日本は「世界でいちばん寝ていない国」だということを知っていますか? 体の健康を維持するためにはもちろん、メンタルヘルスにも影響が深いといわれる睡眠。自覚があれば睡眠不足を解消するために行動もできますが、怖いのは自覚のない睡眠不足「かくれ不眠」です。知らぬうちに睡眠不足や不眠に陥り、心身に不調を起こしてしまう前に、まずは自分の睡眠の状態に向き合ってみましょう。「睡眠ドクター」こと、杏林大学名誉教授・古賀良彦先生にお話を聞きました!
医学博士
杏林大学名誉教授。医学博士。日本催眠学会理事長、日本ブレインヘルス協会理事長、日本薬物脳波学会副理事長、日本臨床神経生理学会理事。 主な著書に『睡眠と脳の科学』(祥伝社新書)『熟睡する技術』(2013年メディアファクトリー)『いきいき脳の作り方』(2010年 技術評論社)など。
体と心の健康に欠かせない! 睡眠の役割とは?
人生のうち3分の1は、寝ている時間だといわれています。睡眠は、私たちが健康を維持して生きるために必要不可欠なものなのです。寝れば体が休まるということは、経験上多くの人が知るところですが、古賀先生によると、睡眠にはそれ以外にも大切な役割があるようです。
古賀先生:健康の要としてよくいわれる「食事、運動、睡眠」のなかでも、睡眠は特にストレスとの関係が深いと言えます。たとえば、落ち込むことやイライラするようなことがあっても、一晩寝ると次の日にはスッキリしている、なんてことはありませんか? これは睡眠にストレスをやわらげる効果があるからなのです。
体の健康と心の健康に対して、睡眠がどんな役割をしているのか見ていきましょう。
●体の健康
・疲労回復
一日活動して疲れた体を休め、回復させる。
・傷んだ組織の修復
睡眠中に分泌される成長ホルモンの働きにより、皮膚、筋肉、内臓、骨などのダメージを修復する。
・内分泌(ホルモン)機能や自律神経を円滑にする
体の状態を快適に保つため、心臓や内臓の働きや体温調節などを司る自律神経と内分泌を整える。
・免疫力の向上
免疫機能を担う免疫細胞を修復・再生することで、免疫力を強化する。
●心の健康
・脳の休養と記憶や感情の整理
日中、五感を通じて得た膨大な情報を整理し、本当に必要な記憶だけを定着させる。
・ストレスをやわらげる
脳を休め、自律神経の働きが整うことで、日中に受けたさまざまなストレスをやわらげる。
古賀先生:睡眠は、自分で自分を癒すことができる唯一の方法です。それが損なわれてしまえば、体も心も健康に維持できなくなってしまいます。自分を癒すための時間である睡眠を、もっと大事にしたいですね。
あなたは大丈夫? かくれ不眠の人が増加中
そもそも、私たちが健康でいるために必要な睡眠時間はどれくらいなのでしょうか?
古賀先生:個人差はありますが、大人にとっての理想的な睡眠時間は7時間です。アメリカのカリフォルニア大学の調査では、6.5〜7.5時間睡眠をとっている人の死亡率が最も低くなることがわかりました。ただし、それ以上になると逆に死亡率は上がるようで、寝る時間が多ければいいというわけではないようです。
現在、日本は「不眠大国」と呼ばれているのをご存じでしょうか? 経済協力開発機構(OECD)の2021年版の調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間22分と、加盟国30カ国のうちいちばん短く、最下位です。さらに、厚生労働省が2022年1月に公表した「令和3年度 健康実態調査結果の報告」によると、睡眠時間が7時間以下の人の合計は67.7%。成人の30〜40%に不眠症状があるともいわれています。
自分が不眠であると自覚があれば、積極的に治療することもできますが、怖いのは自覚症状のない「かくれ不眠」です。不眠症はいきなりなるものではなく、最初は単なる睡眠不足から始まります。それが続くと、昼間眠気が起こったり、集中力が低下したり、日中の活動に影響が出るように。そうした状態が2〜3週間続いたら、「かくれ不眠」だといえるでしょう。
いったん不眠症になると、自力ではなかなか治すことはできません。「かくれ不眠」に早い段階で気づくことが、自分で睡眠を改善するラストチャンス。そのためには、まず自分の睡眠の状態を知ることが大切です。
●かくれ不眠のサインをチェック!
