生きていく上で大切な「セルフケア」。体や心のケアと同じように、私たちが生きていく上で最も酷使しているといえる「脳」もセルフケアできるのでしょうか? 自分の脳をケアするためにできることを、脳科学者・毛内拡先生にお伺いしました。
前提として、現代人は常に脳疲労状態である
毛内先生:情報の海にさらされている現代人は、常に脳が疲労している状態だと言われています。我々は日常的に集中力が欠けている状態で生活している、と言ってもいいくらいです。
「リベンジ夜更かし」という言葉をご存じですか? 日中はパフォーマンスが下がっている中で勉強や仕事などを頑張ります。集中力が低下しているのですから、残業になることもそりゃあるでしょうし、ストレスもたまるでしょう。そして仕事が終わった後、自分の楽しい時間を確保するために、夜更かししてYouTubeを観たり漫画を読んだり……と、好きなことをする。これが「リベンジ夜更かし」です。そりゃ慢性的に睡眠不足にもなりますよね。もちろん脳も疲労していきます。
じゃあ、できるだけ脳の疲労を減らし、集中力を高めて、「リベンジ夜更かし」なんてしなくても済むようにどうすればいいか、ということを考えつつ、具体策を7つ持ってきました。
脳のセルフケア法①スマホなどの通知をすべて切る
毛内先生:現代人は、生活の中に通知が多すぎます。メールからLINEから、アプリ内の5%OFFクーポンまで、実に様々な通知が届きます。脳って新しいものを求めているので、通知が来るとつい見ちゃうんですよね。その瞬間、集中は途切れます。
人は、集中するまでに23分かかると言われています。つまり、どうでもいい通知がひとつ来るだけで、僕らは23分を失っているんです。これ、めちゃくちゃ悔しくないですか?
もちろん常に通知を切るのが難しい方もたくさんいらっしゃるでしょう。今は「集中モード」のような全ての通知を切る機能がついているデバイスも多いです。「パフォーマンスが高い状態を維持する」ためにも、通知の波によって脳を疲労させないためにも、そのモードをうまく活用して、「通知が来ない時間」を作ると良いと思います。
脳のセルフケア法②情報は垂れ流しにせず、能動的に取りに行く!
毛内先生:テレビを長時間見ている人ほど認知症になりやすいというデータがあります。テレビをつけっぱなしで、情報を垂れ流しで耳に入れている状態でいると、認知症リスクが上がるんです。テレビが悪いわけではないけれど、情報に対して受動的なことがよくないそうです。
これってSNSやショート動画なんかにも共通しそうだと思いませんか? どんどん流れてくる情報をだらだら見続けちゃいますよね。「自分が何を見たいか・知りたいか」を考えて、能動的に情報を取りに行くようにしたほうが、絶対に脳にいいですよ。
同じYouTubeを観るのでも、自動再生やおすすめに出てきたものをダラダラと観続けるより、検索欄に気になるワードを入れて出てきたものを観たほうがいいですね。
脳のセルフケア法③簡単なTo Doリストを作り、完了して達成感を得る
毛内先生:「脳が喜ぶ」と聞くと、一般的によく知られている「ドーパミン」という脳内物質を思い浮かべる人も少なくないでしょう。ネットでは快楽物質なんて言われ、ギャンブルなどの依存への説明に使われることも多く、悪いイメージを持つ人もいるかもしれません。けれど、ドーパミンの本質は「快楽」ではありません。適切な量であればドーパミンはやる気や高揚感を生み出し、人生の役に立ちます。
そして、「自分で計画し、その通り実行できた」ということを積み重ねていくことが、適切で健康的なドーパミンの出し方です。
そのために、小さなこと……例えば「起きたら窓を開ける」くらい、絶対にできる小さな行動のToDoリストを作り、それを解消していくといいと思います。それだけでも、ドーパミンが放出されて、元気になれるでしょう。
「自分が決めたことをやれた」「自分で自分を制御できている」、と思えることは脳にも心にもよい影響があることです。ぜひ小さなTo Doリストで感じてみてください。
脳のセルフケア法④やる気がでないときは些細すぎるタスクから始める
毛内先生:些細すぎるタスクとは、(例えば仕事なら)もはや仕事には微妙に関係ないことでOK。すぐに取り掛かれることや、簡単に完了できることが最優先です。「PCのデスクトップにあるいらないファイルを捨てる」とか、「前日出した資料本を本棚に戻す」とか、それくらいのことをまずやる。
「やる気スイッチ」という言葉がありますが、脳の回路で言うと「計画した」時点から、行動して「ちゃんと完了する」、その間あたりにやる気のスイッチはあるんです。だから、まず体を動かしてなにか始めると、やっているうちに「やる気スイッチ」が入ります。
