マンガライターの横井周子さんが、作品の作り手である漫画家さんから「物語のはじまり」についてじっくり伺う連載「横井周子が訊く! マンガが生まれる場所」。第14回は『スルーロマンス』作者の冬野梅子さんにお話を聞かせていただきました。
●『スルーロマンス』あらすじ●
元・売れない役者の待宵マリとフードコーディネーター菅野翠、ともに32歳。同時期に恋に破れた二人は、“女ふたり暮らし”を始める。あきらめ半分に「真実の愛」を求めるマリと翠だが、それぞれの仕事と生活、そして二人の友情はどこへ向かうのか?
正反対の女二人と、ツッコミのナレーション
──今年(2024年)完結した『スルーロマンス』。読んだ後にじわっと爽快な気持ちがわいてくる女性二人の物語でしたが、最初のアイディアはどのようなものでしたか。
前作(『まじめな会社員』)は自意識の話だったので、主人公が頭の中で考えていることをずっと追っていて画面に変化が出づらかったんですね。だから『スルーロマンス』では女性の二人暮らしを描こうと思いました。そうすれば絶対に会話が生まれるから。
©︎冬野梅子/講談社
──自由奔放なマリと、頑張り屋の翠。キャラクターはどのように作っていきましたか?
あまり考えないタイプの人を描いてみたくて、マリができました。自分の中にはない要素ばかりで難しかったので、どういうキャラクターなのかを忘れないようにトルーマン・カポーティの小説『ティファニーで朝食を』の主人公ホリー・ゴライトリーをモデルにしようと決めて。マリはうっすら芸能の仕事をしているけど、何をしているのかよくわからない女の子。気が変わりやすくて、いろんなことに無頓着です。
翠はマリとは逆で、まじめでしっかり者だけど自信がない。「でも、どうせダメだよ」とうじうじしがちな子で、そういう考え方は身に覚えがあるので描きやすかったです。
──マリと翠が真実の愛を探求する、というのが大きなストーリーラインです。
女性二人の話にすると決めたものの、第1話にどういうテーマを持ってくるべきかを悩んで何度も描き直しました。その過程で「真実の愛はあるのか?」という問題提起は長いスパンで描けそうなテーマだし、彼女たちに探求させてみようと思いついたんです。
最初は、昔好きだった『セックス・アンド・ザ・シティ』みたいに、いろんな男性と恋をしてはガッカリして、女同士で語り合うコメディにするつもりだったんです。結果的には考えていたよりシリアスになりましたが。
──二人のおしゃべりがリアルですよね。特に記憶に残っているシーンはありますか?
1巻で、財布と鍵を忘れたマリを翠が迎えに行って牛丼屋でおしゃべりするシーンは、すごくありそうな感じに描けた気がして自分でも気に入っています。あそこで二人のキャラクターをつかめました。
©︎冬野梅子/講談社
──モヤモヤを鋭く分析するナレーションも面白いですね。
『スルーロマンス』では、ナレーションがツッコミをいれたり解説したりする形にしようと編集さんと最初に決めました。『ちびまる子ちゃん』スタイルといいますか、作品の中にちょっとクールにキャラクターを見ている第三者の目線があるんです。
私たちは本当に「ロマンス」なんて求めているのか?
──マリと翠は物語開始時点で32歳。みんな一緒の舟で遊んでいるつもりでいたら、いつの間にか一人でオールを握っているように感じるマリの心の風景も印象的でした。
30代前半は、結婚したり子どもができたりする友達もいれば、仕事で出世していく友達もいたりして、今まで同じ場所にいた人たちがバラバラになる時期ですよね。今振り返ると、いい意味であきらめはじめる年頃で、悪くないなって思うんです。本人には焦りや寂しさがあるかもしれないけれど、物事をノリや勢いではなくちゃんと考えることができる地に足のついた年齢というか。
©︎冬野梅子/講談社
──まさにこのコマでも、小舟とはいえ、マリは自分でオールを握っているわけですしね。
はい。恋愛についても20代の頃は「あの人はこんなことを言っているけど本当は素敵」みたいな思い込みや幻想がまだ持続している場合も多いですが、30代にもなるとちょっと冷静に人生を見つめるようになりますよね。
──『スルーロマンス』というタイトルもそうした考えから?