自分の睡眠の状態を知るため、以下の項目をチェックしてみましょう!
1.起きたときに「よく寝た」と思えない
2.寝つきが悪いことが多い
3.夜中に何度か起きてしまうことがある
4.思ったよりも早く起きてしまうことがある
5.寝る時間は決まっておらず、毎日ばらばら
6.平日にあまり寝られないため、休日に「寝だめ」しがち
7.よく昼間に居眠りしてしまうことがある
8.集中力が途切れがちで、イライラすることが多い
9.最近どんなことに対してもあまりやる気がわかない
10.自分は寝なくても大丈夫なほうだと思う
11.眠れないのは異常ではないと思う
12.仕事が忙しいと、寝ないで夜遅くまで頑張ってしまう
いかがでしたか? ひとつでも該当する人は、「かくれ不眠」の可能性大。また、これらの症状が長引いたり、10個以上該当する場合は、医師へ相談することをおすすめします。
かくれ不眠を解消するには? タイプ別対処法
では、不眠症の初期段階ともいえる、「かくれ不眠」の状態を解消するにはどうしたらよいのでしょうか?
古賀先生:「かくれ不眠」は4つのタイプに分かれます。それぞれ改善するポイントをご紹介します。自分がどのタイプに近いか、見つけてみてください。
●生活不規則タイプ
日々の仕事や生活が忙しく、睡眠時間が減っているタイプ。知らず知らずのうちに脳が疲労していたり、身体機能のバランスが崩れていたりする恐れも。夜遅くまで頑張りすぎないこと、毎日の生活リズムを見直し、睡眠環境を改善することが必要です。
●自分は大丈夫タイプ
「自分は寝なくても大丈夫」と思い込んでいたり、そもそも睡眠に無関心なタイプ。また、真面目ゆえに寝る時間を惜しんで働いてしまうなど、睡眠を犠牲にしがちな人もこのタイプで、実は不眠症になる危険性が最も高いといえます。眠りの大切さを理解し、睡眠を含めた生活全般の見直しを。
●高ストレスタイプ
当てはまるチェック数は少ないものの、実は睡眠の質と量に問題があり、高いストレスを受けているタイプ。集中力が落ちる、イライラしやすいといった自覚は脳の疲れによるものかもしれません。まずは、ストレスケアにつとめましょう。
●眠りが浅いタイプ
睡眠をおろそかにしているわけでも、生活が不規則なわけでもないのに、なかなかぐっすり眠れず、眠りが浅くなっているタイプ。加齢が原因になっていることも。日中は活動し、夜は休むといったメリハリある生活を心がけ、睡眠の質を高めるようにするといいでしょう。
不眠は心の不調の最初のサイン
ストレスと深い関係がある睡眠。不眠が続けば最悪の場合、うつ病を引き起こす人もいると古賀先生は言います。
古賀先生:うつ病になる人は、もともとまじめな性格で仕事を休めない、ストレスをためやすいという傾向があります。そのために生活のリズムが乱れ、睡眠に不調をきたすことが少なくありません。不眠はうつ病になる手前の最初のサインなのです。
しかし、本人は無理してしまうことが多く、さらに症状を悪化させてしまうことも。まわりの人が『最近、寝れていないようだ』と気づいてあげることが、とても重要です。
古賀先生:体のどこかが痛いとか、腫れたとか、わかる症状であればすぐに休みをとったり、対処したりすることができます。しかし、睡眠不足に関しては、『そのうち眠れるだろう』『少しくらい寝なくても問題ないだろう』と、無頓着になりがちです。
猫を見ていると1日の大半を寝て過ごしていますよね。動物は、本能的に睡眠が必要だとわかっているんです。人間は、文化や文明の発達のなかでたくさんのものを手に入れましたが、睡眠時間は減っていくばかり。いちばん大切な健康を失ってしまいました。「たかが睡眠」と思わずに、食事や運動と同じ生きるための基盤であることを忘れずに、大切にしたいですね。
取材・文/秦レンナ イラスト/Mutsumi Kawazoe