「性教育に携わりたくて産婦人科医になった」と話す高橋幸子先生(サッコ先生)。性教育の基本は、妊娠の仕組みや性感染症について知ることだけでなく、体の自己決定権を知ること。子どもたちだけでなく、私たち大人もきちんと学ぶことが大切です。サッコ先生に詳しく聞きました。

埼玉医科大学 医療人育成支援センター・地域医学推進センター/産婦人科 助教
産婦人科専門医。思春期外来担当。埼玉医科大学医学教育センター。年間230回以上、全国の小・中・高校等にて講演を行うなど、性教育の普及や啓発に尽力。思春期の入り口に立つ子どもたちに科学的で正しい知識を身につけてもらいたいと書かれた本も多い。著書に『自分を生きるための〈性〉のこと: 性と生殖に関する健康と権利(SRHR)編』(少年写真新聞社)、『サッコ先生と!からだこころ研究所~小学生と考える「性ってなに?」』(リトルモア)、『マンガでわかる!28歳からのおとめのカラダ大全』(KADOKAWA)ほか多数。一般社団法人彩の国思春期研究会代表理事。
性教育はなぜ大切?

増田美加(以下、増田):子どもの頃から性教育を受けるメリットを、どんなふうに感じていますか?
高橋幸子先生(以下、サッコ先生):性教育の原点は「自分を大切にすること」だと思っています。性教育は赤ちゃんがどうやってできるか、セックスのことを伝えることと考えがちですが、性教育は自分の体を大切にすることから始まって、他人の心を大切にすることまでを含む深いテーマです。まず自分の体を知ることと、自分を好きになることから伝えています。
増田:先生が中学・高校を回って性教育セミナーを行っている理由を教えてください。
サッコ先生:人生にはたくさんの選択肢があって、自分で選んでつかみとることができることを伝えたいと思っています。中・高生は選択肢を知らないと、選ぶことができません。
中3~高校生には、交際(おつき合い)には順番と段階があること、「目と目が合う~言葉を交わす~並んで歩く~中略~唇が触れる~互いの性器に触れる~裸で接触する~性器の挿入を伴う性行為」などの12段階について話します。
性の多様性や性的自立、デートDV、性的同意や人権を守ることについても話します。性的同意や人権を大切にすることが最も大事なことだと伝えています。性教育というと、避妊や性感染症のことと考えがちですが、それより人間関係のコミュニケーションについて理解してもらうことが大事だと思っています。
性的同意が人権を守ることの基本

サッコ先生:性的同意は、単にセックスするかしないかの同意だけでなく、コンドームを使う、ピルを使う、使わないなども互いの同意が大事です。なかには、パートナーに「ピルを飲んでおくといいよ」と言ってコンドームなしでセックスする男性もいるのです。
婦人科を訪れる女性の中には、「彼にピルを飲んでと言われたからください」という人もいますが、ピルは誰かに言われて飲まされるものではありません。ピルを飲めば避妊にはなりますが、コンドームをしないと感染症のリスクがあります。
コンドームを使う、使わないは、大事な性的同意です。空気を読むとか思いやりとか嫌われるからとかいう生ぬるい話ではなく、「YES以外はすべてNO」。それが人権を守ることです。
ほかにも、妊娠の仕組み、セルフプレジャー、性感染症、子宮頸がんとHPVワクチンについても伝えています。
セルフプレジャーは自然なこと、自分の体に興味を持つことや触って気持ちよくなることも自然です。ただし、男性が性器を硬いものでこすりつけると、柔らかい女性の体の中で射精できない体になったり、一般的な性行為で射精できない場合があることも話します。
また、「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター(内閣府)」#8891(はやくワンストップ・24時間受付)の電話についても知らせます。電話をかけると、近くのワンストップ支援センターにつながり、警察、病院、行政が一度の聞き取りで情報を共有して守ってくれる仕組みです。
通話料は無料で、緊急避妊薬も無料でもらえます(一部の地域を省く)。仕組みがあると知っていれば性暴力を起こさないことに繋がります。被害者にも加害者にもならないだけではなく、社会みんなが性暴力を許さないことが大事です。
大人でも学べることが多い『まるっとまなブック』
増田:これらの情報は、中・高生だけでなく、学校教育で教わっていない私たち大人の女性も知っておきたい内容だと思います。
サッコ先生:授業の中で以下の6つのことに自分の意見を持つところから始めようと投げかけています。つき合うときには、これらを話し合える関係になってほしいのです。
1・性行為をどう思う?
2・性行為をしたいと思う?
3・不安なことはある?
4・避妊はどうする?
5・性感染症の予防はどうする?
6・避妊しても妊娠したらSOSを誰に出せる?
増田:学校の先生方も、学校できちんとした性教育を受けていない世代ですから、知識の差が大きいのではないでしょうか?
サッコ先生:そうですね。確かに知識の差が大きいです。そこで、厚労省の科学研究班で、小・中・高校の先生や養護教諭の先生方向けに、使ってもらおうと『からだとこころの科学 まるっとまなブック』を作りました。
それぞれの年代の子どもたちが性教育を学校や家庭、地域で学べる教材です。20代・30代の方にも参考になると思うので、ご覧になってみてください。
『からだとこころの科学 まるっとまなブック』
詳しくはこちらから
小児期(レベル1=5~8歳)、思春期(レベル2=9~12歳)(レベル3=12~15歳)(レベル4=15~18歳以上)、それ以降の年齢でも、性成熟期(レベル5①=18歳~40歳代前半)、プレ更年期~老年期(レベル5②=40歳以上)に分けた、包括的な女性の健康教育の教材もあります。
*令和5年度厚生労働科学研究費補助金(女性の包括的支援制作研究事業)荒田班
性のことから女性自身の病気の話まで

