確保するのも大変でした。しかも女性は30代に2回も厄年がある(笑)。
仕事もプライベートも心身も変化が大きくて、多くの人にとってなかなかしんどい時期でもあると思います。だから、休めるときには休んで、時々でもゆったりお過ごしくださいね。『突風とビート』が人を癒せる作品かというと自信がないんですが…でも、もし気分転換にちょっと別の世界をのぞいてみたくなったら、読んでみてください。
©︎椎名軽穂/集英社
漫画家
しいな・かるほ●1991年に『別冊マーガレット』(集英社)からデビュー。以降『CRAZY FOR YOU』(集英社)など多くの作品を発表、2006年から『君に届け』(集英社)を連載開始。高校生の不器用でひたむきな恋と友情が幅広い世代の共感を呼び、累計部数は3600万部を超える。同作はアニメ化、映画化、ドラマ化もされ、2024年8月よりNetflixにて「アニメ 君に届け 3RD SEASON」が配信開始。
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。ソニーの電子書籍ストア「Reader Store」公式noteにてコラム「真夜中のデトックス読書」連載中。
■公式サイトhttps://yokoishuko.tumblr.com/works
『突風とビート』 椎名軽穂 ¥572/集英社
画像デザイン/坪本瑞希 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