「真実の愛」はなかなか見つからないから、ロマンスを「スルー(through)」=無視する、気にしないという意味でもあるんですが、「そもそも私たちはロマンスのような夢見がちで楽しげなものを本当に求めているのか?」という疑問もありました。自分自身もキャピキャピしたロマンスを求めていないし、ロマンスのほうからも自分がスルーされている。でも、それはむしろいいことなんじゃないかと思って描いています。
──翠は恋愛について自分なりのトライアルを重ね、ひとまず結婚を選びます。
翠の結婚は、描きながら「ああ、男性にとっての結婚ってこれだったのか」と思いました。昔から男性に向けられていた「お前も結婚して一人前になれ」といった言葉は、要するに結婚して家族を持つと仕事に専念できるという発想なんですよね。翠の結婚もまさにそれです。生活を二馬力にして、なおかつ「私がダメだから一人なんだ」と自分の中に原因を求めて落ち込む作業から解放されるための結婚。効率がいいですよね。それは結局、翠の中にもある〈普遍的な生活〉への迎合でもあるわけですが。
──ロマンスに対して冷静になりつつも、まだ恋愛や結婚に縛られてしまう不思議さですよね。
翠は勉強熱心だから、パートナーを持つことへの社会圧についても当然知っているわけですよ。「いいとされている前提があるが、いかがなものか」という発想も持っているんだけど、それでもぬぐい去れない「どうせ一人だし」みたいな気持ち…。これって何だろう?っていうのは私もずっと不思議で、考え続けています。
©︎冬野梅子/講談社
この作品は女のロマン。女友達という伴走者とともに
──マリが友人から相談されたときに「ポジティブに乗り越えてほしい」と感じ、その感情に罪悪感を持つシーンがあります。物語でははしょられてしまいそうなリアルで繊細な感覚がすくいとられていて、はっとしました。
あれは自分への戒めでもあるんです。マンガを描いていると、読んでいて気持ちのいい流れにしたくなっちゃうんですね。例えば、うじうじした人が気づきを得て明るくなったら物語としてはすっきりするじゃないですか。でも、うじうじ考えがちな人間としては「えっ、なんだよそれ」とハシゴを外される感覚がある(笑)。
戦争の映像が流れてくると、怖くて反射的にテレビのチャンネルを変えたりするのと似ているかもしれません。面倒だから、ラクになりたいから、キャラクターに「大丈夫です、私は逆境も楽しんでいます」と言わせたくなる自分に釘を刺しているんです。本当は「逆境なんて最悪だよ」と言わなきゃいけないと思うので。
──『スルーロマンス』のリアルさの理由が垣間見えた気がします。翠が時々語る容姿にまつわるしんどさも共感しました。
ルッキズムはちゃんと指摘されて解消されていくほうが、未来の人たちにとって絶対いいですよね。いろんな体型の人がそれぞれ好きな格好をすればいいし、一過性のブームで終わらないでほしいです。でも自分がふとしたときに外見のことで落ち込まないかっていうと、それはまた別で。ラクだから、つい見た目を褒めちゃったりすることもありますし…。
©︎冬野梅子/講談社
──社会も人間も、そう簡単にはアップデートできない難しさがありますね。
年齢を重ねることについても同じように思ったりします。特に日本では成熟が重要視されていないというか、年を重ねた女性が軽んじられる場面が少なくない。だからこそかわいらしく「しない」、堂々とした大人を目の当たりにすることはすごく大事だなと思ったりします。じゃあ自分がシミの数を気にしないのかと言われると、なかなか難しいんですけど(笑)。
──最終回、マリが楽しそうな老婦人たちと手を振り合う、いいシーンを思い出しました。
©︎冬野梅子/講談社
あれが理想ですね。『スルーロマンス』を最後まで描いたときに、なんというか、これは〈女のロマン〉みたいな話だったんだなって思ったんです。いわゆる〈男のロマン〉は、男性の大変さを美しく描いた作品ですよね。『スルーロマンス』では、女性の大変さを「これってうちらにしかわかんないよね」という気持ちで描いていました。
恋愛は人生の彩りとか癒しにはなるけど、一緒に険しい道を進んでいくのは結局女友達なのかもしれないなって思ったりします。だからこれは、女のロマン、女の西部劇、女のための『暴れん坊将軍』みたいなマンガなんです(笑)。
©︎冬野梅子/講談社
マンガライター
マンガについての執筆活動を行う。ソニーの電子書籍ストア「Reader Store」公式noteにてコラム「真夜中のデトックス読書」連載中。
■公式サイト https://yokoishuko.tumblr.com/works
『スルーロマンス』 冬野梅子 ¥759/講談社
画像デザイン/齋藤春香 取材・文/横井周子 構成/国分美由紀