「腸は第2の脳」なんて言葉をご存知でしょうか? 実はここ数年で脳と腸の密接すぎる関係が続々と解明されているのです。腸を整えることで脳にも良い影響が与えられ、穏やかな心と体で日々を過ごせるようになるのだとか! そんな、脳と腸との関係性=脳腸相関の研究を続けている大塚亮先生に、気になることをとことん聞いてみました!
おおつか医院 院長
医学博士、循環器専門医、オーソモレキュラー・ニュートリションドクター(OND)認定医。大阪市立大学医学部附属病院循環器内科、Columbia University Irving Medical Cancer,Adult cardiology、西宮渡辺心臓脳・血管センター勤務を経て、おおつか医院院長に就任。日本内科学会・日本循環器学会・日本抗加齢医学会に所属。
脳と腸、どっちが先なの?
――脳腸相関とは、どういう状況のことを指すのか教えてください。
大塚先生:簡単に言うと、脳と腸は常に連携していて、神経や免疫、内分泌のネットワークを使って情報伝達をしているということです。
――脳は色々な物事をコントロールするのだから、脳が腸に情報を伝えるのは当たり前のことではないのですか?
大塚先生:脳からだけでなく腸からも指令がいく、というのがポイントです。腸は他の臓器と違ってもともと独自のネットワークを持っているのです。動物が進化する過程で1番最初にできたのが腸だけある生き物。つまり動物として生きるだけだったら腸さえあればいいんですよね。そこからどうやって人間のような生物が生まれたかというと、効率よくエサを捕まえたいから、自分に近づいてくるエサを効率よく捉えるために脳が腸の神経系から発達し、その後視覚、聴覚、触覚などのセンサーができた。それらをコントロールするために脳がだんだん発達してきたのですよ。
脳と腸はそれぞれ影響を受け合っていた!
大塚先生:“腸は第2の脳”といわれていますが、実は腸が都合よく生きるためのシステムとして脳をつくったということです。だから脳がなくても腸は活動できるのですよ。腸は自分で食べたものを判断して動きのコントロールをしているのですが、それは脳とは関係なく行なっていて、そこに脳からの指令はいらないのです。
――なるほど。でも、脳と腸が連携しているということは、少なからず影響は与え合っているということですよね?
大塚先生:そうですね。独立した臓器ですが、お互いの情報交換をしています。人間は脳が発達したことで色々な情報を処理するようになりストレスがかかる状況が増えました。それは腸に伝わるし、腸の状態が悪いと脳にも伝わります。
――大腸・小腸ともに、脳と情報交換をしているのですか?
大塚先生:メインは小腸ですがそれぞれが脳とつながっています。先ほどの発生学の話に戻りますが、小腸がうまく働くために、食べたものを貯めておくための胃が発達し、水分を取り込み腸内細菌を育てる場所として大腸が発達しました。胃や大腸は細かく言うと脳に支配されている臓器。ストレスがたまったときに潰瘍ができたり、下痢になりやすいのは、胃や大腸が直接脳につながっていることで影響を受けているからなのです。
脳が発達したことで、かつてのように単純な腸の機能を補助するだけではなくなったことが、脳の働きが他の臓器に影響する大きな原因だと考えられます。体の調子が悪いと脳に刺激がいってストレスを感じるし、お腹の調子が悪いと気分が上がらずやる気も出なくて感情にも影響がある。お互いが影響し合うからこそ、ときに悪循環に陥って、腸が知覚過敏のような状態になり、どんどん悪い状態になるのです。実際うつ病の人の多くは、お腹の調子がよくない傾向があって、抗うつ剤のようなメンタル面に効く薬だけでなく、腸内環境をよくするアプローチを併用する先生たちも多くいます。
――脳と腸が悪循環に陥った場合、断ち切るためにすべきことがあれば教えてください。
大塚先生:ストレスの原因を取りのぞき、腸内環境を整えることが大切です。腸内には大きく分けると善玉菌と悪玉菌と日和見菌があるのですが、そのどれかが増えたり減ったりすることなく、バランスを保って存在することが大事です。でも調子が悪い人はバランスが無茶苦茶になって腸のバリア機能がおかしくなっていることが多くて。まずは食生活を見直すのが第一です。
腸が正常に働くことが幸せへの近道だった!?
――食事を見直して腸の環境が整うと、具体的に腸内ではどのようなことが起こるのでしょうか?
大塚先生:幸せホルモンと呼ばれているセロトニンの分泌が盛んになります。セロトニンの大もとになるトリプトファンというアミノ酸は、体の中で生成できるものではなく、食事から摂取せねばなりません。腸の環境が悪いと消化吸収がきちんとできず足りなくなってしまいます。ちなみにセロトニンは、脳で働くと幸福感を感じることができるのですが、腸の中で働いているセロトニンは別モノで、腸の中では神経伝達物質として働いています。腸で作ったセロトニンは脳にいくわけではないのですよ。
――腸から幸せホルモンがたくさん出ても、幸せを感じるわけではないってことですか!?
大塚先生:直接的に幸せを感じるということはないですね。腸の環境がいいとセロトニンが分泌されて腸がきちんと働いている状態なので、脳には悪い情報がいかず間接的にはいい影響があります。脳にはブラッドブレインバリア(BBB)というバリア機能があって、脳を守るためにほとんどのものがブロックされるようになっているのですが、セロトニンも例外ではありません。脳内でセロトニンが増えすぎると不安が強くなったり、ひどい場合には痙攣してしまったりすることもあるので、腸でつくったセロトニンが脳にいかないようになっているのです。
ただ、腸の中でセロトニンを作るときに出る前駆物質のトリプトファンは脳にいくことができるので、それを脳が取り込んで必要なセロトニンを作っています。なので、腸内のセロトニンを増やす=幸せにつながる、というのは間違っていないですよ。
疲れが取れない原因は、腸にあるかも?
――便秘などで腸内環境が整っていない人はセロトニン値が低いのですか?
大塚先生:便秘には様々な要因があるので一概にそうとは言えませんが、低い人が多いのは事実です。
――具体的に腸内のセロトニン値が高い人と低い人の差があれば教えてください。
大塚先生:いちばんは腸内細菌の状態だと思います。色々な伝達物質をコントロールしているのが腸内細菌なので、腸内細菌の状態が悪いと腸がガタガタになってしまって、セロトニンも分泌されにくくなります。それから腸の中で悪い菌が繁殖している場合も体調不良の原因になります。実は普通に食事をしているだけで腸には色々なものが入ってきています。腸内環境が整っていたら、いらないものは排除するシステムが作動するのですが、腸の機能が弱ったり狂ったりしていると、カビを繁殖させてしまったり、悪玉菌が増えて調子が悪くなったりします。疲れが取れないなと感じる人は、腸内環境を見直すことから始めるといいかもしれません。
――自分で腸内環境が悪いかどうかを見つける方法はありますか?
大塚先生:お腹が張る、おならが出る、お腹が痛くなる、それから下痢や便秘も。腸内細菌って本当は大腸だけの話なのですが、最近は小腸の調子が悪い人も多いんです。小腸は食べたものを消化するのが主な役割でほとんど菌がいないはずなのですが、腸の状態が悪いと小腸にまで色々な菌が入り込んで、最初に言ったような症状が出ることがあるんです。何度も言っていますが、腸の不調は脳にも悪影響を及ぼします。放っておくと負のサイクルに入ってしまい抜け出すのが容易ではなくなるので、腸の不調サインを見逃すことなく早めに改善するよう心がけてください。
取材・文/菊池美里 企画・編集・イラスト/木村美紀(yoi)