やる気がでないときは、いきなり集中しなければいけない大きな仕事に手を付けようとせず、めちゃくちゃ些細なところから始めてみましょう。
脳のセルフケア法⑤散歩に出てあえて道に迷ってみる
毛内先生:脳には3つのモードがあります。特に何もせず、ぼーっとしているときの脳の状態を「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼びますが、脳が疲労していると、過去への後悔や未来への不安ばかり考えてしまう、ぐるぐる思考に陥ります。
「デフォルト・モード・ネットワーク」は外に注意を向けなくてよい状態なぶん、「反省」みたいなものをつかさどる脳の場所が活性化してしまうんです。そこから脱却するには、「反応しなければいけない刺激」を少しだけ与えてあげること。例えば知らない道を通ってみたり、旅行に行くのもいいでしょう。
そうすることで、「デフォルト・モード・ネットワーク」から、外からの刺激に反応する「セイリエンス・ネットワーク」に変化し、その後、目の前にある問題の解決や合理的思考をするためのモード「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク」に移行します。「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク」に入ることで脳は活性化しますし、「デフォルト・モード・ネットワーク」は使われていないので、ぐるぐる思考をやめることで脳が休まるんです。
なんだか過去の後悔や未来への不安ばかり考えてしまうな、ネガティブになっているな、と感じたときは、ぜひ日常を忘れて全力で、知らない道を歩いてみてくださいね。
3つのモードの切り替わりについては、こちらの記事でもう少し解説しています。
脳のセルフケア法⑥ちょっと嫌なことは「新奇体験かも?」とポジティブに捉えてみる
毛内先生:日々生きていて、誰も悪くないちょっとした嫌なことってあるじゃないですか。それをストレスとして受け取ると、脳疲労につながります。
なので僕は最近、ちょっとした嫌なことは「ちょっとした新しいことじゃないか?」と捉え直してみることがあります。
例えば満員電車に乗り、押されて変な体勢になったとき。普通に考えると「もう、なんだよ〜!!」と思ってしまいますよね。でも逆に、「この体勢、人生でやったことない体の動きじゃないか?」と捉えてみたり。「体に新しい動きをさせる格好のチャンスだ!」なんて思えると、ストレスも減り、新奇体験として味わうこともでき、一石二鳥です。むしろ「満員電車よ、脳を喜ばせてくれてありがとう」とさえ思えるかもしれません(笑)。
小さな嫌なことは、そこにある「新奇性」に着目してみると、脳にとってはいいことだらけなんです。もちろんですが、本当に嫌なことや理不尽なことには使わないでくださいね。
脳のセルフケア法⑦「BOOCS三原則」を心に留めて
毛内先生:「BOOCS三原則」とは、1990年代に「脳疲労」の概念を提唱された九州大学名誉教授の藤野武彦先生が作ったもので、脳疲労状態を回復するための三原則です。私はこの「BOOCS三原則」をかなりおすすめしています。
原則一、健康に良いことでも嫌なことは絶対にしない
原則二、健康に悪いことでも好きなことは絶対にやめない
原則三、健康に良くて好きなことを何かひとつでも始める
今まで挙げたセルフケア法も、嫌ならやらないでくださいね(笑)。
例えば、早起きしてランニングすることは体に良いことですが、万人が喜んでできることではないですよね。大きなストレスになり、プラスよりマイナスが大きい人も少なくないでしょう。
逆に、先ほど「だらだらショート動画を観る」を良くないことのように挙げましたが、それが大好きなら、やめることのストレスのほうがきっと体にも脳にも悪いです。ストレス解消になっていて大好きなら、悪いとされていることでもとりあえず続けましょう。
このふたつを破ると、ストレスにより脳疲労がたまって、脳細胞が活躍できなくなり、ぐるぐる思考に陥りやすくなる可能性だってあります。やりたくないことはやらない! やりたいことはやる! これはとても大事です。
そんな中で大事になってくるのは3つ目の「健康に良くて好きなことを何かひとつでも始める」です。これがすごく効いてくる。
健康に良い“何か”を計画して実行し、習慣化すると、自分の健康にも興味が出てくるんですよ。そうすると「好きだけど、体に悪いならちょっと減らしてみようかな」「もっと健康になるためにランニングしよ!」なんて自然と思えてくるんです。
この「BOOCS三原則」を意識しながら、脳をセルフケアしていってみてください。きっと脳も体も、より健康な状態に近づけると思います。
取材・文/東美希 企画・構成・イラスト/木村美紀(yoi)