増田:20代・30代女性から性、セックス、妊娠・出産などを相談されるときには、どんなことがありますか?
サッコ先生:最近では「妊娠したいけれどパートナーの性器が腟に挿入できない」という相談がありました。外陰部の診察をして、構造上のトラブルなければ、ゼリーを使うことや焦らずセックスできるような雰囲気づくりなどを話しますが、カップルカウンセリングを紹介することもあります。すぐに妊娠を希望する場合は、高度不妊治療という選択もご紹介します。
【日本性科学会 セックスカウンセラー・セラピスト一覧】
増田:私も含めて学校や家庭できちんとした性教育を受けずに、正しい知識のないまま大人になっていると、不安になってきます。子どもの性について聞かれたときも困りますよね。
サッコ先生: 「どうしたらいいの?」の声に応えたくて、性教育のことから女性自身の病気の話まで、産婦人科医の仲間たちとYouTubeで回答した動画をつくりました。10本くらいになっています。「#めちゃ大事」で検索してみてください。
【#めちゃ大事】 【現役産婦人科医が回答】あなたの不安はなんですか?YouTube外来〜性教育から女性の病気まで〜
カギを握るのはアクティブバイスタンダーの存在
増田:サッコ先生にとって、性教育ってなんでしょうか?
サッコ先生:知識を教えるだけでなくて、自分の人生に落とし込んで考えてもらえたらと思っています。パートナーやつき合う相手とやりとりしてコミュニケーションをとる力を持つことが大事です。
体の自己決定権についての知識や選択肢を知らないまま大人になると、我慢してしまうことだってありますし、子どもに伝えるのも難しいです。
アクティブバイスタンダー(行動する第三者)という考え方があります。アクティブバイスタンダーとは、ハラスメントや性暴力、差別などが発生している、あるいは発生しそうな場面で、居合わせた第三者として状況を変えるために行動する人のこと。
加害者や被害者だけに焦点を当てるのではなく、性被害を見過ごさない、人権を大切にするといった社会の空気を作るためのカギを握るのは、アクティブバイスタンダーの存在だと思うのです。
増田:最後に、改めて20代・30代に伝えたいメッセージをお願いします。
サッコ先生:一人一人の人生にはいろいろな選択肢があります。選択肢を知っていれば、自分が決定してつかみ取ることができます。その選択は途中で変えることも自由ですし、間違えたらやり直していいんです。
でも、まずは選択肢を知ることが必要です。わからないことがあれば、専門家に聞いてください。自分の体、月経、子宮、妊娠・出産についてなどを専門家に話して、一緒に選んでもらうこともできます。産婦人科医は、女性の体の専門家です。相談、お待ちしています。
【yoi 「増田美加のドクタートーク」最終回に寄せて】
「日本では、長い間、女性の健康や医療の情報が遅れている現状がありました。女性にとって今すぐ役立つ情報をお届けしようと、その分野の最高のドクターを紹介したくてこの連載を書いてきました。登場してくれた医師は、当事者視点のある素晴らしい方々ばかりです。読者の皆さんのこれからのライフプランに合わせた治療をアドバイスしてくれています。“自分の体は自分で守る!”この連載をこれからもそのために役立ててもらえたら、嬉しいです!」
女性医療ジャーナリスト/増田美加
イラスト/大内郁美 企画・構成・取材・文/増田美加