平日は仕事に追われ、週末は昼まで寝てしまう…そんな「寝だめ」が習慣になっていませんか? 実はこの寝だめこそ、睡眠不足の大きな要因。体内のリズムが乱れ、「社会的時差ボケ」を引き起こしてしまうのだとか。月曜日がつらい、日中眠くなることが多い…そんな人は要注意かも!? 「社会的時差ボケ」が心身に与える影響や、睡眠との関係性、またどうすれば抜け出すことができるのか、「睡眠ドクター」こと、杏林大学名誉教授の古賀良彦先生に伺いました。
医学博士
杏林大学名誉教授。医学博士。日本催眠学会理事長、日本ブレインヘルス協会理事長、日本薬物脳波学会副理事長、日本臨床神経生理学会理事。 主な著書に『睡眠と脳の科学』(祥伝社新書)『熟睡する技術』(2013年メディアファクトリー)『いきいき脳の作り方』(2010年 技術評論社)など。
社会的時差ボケ(ソーシャルジェットラグ)とは?
睡眠不足の大きな原因のひとつだという「社会的時差ボケ」ですが、具体的にはどのような状態を指すのでしょうか?
古賀先生:「社会的時差ボケ」とは、不規則な生活によって体内時計が乱れ、不眠をはじめ、頭痛や集中力の低下など、さまざまな不調を引き起こすことをいいます。その大きな原因となっているのが、休日の「寝だめ」です。
そもそも私たちの体には、“昼間に活動して夜は眠る”という生活リズムをつくる、「体内時計」が備わっています。この「体内時計」を調整しているのが、脳から分泌されるメラトニンというホルモンと自律神経です。
メラトニンは夜になると分泌量が増え、それによって眠気を起こさせます。そして朝にかけて減っていき、自然に目覚めるようにするのです。一方自律神経は、アクティブな活動を促す交感神経と、リラックスや休息をもたらす副交感神経があり、昼間は交感神経、夜は副交感神経を優位にすることで、心臓の動きや、体温調節、呼吸や内臓の働きなどを健康な状態に保っています。
しかし、平日は仕事や家事で睡眠不足が続き、それを取り返そうと休日に寝だめをしてしまうと、体内時計に狂いが生じてしまいます。すると、早めに布団に入ったところでなかなか眠ることができず、結局寝不足に...。睡眠不足が続けば心身の不調はますます悪化していく、という悪循環に陥ってしまうのです。
社会的時差ボケが続くとどうなる? 体と心への意外な影響
「私たちの体内時計は想像以上に精密にできていて、そのためいったん狂いが生じてしまうと、これを戻すのは容易なことではありません」と古賀先生は言います。「社会的時差ボケ」を放置してしまうと、私たちの心身にはどのような影響があるのでしょうか?
古賀先生:体内時計が乱れることで、心身のバランスをとる役目のあるホルモンや自律神経が乱れると、体にも心にもさまざまな影響が出てきます。例えば、朝すっきりと起きられない、体がだるい、頭痛やめまいがする、集中力が低下し、イライラしやすいなど。月曜日は憂鬱だと感じる「ブルーマンデー症候群」も、社会的時差ボケが大いに関係しているといえるでしょう。ひどくなると、うつ病を引き起こし、それが出社拒否やアルコール依存に発展してしまうケースもあります。
古賀先生:また、睡眠の時間の乱れが、思わぬ病気のリスクを高めてしまうこともわかっています。海外旅行などで時差ボケになったときに、食欲が増した経験はありませんか? それは、グレリンという食欲が増進するホルモンが増加するため。睡眠不足になるとついついドカ食いをしてしまうという人は少なくありません。それによって肥満や糖尿病、高血圧などを発症しやすくなってしまうのです。
休日の寝だめはいいことがひとつもない! 社会的時差ボケを治す方法
特に社会的時差ボケで苦しむ人が増加するのが、5月の連休や夏休みなど長期休暇のあと。一度ズレてしまった体内時計のリズムを戻すにはどうすればよいのでしょうか? 古賀先生によれば、平日と休日の睡眠時間の差を減らし、コツコツと睡眠時間を増やすことがいちばんの近道のようです。
古賀先生:週末の寝だめが習慣になっている人は、まずは日頃の睡眠時間のリズムを整えていく必要があるでしょう。平日寝ていない分を取り返そうと、週末にたくさん寝たところで、睡眠は貯金することができません。毎日コツコツ、20〜30分ずつでもいいので、睡眠時間を増やすことを心がけていただきたいですね。
そして、今すぐやめていただきたいのが休日の「寝だめ」です。とはいえ、「週末ぐらいゆっくり寝ていたい」という気持ちもよくわかります。そこで覚えておきたいのが “平日と休日の起床時間を2時間以上ずらさない”ということ。たとえば、いつも朝6時に起きている人なら、8時には起きるようにする。なぜなら、起床時間がいつもと3時間以上ずれると体内時計が乱れ、社会的時差ボケが起こりやすくなってしまうのです。
古賀先生:土曜の朝は2時間寝坊しても、日曜にはいつも通りの時間に起きるのが理想です。連休中も、前半は多少睡眠時間が乱れてしまっても、後半3日間は平日と同じ時間に起きるよう整えていくと、休み明けの負担がグンと少なくなるはずです。
また、昼間は太陽の光を浴びてしっかり活動し、夜はリラックスして過ごすというメリハリも、体内時計のリズムを整えるのに重要です。休日は1日中家にこもりきりという人は、朝起きたら近所を散歩してみるなど、日中に動くことを意識してみるといいでしょう。
睡眠に大切なのは、リズムです。「平日少しくらい寝ていなくても、休日に寝ていれば大丈夫だろう」という考えが、思わぬ心身の不調を招きかねません。まずは1週間、1カ月の睡眠のリズムを一定にできるよう、生活を見直してみてくださいね。
取材・文/秦レンナ イラスト/Mutsumi Kawazoe